#3 済度の終焉

 先ほどまで燃え盛っていた炎は徐々に勢いを落としていく。


 蹴られ、切られた痛みが止まらない。痛みに悶え、倒れている町田を、"狩人"と女、そして、女の背中から降りた"ウサギ"は自分を見下ろしながら何かを話している。あどけない風貌が目に入る度に、町田の胸中には悔しさがこみ上げてくる。


 "天使"から任された仕事の対象。どうして彼女を追っているのか、実は町田は知らない。しかし、"天使"がずっと追い求めていたのである。理由など分からずとも、彼女は自分に素晴らしい力を与えてくれた。その事実に報いるために、ただただ仕事をこなしていた。


 その"ウサギ"が手を伸ばせば届く距離にいる。しかし、もはや手を動かすだけでとてつもない痛みが起きる。魔力はまだ僅かに残っているが、"摩擦"を生み出すだけの量はない。


 ――まだだ、まだ終われない。


 こんな自分にも意地ぐらいある。"狩人"が自分に手錠をかけようとしゃがみ込んできた。

 ほんの僅か、ほんの僅かで良い。手を動かして魔術をたたき込む事ができれば……!


 最後の力を振り絞り、手を動かそうとしたその刹那、


「……あ」


 


 呆けた声を出してしまったが、"狩人"は町田の事を不思議そうに睨むだけで、気づいた様子がない。

 この不可思議な視界に、町田は心当たりがあった。


「……ふふふ、フハハハ」


 この景色の意味を察した町田はただ静かに笑う。"狩人"は不思議に思ったが、手錠をかけようとする手が止まる事はない。

 ならば、これでいい。


 ――あぁ、これがオレへの"救済"か。


 やれ、と言われてやるだけ。

 やりたくもない上からの仕事をこなすだけの人生に退屈を覚えていた。


 そんな時に、"天使"に会い、力を与えられた。


 ――退屈だった人生に、戻るぐらいなら……。


 誰にも言われず、振りかざす。

 自分のやりたいことをやることができた。

 "救済"と称して、ただ自由に物を燃やし続ける日々がたまらなく愛おしかった。


 己の中で残った魔力を燃やしながら、この感動に町田は最後の力を振り絞った。


「海翔、なんか変な――」


 女が何かを口走ったが、もはや関係ない。

 痛む体を無理矢理動かして、狩人の足に抱きついた。


 呆気にとられた"狩人"は、抵抗の反応が遅れる。

 その一瞬で、目の前の揺らぎが、膨張して赤く光る。


 死ね、と言われたのであれば、


「"天使"様に幸あれぇ!」


 ただその命を果たすまで。

 最期の醜い足掻きを、ご覧あれ。遠く聞こえる鐘の音が、死路への祝福を告げているようだった。


 ***


「"天使"様に幸あれぇ!」


 不意に海翔の足にしがみついた町田が口走ると同時に、何かが爆ぜる。

 直前に何かが見えた気がした優花だが、海翔に対する制止の声は町田の声に掻き消されてしまった。


「うわっ!?」


 小さな爆発だったが、その爆発は町田の顔を焼き尽くし、そして海翔の足には激しい火傷が走っている。


「海翔!?」

「ぐっ、大丈夫だ……」

「よか――またなんかあるっ!!」


 先ほどの爆発の直前に見えた"空気の渦"。最初はめまいでもしたのかと思ったが、今度ははっきりと見える。"空気の渦"はしゃがみ込んだ海翔の腹辺り……ちょうど、事切れた町田の腕辺り……に浮かんでいて――


 リンと鐘の音が響く。


 優花の言葉に咄嗟に反応した海翔だが、頭を守るのが精一杯だった。その爆風は海翔の腹を抉り、そして町田の腕を弾き飛ばした。


 反射的に優花はランの目と自身の口元を覆う。

 ザクロの実の如く、町田の腕は弾け飛んで真っ赤な血をまき散らした。ショッキングな光景に、猛烈な吐き気がおそった。急に視界を覆われたランは驚いているようだった。


『お姉ちゃん、あれ何……?』

「わかんないけど、ランは目閉じてて!」


 町田の様子と比べて、海翔の体は欠損はしていない。しかし、足の火傷に加えて腹部で起きた爆発は、海翔の服を突き破り、腹の肉を抉りながら大きな傷を遺していたのだ。致命傷にも見える深い傷を負った海翔は、ぴくりとも動かない。優花は恐る恐る海翔に声をかけた。


