第10話 レヴィン、驚愕する

 レヴィンが護衛任務から帰還した翌日のことである。


 レヴィンは一人で精霊の森に来ていた。

 精霊せいれいの森とは、ここアウストリア王国、王都ヴィエナの南側に広がる森林のことだ。精霊エルフ族の隠れ里の存在がまことしやかにささやかれているが、それを確認した者はいない。

 本当なら強くなるために探求者のパーティを結成して一刻も早くレベリングを開始したいところなのだが、今日はアリシアに用事があったのだ。


 取り敢えず、目的もなく狩りをやるのも無駄なのでレヴィンは探求者ギルドへ訪れた。掲示板に貼り出された依頼書を確認していると、はぐれ小鬼ゴブリンの討伐依頼が目についた。

 よくよく確認してみると、この依頼は一度撤回されていたようだ。

 以前、他の探求者によって受注されたらしいのだが、結局それらしい小鬼ゴブリンが見つからずに期間が満了してしまったため、依頼は失敗に終わっていたようである。それが最近になって、また精霊の森の入り口周辺で数人の小鬼ゴブリンが目撃されるようになったのだという。


 探求者達も酔狂で魔物を狩っている訳ではない。

 中には例外もいて、魔物を見れば躊躇うことなく殺すやからや、魔物をいたぶるのが趣味の異常者もいるらしいのだが。


 今回は小鬼ゴブリンが街道まで出てきていたところを商人の馬車が通りかかって発見し、探求者ギルドに通報した事から依頼が出される事になったようである。

 ちなみにその商人が依頼を出した訳ではない。治安維持のため、探求者ギルド自体が依頼をした格好となる。

 レヴィンは精霊の森の縁を何度か往復して、はぐれ小鬼ゴブリンの集団を探していた。辺りには、他の探求者や旅人らしき人の姿も見える。

 何度往復しただろう。用意していた昼ご飯――と言っても干し肉だが――を食べて、今日は他の依頼をこなしてから帰ろうかと思い始めていた時だった。

 王都から南西に位置する森の縁を歩いていると、森の中から三人の小鬼ゴブリンが姿を現したのである。

 これ幸いと、レヴィンは少し距離を取った状態で小鬼の前に立ちふさがった。


 しかし、ここでレヴィンは衝撃を受ける事になる。


「グギャ! お前何者ダ!? 俺たちを狩りにキタのカ!?」


「しゃべった!?」


「俺たちがシャベルのがそんなニおかしいカ?」


 なんと小鬼ゴブリンが話しかけてきたのである。

 比較的知能が高いとされる豚人オークが言語を解すると言うことはレヴィンも知っていたが、小鬼ゴブリンもそうであると言う話は聞いたことがない。事実、先日受けた護衛任務中に襲ってきた小鬼ゴブリンは、人語を解する様子はなかった。

 レヴィンは慌てて、脳みそをフル回転させ、言語学の授業について思い出す作業を開始する。記憶にあるのは、ルニソリス歴645年に世界の口語、文語を含む様々な言語が統一されたという事実だ。

 しかし小鬼ゴブリンがしゃべるなんてことは少なくとも学校では習っていないはずである。混乱が収まらないまま、レヴィンは質問をしてみる事にした。


「少し話をしたいんだがいいだろうか?」


「ナンダ? 俺たちに話すことナドなイ!」


「まