第38話 後日談

 結局、レヴィンを除く九名の生徒たちは、メルディナの警備隊とマッカーシー侯爵の私兵によって無事、保護された。

 捕えられていた場所は、王都の東隣の都市メルディナ。

 彼らが保護されたのはメルディナのスラムの悪党、ゲラルド一家の拠点であった。

 警備隊が現場に踏み込んだ時、そこには抵抗する四人の男と倒れ伏す三人の男の姿があった。


 倒れ伏していたのは首領のゲラルド、幹部のフレディ、鑑定士のバージルである。

 その近くには生徒九名がおり、警備隊を見ると保護を求めて駆け寄ってきた。

 幸い、誰も怪我や体調不良を訴えることもなく、無事王都ヴィエナへと帰還を果たした。


 生徒たちの証言からすぐに地下室が調べられた。

 そこには、広い部屋が一つと独房のような造りをした部屋が一つ存在していた。

 広い部屋は凍える程の寒さで、至るところが凍結していた。

 また、炭化した何かがいくつも転がっており、独房の方では縛られた男二人が発見された。

 独房の檻は、鋭利な刃物で斬られたかのように綺麗にスッパリと切断されていた。

 生徒たちは手足を縄で縛られて目隠しをされた上、猿ぐつわを噛まされていたと言うが、レヴィンと言う少年の活躍により全員がそのいましめから解放されたらしい。


 そのレヴィンと言う生徒は、現場からは見つからなかった。

 生徒たちに寄れば、スネイトと呼ばれる人物が何処いずこかへ連れ去ったと言う。

 そのため何の手がかりのないまま、捜索は続行されることとなったが、彼は数時間後にあっさりと見つかることとなる。


 行方不明の期間は約五日であり、生徒たちの失踪場所からメルディナまでの距離を考えると二日程である。

 そのため、生徒たちはこの独房で三日程監禁されていたと考えられる。


 ゲラルド一家のメンバーで確保できたのは、警備隊に取り押さえられた四人と地下室にいた二人、そして首領のゲラルドだけであった。

 ゲラルドは瀕死の状態であったらしいが、生徒の一人であるベネディクト・フォン・マッカーシーの回復魔法によって死の淵から生還したのである。

 フレディは一旦は確保されたものの隙を突いて逃亡。その行方は分かっていない。

 鑑定士のバージルは完全に心臓を貫かれていたようで、回復魔法の甲斐もなく死亡した。


 ゲラルドはメルディナでの尋問では何も話さず、黙秘を貫いていた。

 メルディナ警備隊の取り調べなどまるで意に介さない様子であったと言う。

 しかし、王都へと移送され、取り調べる者が変わった瞬間、洗いざらい話し始めたと言う話だ。王都には拷問官ごうもんかんと言う職業クラスにつく者がいるらしい。

 後日、それをベネディクトから教えられたレヴィンは戦慄し、ヘルプ君に確認した程である。そしてその能力を知って、更に震え上がったのは言うまでもないだろう。


 ゲラルドとその一味は今回の誘拐事件のみならず、その他の多くの事件にも関わっていたようだ。昨今の王都や近隣都市での子供の失踪事件は、ゲラルド一家によるものだと考えられており、今なお余罪が追及されている。


 誘拐された子供たちは、アスプの実を食べさせられて仮死状態にされた後、メルディナへと移送されていたと言う。移送していたのは、主にゲラルドと関わりを持つ商人たちであった。その子供たちは奴隷として売られ、現在も行方不明のままである。

 子供たちを運んだ商人は複数存在したようだが、その中の一人にレヴィンが護衛したハモンドの名前もあった。

 彼は現在もなお王都で取り調べを受けている。彼の商会は取り潰しは避けられないだろうと言われている。


 ちなみにアスプの実は人間を仮死状態にすると言っても、その効果は絶対ではないため移送中に汚物を垂れ流す者もいたらしい。

 だからこそ、ハモンドは強烈な匂いを放つ香水と一緒に輸送していたのだ。

 あれは人間の臭いを消すためのものだったのである。

 今回の件にはハモンドは絡んでいなかったが、移送を担当した商人の証言から誘拐には魔物使いが関わっていたことが明らかになった。

 課外授業で生徒たちが攻撃した拠点の魔物全てが操られていたかは不明であるが、少なくとも第一班付近の魔物は操作されていたようである。


 大抵の国でもそうだが、アウステリア王国内では各都市で商人が輸送する積み荷は必ず調べられることになっている。ゲラルドの息のかかった商人がそれを免れていた理由は、城門で積み荷を改める衛兵たちの隊長クラスの者が買収されていたためである。当然、彼らも取り調べを受けた上、監獄行きとなった。