「海翔、大丈夫!?」


 "空気の渦"は見当たらない。返事のない海翔に駆け寄ろうとした矢先、


「あぁ、哀れな男」


 ぞくり、と。背筋が凍る感触と共に、優花の足が止まる。


 物怖じしない性格なのはもはや否定しない。そんな優花が、思わず最初に抱いたのは恐怖だった。


 その視線の先には事切れた町田の死体がある。そのすぐ後ろに"天使"は舞い降りた。


「最後の最後でしか役に立たないなんて……まぁ、所詮この程度か」


 既に夕日は暮れて、町田の炎は勢いを落とし始めている。魔力の残滓を燃やし続ける火が、"天使"の姿を不気味に映し出していた。


 僅かな日の光で焼けてしまいそうで、儚さすら感じさせる、透き通るような真っ白な肌。

 切れ長だが垂れた青色の目。美しいガラス細工がそのまま入っているようなその目には、生気が感じられない。


「お疲れ。ワタシのためにここまで動いてくれて、ありがと」


 目鼻立ちが整ったその顔は、天使と悪魔……どちらの顔も持っているような、そんな印象があった。

 肌同様に色素の薄いロングの髪には、至る所に赤や青のメッシュが入っている。


 赤と黒を基調としたゴスロリ調のドレスに身を包んだ"天使"は、足を一歩踏み出す。その拍子に、町田が散らした血が彼女の頬に飛びかかる。病的なまでの白さと鮮やかな赤色が織りなす、幻想的なコントラストだった。


 口元に着いた血を、ぺろりと舐めながら"天使"は微笑む。

 死を思わせるような不気味さだが、見る人が見れば退廃的な美しさを感じられる程にその"天使"は綺麗だった。


『あ、あああ……』

「ラン……?」


 言葉にならない悲鳴を小さく上げている。"天使"を見て、彼女は驚きの声を漏らしている。かっと目を見開いて、口元を覆うその姿は、今まで見た事もないような反応だった。それこそ、事件現場の研究施設にいた時とは比べものにならないほどに彼女は怯えている。


「大丈夫!?」


 ランの震えは止まらない。"天使"から目をそらすように下を向きながら、優花の手をぎゅっと握ってくる。

 "天使"はこちらの事情に対して感情は一切動いていない。怯えきるランも、驚く優花も視界に入れた上で無反応を通しているかのようだった。


 血で赤く染まった唇が、小さく開く。


「見逃したげる。"ウサギ"を置いて帰りなさい。」

「お断りよ!」


 ランが震え始めていることからも、その要望に是は言えない。ランの恐怖を和らげるために、自身も感じる恐怖をはねのけて優花は言い放った。


「あっそ」


 "天使"の手には、気がつくと右手に大きめのハンドベル、左手にライターが握られている。出すと同時にカチッと鳴らされたライターからは、先ほど見た"空気の渦"が飛び出てくるのが見えた。


 "空気の渦"は、ゆるやかに漂いながらこちらに向かってくる。

 あれが、海翔を襲った爆弾の正体だ。そう感じた優花は、ランの手を強く引っ張る。


「ラン、逃げるよ!」

「じゃあ、さようなら」


 逃げ出すのと、"天使"が喋ったのは同時だった。

 逃げ出した優花の背後に、ハンドベルの音が無機質に鳴り響く。直後、"空気の渦"が、先ほど優花がいた場所を爆発させる。


「そっか、


 "天使"は無感情に呟いたかと思うと、左手のライターに再度手をかける。

 その動きは、優花にも読めていた。


「させるかぁ!」


 優花はダーツを投げる。真っ直ぐに飛びかかるダーツを、"天使"は無感情に右手のハンドベルで振り払った。


「……あのダーツか。全く、最後の最後でも足を引っ張るのね」


 ぼそりと呟いた言葉は、どこか気怠げで。


 その隙に、優花は全力で逃げ出すのであった。


 ***


 ――くっそ、動かねぇ……。


 爆発の衝撃で体が動かない。少しだけ飛んでいた意識がようやく戻ってきた。


 周りを見渡せば、優花は見当たらない。優花が倒れている様子もないので、恐らくランを連れて逃げたのだろう。


 手がかりもまるでないこの場から、それも、この決して軽傷ではない体を動かして優花に追いつかなければならない。そうなると、今このままではダメだ。


 ――つったく、しょーがねぇな。


 覚悟を決めて、海翔は全身に魔力を走らせる。

 火傷の傷が塞がり、じりじりと焼かれた体の熱が治まっていく。――しかし、体は燃えるように熱い。

 溢れ出る出血が止まり、腹の傷は徐々に塞がっていく。――久々の行使に、体の節々が悲鳴を上げる。


 全身に流れる魔力が、海翔の体を急速に治癒していく。しかし、内なる暴力性がまるで外に漏れ出ているかのように、全身は猛烈に熱い。


 薄れかけていた意識が覚醒を始めると同時に、沸き立つ強い衝動。 ――あぁ、すべてを壊したい。 

 閉じた鼻孔が開くように、薄ら漂う彼女の臭いが海翔の鼻に入ってくる。 ――新鮮な血肉の臭いだ。


 ――くそ、土壇場だが持てよオレの体……!


