第18話 レヴィン、学校へ行く

 レヴィンたちは春休み中、ほぼ毎日精霊の森に通った。

 依頼を複数同時に受注し、討伐依頼のある魔物だけでなく森の中で出会った魔物たちも倒していったので、戦い方も洗練され結構強くなることができた。


 そんな春休みがあっという間に過ぎ、四月に入った。

 レヴィンとアリシアとシーンはシガント魔法中学校の三年生となり、ダライアスは相変わらず家の手伝いをしている。

 獣の肉とお金が入るようになり生活が改善されたため、ダライアスの母親のブリアナが味方に回ってくれたらしく、父親のノーブルは強く反対と言えなくなってしまったという話だ。

 

 今日は始業式である。

 レヴィンはアリシアと共に登校すると、早速、クラス分けの名簿が張り出されている大きな看板の前に来ていた。

 そこは、既に多くの学生でごった返していた。

 取り敢えず、人だかりの外側へ並んでみるも、中々前へ進めない。

 そこへシーンもやって来たので、一緒に名簿を確認しようと共に並んでいたのだが、人の波に流されていつしか離れ離れになってしまった。

 アリシアは、レヴィンの制服の袖を必死で掴み、どうにかはぐれないようにしている。事前にアリシアから聞いたところによれば、クラスはS、A、B、C、D、Eの六クラスに別れているらしい。去年はレヴィンがCクラス、アリシアがBクラス、シーンがAクラスだったと言うことだ。


 その他にもレヴィンは、アリシアとシーンの会話からいくつか情報を得ていた。

 平民だけであった小学校とは異なり、中学校では貴族と平民が混じって学生生活を送るらしい。

 小学校は10歳から12歳で平民のみが通っており、一般教養などが教えられる。貴族はこの年代は主に家庭教師をつけるらしい。

 中学校は13から15歳で希望者のみが通う専門性が高い学校であり、貴族と平民が同じ場所で同じように授業を受ける。

 ちなみに大学校と言うのもあるようだ。16歳から18歳までの王族や貴族が集められ、エリート教育が施されると言う。

 

 やがて二人は何とか看板の前へと流れ着く。少し離れた場所にはシーンの姿も見て取れた。名簿に寄れば、レヴィンはBクラス、アリシアもBクラス、シーンはAクラスであった。

 レヴィンは前年のCクラスから昇級した感じだが、もちろん理由は分からない。

 それに六クラスの真ん中辺りであることには変わりない。

 それはともかく、アリシアと同じクラスになれたのは僥倖である。

 彼女は結構可愛いし、性格も穏やかで優しいため、恐らくクラスでも仲良くしたがる人間も多いと思われた。レヴィンとしては、それが『中学三年デビュー計画』の助けとなるはずだと考えていた。


「えへへ……。同じクラスだねッ! よろしくねレヴィン!」


「ああ、こちらこそよろしくな」


 はにかみながら、体を近づけてくるアリシアにレヴィンは思わずドキリとさせられる。本来なら彼女より年上であるレヴィンに余裕があって然るべきなのだが、若い肉体に精神が引っ張られているのかも知れないとレヴィンは思った。

 彼女が幼馴染である幸運をレヴィンは神――自称神の顔が浮かんだので――ではなく日本の八百万やおよろずの神々に感謝しておいた。


 大分戻ってはきたものの、未だ曖昧な記憶に戸惑いながらも靴を内履きに履き替えてBクラスへと向かうレヴィンとアリシア。

 貼り出されていた名簿には個人個人に番号が振られていたので、その番号と同じ靴箱に自分の外履きを入れる。アリシアと共に、プレートにBクラスと書かれている教室へ入ると、気のせいか雰囲気が変わった。


