第17話 レヴィン、フィルの誕生日を祝う

 今日、三月十八日はアリシアの弟、フィルの十一回目の誕生日である。


 グレンの家とアントニーの家では、子供の誕生日は一緒になって祝っている。

 なので、家に母親のリリナの姿はない。

 隣の家で料理の手伝いをしているはずである。

 グレンは薬を作っているのか、薬部屋から気配が感じられた。

 リビングではリリスがごろごろしている。

 「こいついつも、ごろごろしてんな」とレヴィンは思ったが口に出さないでおいた。今日はめでたい誕生日なのだ。言い争いしていても意味はない。

 リリスはせっかくのレア職業クラスなのにもったいない気がするレヴィンであった。


 レヴィンは狩りでの汚れを落とすべく、水で体を清めるとラフな格好になってリビングに戻った。まだ三月の中旬である。まだまだ冷たい水が身に染みる季節であった。このアウステリア王国には風呂に入ると言う文化はない。

 一部の貴族は自宅に浴場を持っている者もいるようだが、一般的とはとても言えないのだ。グレンから聞いたところによれば、温泉がある都市は存在しているらしい。

 早く行ってみたいものだとレヴィンは思った。

 もしくは、自分で風呂を造ってみるのも良いかも知れない。


 レヴィンが物思いに耽りながらリビングで温かい番茶を飲んでいると、リリナが三人を呼びに来た。

 どうやら準備は終わったらしい。

 レヴィンはすぐに自室へ戻ると、目当てのものを持ってアントニーの家へと向かう。


 全員がアントニーの家に入ると、アリシアたちが出迎えてくれた。

 リビングに集まると、流石に八名には狭いようでお互いの肩が触れ合う。


 アリシアの母親のベネッタと、レヴィンの母親のリリナが料理をどんどんとテーブルに並べていく。フィルは目の前のご馳走に目を輝かせている。


「フィル、これからは俺たちが獣を狩ってくるからな。期待しとけよ?」


 ちなみに獣と魔物はまったく別の生物である。

 獣は魔力がないので魔石を持っていないが、食用として広く狩られている。

 一方の魔物は魔力があり、魔石を持っているが、その肉はとても食べられたものではないと聞く。


「うん! 兄ちゃんたちでパーティを作ったって聞いたよ!」


「今日の料理にもレヴィンたちが狩ってきた獣の肉が入ってるからね」


 ベネッタがフィルに教えている。

 彼女もどこか嬉しそうだ。


 レヴィンの両親とアリシアの両親は、かつて一緒に探求者として旅をしていたらしい。何故、アウステリア王国に居を構えたのかは聞いていないが、お互いが昔馴染みなので家も隣に決めたと言う。


 ベネッタは王都の畑区画にわずかな土地を買い、そこで畑をしている。

 家族の食べる分だけでも野菜を作ろうと、土地を持っている平民は多い。

 レヴィンの家も野菜のおすそ分けをよく頂いている。

 