 立ち上がり、海翔は魔力を調整する。


 ***


 足を止められない。

 少しでも止めれば、後ろから響くあの爆発の餌食になる。


 ちらりと後ろを向くと、小さな"空気の渦"は優花の目の前まで迫っていた。


 リン


 響いた音に、優花はランを抱えて地面に倒れ込む。直後、頭上では大きな爆裂音と背中に襲い来る小さな爆風。


 小さかったことが幸いして爆発はやり過ごす事ができたが、その強烈な音に優花の耳はじーんとしてしまう。


『……あぁ、そっか……』

「どうしたの、ラン?」


 抱え込んだランが、譫言のように呟く。声をかけるが、返事はない。気にはなるが、今はそんな余裕はない。ランを引っ張り起こして、優花は再度走り出した。


 ――あの"空気の渦"、何なんだろ……?


 走りながら後ろを見るが、今は何も来ていない。

 何なのかは分からないが、直感的に触れるのですら嫌悪感を感じたくなる程の、不思議な塊だった。近づくだけで、とても嫌な気分になってくる。どうしてなのか、と言われても優花自身にも説明はできないのだが。


「まったく、しぶとい」


 その声は不意に響いた。

 小さく清らかな声。しかし、その温度のなさは背筋から凍らせるような、不気味な響き。


 優花は背中を向くのと同時に、反射的に足を振り上げた。

 振り返りながらの回し蹴りを、"天使"はすっと身を引いて避ける。


「しっつこいわね!」


 優花は右手に潜ませていたダーツを投げる。無感情を崩さぬまま、"天使"は右手のハンドベルでダーツを弾き落とした。


 リンと鳴り響く音が、静かな空間にこだまする。


 優花と"天使"の距離は五メートルほど。息を整えながら、優花は"天使"と向かい合った。息の乱れた優花に対して、天使は意外にも攻撃の手を緩めて、小首をかしげていた。 


「わかんない。なんで、"ウサギ"を庇うの? アンタは無関係でしょ?」

「ランを物みたいに扱うな! そんなヤツに『はい、そうですか』で渡せるわけないでしょうが!」


 華奢な見た目だが、近づいての肉弾戦は、咄嗟の一撃を除けば絶対に不利だと優花の直感が囁いている。残っているダーツは二発。優花が今頼りにできる武器はこれだけだ。

 "天使"は優花の圧倒的不利を分かってか否か、会話を続ける。


「人? おかしい。見えないその子を人扱いとか、正気?」


 静かに微笑む女の顔に、優花は未だに俯くランを見やる。


「どう考えても人間――どころか、生き物かどうかも怪しいでしょ? そんなこともわかんないの?」


 静かながら、どこか煽るような口調で"天使"は嗤う。

 その笑い声に、ランの表情は見る見る暗くなってくる。

 事実、"裏"の事情に詳しい海翔や切絵でも、ランの姿は見る事ができなかった。彼女がなんなのか、"裏"の知識を持ってしても分からないのだ。

 不思議だと思った事は幾度もある。それでも、優花が返す答えは決まっていた。


「それでも、人から見えなくたって、アタシには見えてる! 助ける理由なんて、それだけで充分じゃない!」


 ランの手を握りながら、優花は啖呵を切る。ランがなんなのか、未だに分かっていない。それでも、ここまで一緒に生活してくれたランは、優花にとって掛け替えのない人なのだ。ランを馬鹿にされると言う事実が許せない。


「それに、アンタだって見えてるんでしょ!? アンタがランを利用しようとするんなら、アタシがランに優しくしても別に自由じゃないの!」

『……お姉ちゃん』


 ランが顔を上げる。何かに思い詰めた表情は変わっていないが、上げたその顔には、どこかほっとしたような気持ちが見てとれた。

 女の無表情なガラス玉のような瞳は、ただ優花をじっと見つめていた。


「変なの。所詮""なのにそこまで固執するなんてね。あなた、名前は?」

「……朱崎あかざき優花ゆうか

朱崎あかざき……へぇ、あっそぉ」


 "天使"の顔がニヤリと歪む。人よりも長い犬歯を剥き出しにして、おかしそうに笑う。

 美しい顔には似合わない、邪気のあるその笑顔に優花はランを庇うように背中にやった。


「へぇ、そんなことあるんだ」

「……どういう意味よ、それ?」


 一人で小さく笑う"天使"から返事はない。これを好機と、優花は小声で、ランに向けて話をする。


(ラン、今のうちにアンタだけでも逃げなさい。)

(……え?)