 黒板に張り出されている席順表に従ってレヴィンは自分の席へと向かう。

 どうやら五十音順の並びになっているようだ。

 席の位置はアリシアは廊下側で、レヴィンは窓際であった。

 窓からは緑豊かな中庭が見える。


「『加護なし』だ……」


「あいつが?」


 何やら見られているなと思いつつもレヴィンは席に着く。

 そして席に座っていたり、立って友人と話したりしている顔ぶれを観察していくが、ピンとくる者はあまりいない。

 それに全員が同じ制服を着ているため、貴族か平民かすら分からない。

 アリシアは何人かの女子と会話しているようだ。

 ざわざわとする教室の中、レヴィンは誰かに話しかけるかどうかで悩んでいた。

 レヴィンとしては話しかけることなど、どうと言うこともない行為であったが、過去の自分の境遇を考えると話しかけた時の相手の反応が怖い気もするのだ。

 そんな中、レヴィンの後ろの席の生徒がやってきたようだ。

 その男子は席に座ると、呟くように言葉を発した。


「おはよう。また同じクラスだね。今年もよろしくね」


 レヴィンは動揺した。

 その男子がレヴィンに話しかけたのか分からなかったからである。

 恐る恐る彼の方を窺うと、彼はニコニコしながらこちらに顔を向けていた。

 先程の言葉は自分に掛けられたものだと判断したレヴィンは、明るい口調で挨拶を返す。


「あ、うん。よろしきゅ。よろしく!」


 レヴィンの顔が赤くなる。

 大事なところで噛んでしまうとは、痛恨の極みであった。

 レヴィンはコミュ力が下がっているような気がして思わず頭を抱える。

 彼はそれを見て控えめに笑っていた。


 そこへ、担任らしき大人の男が教室に入って来た。


「おら。はよ席に着けー」


 男はやる気のなさそうな声と表情で生徒に向けて話し始めた。


「あー今年も俺がBクラスの担任だ。名前はクライド。知らないヤツは覚えとけー」


 クライドは茶髪に銀髪のメッシュが入った、陰気そうな男だった。

 フレームの細い眼鏡もそれに拍車をかけている。


「これから始業式だ。全員廊下に並んですぐに大式典場に向かえ」


 こうして、新三年生としての始業式が始まった。

 式は粛々と進行した。国旗掲揚、国歌斉唱に始まり、新学年代表の挨拶はベネディクト・フォン・マッカーシーという貴族が行った。

 その後、校長が訓示を述べて何事もなく式は終了する。


 生徒たちが教室へと戻ると、教室内は再びざわついていた。

 担任のクライドは教壇をドンッと両手で叩きつけると、生徒たちは静かになった。


「今日は始業式だけだが、お互い知らないヤツらもいるだろう。取り敢えずお前ら自己紹介でもしろ。廊下側からな」


 その言葉を聞いてレヴィンはホッと胸をなで下ろした。

 自己紹介がなければ、思い出そうにも思い出せない。

 記憶の復元リストアで何から順に思い出していくのかも分からないが、容易に思い出せることと中々思い出せないことがある。

 何かの手がかりがあれば、埋もれている記憶を掘り起こすことができるのだが。

 レヴィンは春休み中の経験からそれを学んでいた。


 自己紹介が始まった。

 姓ではなく名前の順番のようだ。

 恐らく貴族と平民が混じっているため、姓を持たない平民に配慮した結果なのだろう。どんどん自己紹介が進む中、レヴィンは何人かピンとくる生徒を見つけ出したので、頭の中に保存しておいた。


 アリシアも元気よく自己紹介をしている。彼女の天真爛漫さは天性のものだろう。

 他人をも明るくさせる力を持っているようにレヴィンは感じていた。

 そして、レヴィンの順番が回ってきた。

 レヴィンは前世では24歳であった。高々15歳程度の若造を前にして緊張などするはずがないと思ったが、そうでもないらしい。

 前世では名家の出だったこともあり、貴族の存在などは歯牙にもかけなかったが、長らくアウトロー系ニートをやっていただけに少々緊張してしまうレヴィン。

 照れながらも、前の生徒たちに倣って名前、身分、職業クラスを伝え、最後に一言言って自己紹介を終える。


「……と言う訳で、身分に関係なく仲良くしましょう! よろしくお願いします!」


 少し無難な挨拶になったが、元気よくはっきりとした物言いで終えることができた。ちなみに朝、レヴィンに声を掛けてくれた生徒はロイド・フォン・マルセインと言う名前で男爵家の子息だと言う話だ。

 職業クラス精霊術士せいれいじゅつしで、大人し目な印象は変わらない。

 Bクラスには、黒魔導士、白魔導士、時魔導士、付与術士、精霊術士、錬金術士、そして大魔導士がおり、黒魔導士が一番人数が多かった。


 全員が自己紹介を終えると、それを興味なさげに聞いていた担任のクライドが立ち上がる。そして教壇の前でぐるりと生徒たちを見渡した。


「あーついでだし、クラス代表も決めとくか。誰か立候補はいるか?」


 その言葉にレヴィンの目がキラリと光る。

 『中学三年デビュー計画』の第一歩だ。

 レヴィンは勢いよく立ち上がると、手を挙げて宣言した。


「はい! 俺が代表に立候補します! お任せください!」


 全員の視線がレヴィンに集中する。

 視線が刺さるのがこんなにも痛いものだったか?とレヴィンは少し戸惑った。

 しかも、勢い込んで思わず「俺」と言ってしまった。

 学校では猫を被ろうかと思っていたのだが。

 言ってしまったものは仕方がない。

 これからは「俺」でいくかと考え直すレヴィン。


 静寂に満たされた教室にアリシアの控えめな拍手が響く。

 彼女はレヴィンの方を見てニコニコしている。

 一方で、他の生徒たちはポカンとした顔をしている者が多い。それだけではない。担任のクライドも茫然としている。

 そんな中、ボソボソと生徒たちの囁き声が聞こえてくる。


「ええ……あいつ、あんなキャラだったか?」


「『加護なし』が?」


「何であんなに張り切っているのかしら?」


 レヴィンは思う。そんなに驚かれるようなことなのか、と。

 更に思う。ダミーレヴィンはどんな学生生活を送ってきたのか、と。

 そんな中、我に返ったクライドが言った。


「あーレヴィンか……。他にやりたいヤツはいるか?」


 しかし、反応はない。

 生徒たちはお互いに顔を見合わせたり、何やらひそひそと話し込んでいるだけだ。


「いないようだな。ではクラス代表はレヴィンに決まりだ。んじゃ、最初の仕事だ。起立、礼、挨拶で」


 レヴィンはそれに従った。静かな教室にレヴィンの大音声だいおんじょうが響き渡った。

 各生徒は戸惑いながらもそれに倣ったのであった。


「では解散だ」


 クライドはそう言い終えると、さっさと教室から出て行った。


 レヴィンは、初日はこんなもんかと自分を納得させる。

 今日は始業式だけだったので、空いた時間で何をしようかとワクワクするのであった。

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