 全員が揃ったところで晩餐と相成った。

 今日でフィルは十一歳になった。

 父親譲りの赤髪を揺らしながら、料理を貪るように食べている。

 レヴィンたちも腹ペコだったため、料理を取る手は止まらない。

 毎日ぐーたらしているリリスですらそうなのだ。

 所謂いわゆる、食べ盛りのお年頃である。


 料理も粗方平らげて、大人たちは酒を飲み始めている。


「ねーねー兄ちゃん、探求者タグを見せてよ」


「お前いつも言ってんな」


「だって早く探求者になりたいんだよ」


 レヴィンは探求者タグをフィルに見せる。

 フィルは目を輝かせてそれを手に取り裏返してみたり、横から見てみたりと忙しそうだ。


「そう言えば、フィルの職業クラスって何だっけ?」


「僕? 僕は海賊戦士キャプテンだよ。言ってなかったっけ?」


「レヴィンは記憶が曖昧なんだよねー」


 アリシアがしれっと、家族には言っていないことを口にする。

 レヴィンはとっさにアリシアに注意を促そうとしたが彼女の様子を見て止めた。

 レヴィンの顔を覗き込むように体を傾けて、にこやかな笑みを浮かべるその姿に天使の姿を幻視したからだ。


 ツッコミは無粋である。


「何? おにい、それで変になっちゃった訳?」


「変じゃねーよ! むしろマトモだろ!」


「何? おにい、それで正気に戻ったって訳?」


「うーん、割と近い!」


「とにかく、僕は船乗りになって将来、東の果ての海を冒険するんだッ!」


 フィルはレヴィンとリリスの掛け合いを「とにかく」の一言で片づけると、自らの夢を大々的に宣言した。

 レヴィンはヘルプ君を呼び出して海賊戦士キャプテンについて調べる。

 どうやら海賊パイレーツの上級職のようだ。

 上級職と知ってレヴィンの目がキラリと光る。

 更に上には海賊戦鬼ヴァイキングと言う職業クラスがあるようだ。


「おし。そんなフィルに良い物をやろう」


「え? 何々?」


 興味深々でレヴィンの方へにじり寄ってくるフィルにレヴィンは、とある首飾りを手渡した。受け取ったフィルはそれが何だか分からないようで触ったり、色んな角度から眺めてみたりと忙しい。


「それは鬼王オーガキングの角で作った首飾りだよ。誕生日おめでとう。それはフィルに幸運とお宝をもたらしてくれるだろうさ」


 イザークから聞いた話によれば、オーガの角は幸運や財宝を呼ぶ縁起物であるらしい。


「えッ!? そうなの!? 大事にするよ! ありがと兄ちゃん!」


「ちなみにその鬼王オーガキングを倒したのはこの俺だ」


「嘘ッ!? お兄にられる鬼王オーガキングって一体……」


「今日のお前は生意気だな」


 レヴィンは毒が過ぎる口を何とかすべく、リリスの両頬を思いっきり引っ張った。


「いひゃいいひゃいいひゃい!」


 その後もフィルへのプレゼント攻勢は止まらない。

 探求者登録ができる十二歳まで後一年。

 どれもこれもフィルの冒険欲求を刺激する贈り物ばかりであった。

 これでは、これからも毎日のように探求者タグを見せてくれとせがまれる日々になりそうだとレヴィンは思った。

 ちなみにリリスは小遣いを貯めて買った御守りをプレゼントしていた。


 その後も色々な話に華が咲いた。

 しかし、娯楽の少ないこの世界。子供たちは暇を持て余しつつあった。


「そうだ。フィル、腕相撲をやらないか?」


「腕相撲?」


「いいか? こうやってな……」


 レヴィンはフィルにやり方を教える。

 アリシアとリリスも興味深げに耳を傾けている。

 何故、腕相撲を提案したかと言えば、答えは簡単だ。

 フィルのレベルはおそらく1だ。戦闘経験などないはずなので間違いないはず。とレヴィンは考えている。現在のレヴィンは黒魔導士でおそらくレベル12程度、フィルは海賊戦士キャプテンでレベル1だとする。

 レベルアップ時の成長の度合いは職業クラスによって大きく異なることはヘルプ君で確認済みだ。例えば、黒魔導士は魔力に大きく補正がかかるが、騎士ナイトは力に大きく補正がかかる。補正のかかり具合は職業クラスによって大きく異なることを実際に確認するための提案であった。


「じゃあ、行くよ! よーい! はいッ!」


 アリシアが合図するとレヴィンとフィルはお互いの拳に力を込める。

 レヴィンがフィルの腕を倒そうと全力を込めるが、両者の手は中々動かない。

 わずかにレヴィンが押しているもののレベル差を考えれば、黒魔導士の力の補正値は余程低いのかも知れない。

 力のパラメータで言えば、五分五分くらいではないかとレヴィンは思った。


「うおおおお! 何とか勝ったーーー!!」


 結果はレヴィンの辛勝であった。

 やはり、何のパラメータを上げていくかは、これから考えていかねばならないと痛感させられたレヴィンであった。つまりどの職業クラスでレベルアップをしていくかと言うことだ。