(今がチャンスだと思う。アタシがここで少しでも足止めするから)

(ダメ! そんなことしたら、きっと殺されちゃうよ)

(分かってる!)


 小さな声ながらも、優花勢いでランを黙らせる。怯えさせてしまったランに向けて、優花は謝罪の意味も込めて頭に手を伸ばした。


 自分でもどうかしていると思う。出会ってたった二日の、見えない少女を助けるためにここまでの覚悟を決めているのは。


 何故か、は明白だった。


 失ってしまった大切な命があった。助けを求めてくれなかったことを恨んでいたが、それはただの逆恨み。満月みつきのことを、まったく気づけなかった自分の弱さへの逆恨みだった。

 もう、自分の大切な人を助けられないのは嫌なのだ。


(それでも、ランには助かって欲しいの)

(……わかった)


 ランの表情は、とても複雑な物だった。

 離別の苦しみを、優花は痛いほど知っている。下手をするとこの行動は、ランの心にそれを刻みつけることに他ならないのだ。


 それでも、優花は何を差し置いてでもランを助けたかったのだ。

 この行動が、満月みつきを救えなかった自分の償いだと胸の中で感じながら。

 

「最後のおしゃべりは終わった?」


 "天使"は無表情に戻っている。

 優花の視界に映ったのは、大量の"空気の渦"。五を越えた辺りで優花は数えるのをやめた。


 この"渦"が爆発すればどうなるか、そんなことは考えずとも分かる。

 それでも、優花の覚悟は決まっていた。


「さようなら、朱崎 優花」

「逃げなさい、ラン!」


 "天使"の右手が揺れて、小さな音が鳴る。


 "空気の渦"は音波が伝わった順に次々に赤く膨張していき、一つ一つが爆発をしていく。迫り来る爆発を前に、優花はランをかばうように両の手を広げていた。


 優花の目の前が爆発する――

 その瞬間、優花の視界が一気に吹き飛ぶ。


 爆風に吹き飛ばされた? 否、痛みは一切ない。大きな爆発が、見る見る内に遠ざかり、小さくなっていくのだ。

 まるで、凄い早さで後ろに引っ張られているかのように。


 どさっ、と背中から地面に投げ出される。

 僅かな痛みに顔を上げて後ろを振り向けば、


「バッカ野郎、死んだら終わりだろうが!」


 金髪の髪を揺らし、息を切らしていた海翔であった。ちらりとずれた赤色のバンダナを直しながら、優花に向けて悪態をつく。

 その姿に優花は目を見開く。


「海翔!? え、ちょ、アンタ大丈夫なの!?」


 見るも無惨な火傷の跡と、抉り取られた腹の傷。適切な処理ができたとは思えないが、そのケガは既に塞がっている。そちらも信じられないが、しかし、優花が驚いているのは海翔の全身だった。