 また、誘拐事件の舞台となったメルディナの代官であるウリリコ男爵にも嫌疑の目が向けられたが、こちらは関与の証拠が出て来ずに無罪放免となった。

 ただし、衛兵の不手際を追及されて、ある程度の罰則が科せられる予定だと言う。


 今回の誘拐事件は、今までの平民の子供を狙うものとは一線を画していた。

 有力貴族の子息が対象に入っていたためである。

 マッカーシー侯爵の長男、ベネディクトや、ゼルト子爵の次男、ノエル、そしてビターマイン子爵の三男、ノッシュなどがそれに当たる。

 貴族の子息の誘拐自体は昔から存在した。しかし、ここまで大規模な事件はこれまではなかったのである。

 その周到な誘拐計画から、当然、中学校やそれに関わる人物を始めとして、誘拐された子息を持つ貴族の敵対派閥の人物などの関与が疑われた。


 特に今回の課外授業は、本来ならば探求者ギルドに任されるはずの任務を強引に生徒たちに任せたものである。

 探求者ギルドのギルドマスター、ランゴバルトの反対を強引に押し切った人物に目が向けられるのは当然のことであった。

 魔法中学校の校長ジェイソン・フォン・ノルドント男爵、そして騎士中学校の校長モンテール・フォン・ギルティ男爵は特に念入りに事情聴取された。

 その他にも誘拐された第一班の引率教師であったネッツや、班決めに深く関わったエドワードを始めとする教師たち、そして教頭などにも嫌疑が掛けられた

 彼らは流石に拷問されることはなかったが、王国鑑定士による鑑定が行われ、更に徹底的に背後関係が洗われた。誘拐時の状況はそれほど情報がなく、その手際も巧妙であったため、証拠となるものは少なかった。

 付与魔法Lv5の魔法である【眠神降臨ヒュプノス】が使用されたこと、失踪場所が精霊の森とメルディナに至る街道沿い付近であったことから事件が綿密に計画されたものであることは疑い様のない事実であった。


 嫌疑を掛けられた教師陣の中で、特に関与が疑われた者は二人いた。

 一人は【眠神降臨ヒュプノス】が使える教師であったが、取り調べの結果、彼にはアリバイがあった。もう一人はシガント魔法中学校の教頭であった。彼は班決めに深く関与した内の一人で、その配置にも口を出していた。

 更に間に人を挟んで商人らと連絡を取り合っていたことが明らかになった。

 教頭は最後まで無実を主張したが、彼が雇った人物と商人の下男の証言から有罪が確定した。

 有罪が確定して教頭は激しく取り乱した。

 彼は「そうだッ! 俺はそそのかされたんだッ!」と叫びながら暴れたが、ついぞ、そそのかした者の名前を挙げることができなかった。

 一応、教頭は男爵の位にあったので、その寄り親である貴族にも調べが及んだが、結局は無関係だと判断された。また、疑いを掛けられた貴族たちも特に尻尾を出す者もなく、彼らが事件に関わっていたかは闇の中と言うことになった。


 問題はまだあった。王国の鑑定士であるバージルが鑑定結果の情報を売り渡し、人身売買に深く関わっていたのだ。

 アウステリア王国は事態を重く見て、鑑定士の機関である『なんでも鑑定局』のトップを更迭の上、国民に謝罪した。

 この異例の謝罪は国民のみならず、周辺国家にも衝撃を与えることとなった。


 そして、現場から消えた者たちの正体や足取りは全く掴むことができずにいた。

 ゲラルド一家の幹部を務めていた剣豪フレディの行方。

 彼は現場の混乱の隙を突き、兵士の包囲を突破して姿をくらませた。


 警備隊突入前に姿を消したアルジュナ。

 ゲラルドによれば、彼は今回の計画の立案者であり、王国内部に影響のある犯罪を積極的に計画していたと言う。更に彼は逃げる際に、まるで転移のような魔法を使って現場から消え去ったらしい。これは生徒たちからの証言でも裏付けが取れている。


 最後に、生徒の中でも目立たない存在のレヴィンをさらったとされるスネイト。

 ゲラルドの証言では、彼は『異世界人』と言う称号を持つ者だけを買い取る売人であるらしい。しかも金払いが良かった。

 その称号を持つ者を見破れるのはバージルだけだったので、ゲラルドはバージルとスネイトによってかなりの儲けを得ていたようだ。

 証言ではこの称号を持つ者を今まで二人、スネイトに引き渡したと言う。

 この称号に関しては、王国の最重要機密事項となり、一般には秘匿され極秘に調査されることとなる。


 ゲラルドが死ななかったお陰で、多くのことが明るみになった。

 しかし、肝心の【眠神降臨ヒュプノス】を使用した者、謎の行動を取って姿をくらました者、『異世界人』の称号を持つ者など分からないことも多い事件となった。


 この事件はアウストリア王国史に名を残す重大事件として人々に記憶されることとなったのである。

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