 その後、子供たちの間で限界腕相撲が行われた。

 限界腕相撲とはその名の通り、限界が来るまで腕相撲をし続けると言うものだ。

 前世ではレヴィンもよくやったものである。

 やったのは限界バトルロイヤルであったが。


 そして夜も更けていき、リリスとフィルは疲れたのか寝てしまった。


 レヴィンは、アリシアと改まって話す機会もあまりないので、色々と情報を聞き出すことにした。せっかくのチャンスである。異世界人と現地人の違いを明確にしておくことも必要だろう。


「なぁ、アリシア。ちょっと聞きたいんだけど」


「なぁに? 改まって」


「レベルアップや職業クラスレベルが上がった時って分かるもんなのか?」


「え? 分かるよ~ってレヴィンも分かってるでしょ?」


「いや、他の人はどうなのかなーと思ってさ。どんな感じで分かるんだ?」


「レベルが上がった時は戦神せんじんライオト様の啓示があるし、職業クラスレベルの場合は職業神クラスしんウォルス様の啓示があるんだよ~」


「脳内に語りかけられる感じだよな?」


「何か、祝福するよッて声が聞こえるんだよッ!」


「そっか、そうだよな。それじゃあ、職業点クラスポイントが入った時って分かんの?」


「分からないよ~。だから次に習得できる魔法とそれに必要な職業点クラスポイントしか分からないんだよ~」


 レヴィンは職業クラスの情報を参照すれば、その職業クラスで習得できる能力や魔法名と、それに必要な職業点クラスポイント、そして現在の職業点クラスポイントが一目で分かる。

 魔法などの使用によって職業点クラスポイントが獲得できたかどうかはアリシアと同様、告知されないため分からない。


「だから、いちいち教科書を確認したり、覚えたりしなきゃなんだよ~。大変だよね~」


「うーん。やっぱりゲーム的なシステムってのは便利なものなんだな」


「うん? げーむ?」


 その後もレヴィンはアリシアから様々な情報を聞き出していった。

 この世界では、どの職業クラスがどんな能力や技、魔法などを習得できるのか完全に把握されていないと言う。

 先人が習得した能力と、それに必要な職業点クラスポイントが判明しているものだけが書物や教科書などに記載されているようである。

 そのため、せっかくのレア職業クラスであっても自分がどんな能力や技、魔法などを習得できるのか理解できず、宝の持ち腐れ状態になってしまうと思われるのだ。

 もちろん、あくまでこれはアリシアの言葉を基にしたレヴィンによる推測に過ぎないが。


 それにレヴィンが簡単に把握できている職業クラスの解放条件も、この世界の人間には無理なようである。

 例えば、大魔導士に職業変更クラスチェンジするためには、黒魔導士Lv5、白魔導士Lv5、時魔導士Lv5の条件を満たす必要があることがレヴィンには


 しかし、この世界の人間は、黒魔導士Lv5、白魔導士Lv5、時魔導士Lv5の条件を満たした場合に大魔導士に職業変更クラスチェンジのである。

 これは非常に効率が悪い。レヴィンは仲間を強くするためには、ヘルプ君の知識と異世界人としての考え方をどんどん教えていく必要があると痛感した。


 レヴィンは、実はゲーム的なシステムが意外と便利なものであると、このゲームにも似た世界に来て初めて実感した。

 異世界人であるお陰で効率良く強くなれるのだ。この世界の人間では最強に至る道のりは険し過ぎる。

 誰か報酬でもっと完成度の高いゲーム的なシステムを創ってくれないかなとレヴィンはわずかであったがそうも思った。しかし同時に自称神の顔が浮かんできたため、レヴィンは頭をブンブンと振ってその考えを打ち消した。

 それはもちろん、ヤツらに高い完成度を求めるのは無駄だと思ったからである。


 ここでアリシアが大きなあくびを一つ。

 見ればグレンとアントニーもいびきをかいて寝ている。

 レヴィンはそれを見て、ここまでかと判断しアリシアに寝るように促した。


 そしてレヴィン自身もアリシアから聞いたことを反芻しながら眠りに落ちていった。

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