 血管の如く、全身を覆うように肌に赤い光の線が走っている。先の町田のダーツを防ぐ時に魔力を込めていた様子だったが、それでもこんな線はなかった。


「なんか赤いし!」

「あぁ、気にすんな、体質だ! ランは大丈夫か!?」

『び、びっくりしました……』


 大音量の爆発で耳が聞き取りづらいが、しかし海翔がこうして立ち上がっていることに今は安堵すべきであろう。

 ランは優花の腰にしがみついていたようで、ランも無事だった。ランの顔を見て、優花は海翔に頷いた。


 ふと、捌け始めた爆風の中から、ゆるりと"天使"が歩いてくる。海翔の姿を見て、嘆息混じりに呟いた。


「生きてる。じゃあ、今度こそ」


 "天使"は左手のライターを開き、"空気の渦"を出している。出され三つの"う渦"は、漂いながらこちらに向かっていた。次が来る、そう海翔に伝えようとした瞬間、


「おい、優花。お前、爆弾見えてるな?」

「え、えぇ……」

「どこにあるかを言え」


 気がつくと海翔は左手に握り、居合抜きの構えを作っている。

 広い背中が、優花にはとても眩しく見えてしまった。


「言われたところを、切ってやる」

「正め――」


 言い終わるよりも先に、海翔が刀を振るった風が優花の髪をなびかせる。

 海翔の正面まで迫っていた"空気の渦"は、真っ二つに切れると同時に、その形を失っていった。


「……本当、アンタ凄いわね」

「目測推測お手の物、ってな? 次言え、次!」

「右と左! 30センチぐらい先!」

「あいよ!」


 神速の神業、としか形容ができない。

 海翔は、優花が言った場所を正確に切っている……が、その動きを目で追う事ができないのだった。

 移動した、と思った時にはその切っ先は既に見えない。刀は納刀されていて、切られた"渦"が散っている。"渦"が消えた事を確認していると、既に海翔は別の場所で刀を振るっている。

 あっという間に、先ほど見えた五つの"うねり"はすべて両断されていた。


「つったく、本当厄介!」


 "天使"もこの結果に、苛立ち、ライターから"空気の渦"を次々に生み出している。ライターからガスがあふれ出すかのように、その"渦"は幾重にも出てきて海翔と優花に襲いかかっていた。


 しかし、鈴を鳴らさなければ爆発しないこと、"天使"も巻き込まれるからか、"渦"を作り出してもすぐに爆発させられないという二つの特性が、とことんまでに海翔との相性を最悪にしていた。


「全部で三つ! そこから右に二つと左に一つ!」

「させるか!」


 優花の指示を聞きながら、海翔は一つ一つ対処をしていくが、その時に"天使"は鈴を鳴らす。


 しかし、場所が分かっていると言う事は、爆発する場所も分かっている、ということだ。一つ一つの"渦"が起こす爆発自体はそこまで大きな物ではない。逃げるのは容易だった。


 優花が場所を伝えなければ海翔は切る事ができない。それだけの不利を覆すように、俊敏な動きを見せて"渦"を処理したり、受け流したりして、海翔は"天使"に向けて距離をどんどん詰めている。もう少しで刀が届くリーチだが、そのあと一歩が届かない。近づいては"渦"を展開して後ずさり、後ずさっては"渦"を切って詰められる……いたちごっこに、最初に音を上げたのは"天使"の方だった。


 海翔が振るった直後の僅かな隙。そこをついて、"天使"はライターに入っているありったけの"渦"を広げ、思い切り後ずさる。


「鬱陶しい!!」


 "天使"の振りかざしたハンドベルと共に、海翔と"天使"の間が一斉に爆発する。海翔を狙った一撃ではない。むしろ、目くらましの煙幕を頼りにしての一撃だった。


 大量の"渦"による一斉爆発。爆風は、優花の元にも届き、顔を覆った。手の隙間から見える海翔は、立ち尽くしている様子だった。何をしているのか? 訝しんだ優花だが、海翔の肌は再度赤く染まっている。


 金髪に真っ赤な体躯。その姿は、人と言うよりも――。

 カッと見開いた鋭い双眸が、こちらを見る。その眼光に射竦められた優花は怯んでしまった。


 鬼気迫る表情のまま、海翔は駆ける。その駆ける先は優花の真横で――

 そちらに目をやれば、鈴とライターを握りながら、優花に向かってきている"天使"の姿。


 駆け抜けた海翔は、優花と"天使"の間に入り込み、


「おらぁ!」


 裂帛のかけ声と共にハンドベルに向けて刀を振るった。

 "天使"は小さな悲鳴と共に、切られた鈴と叩かれた右腕を押さえながら、後ずさった。

 しかし、顔が不気味に歪む。


 切られたハンドベルが、最後の悲鳴と言わんばかりに小さく音を鳴らした。


 ――え、どこ!?


 しかし、優花の視界には"空気の渦"はない。

 だが、アレは起爆の合図だ。どこかにあるはず――。


!!』


 ドンっ、と。


 小さな叫びと共に、背中を勢いよく押された。


 押し出された優花は、体を起こして後ろを見る。


 目の前の光景が、走馬燈の如く緩やかになる。


 小さいながらも、真っ赤に染まった"空気の渦"が自分の腹の辺りにあったことを。

 そして、そこに自分を押し出したランがいることを。

 そのランの顔は、


 その呼び方は……その表情は……


 優花は、思わずその名前を口にする。


「満月、お姉ちゃん……?」


 ニコッと、は懐かしい笑顔を見せて――

 "空気の渦"は爆発した。

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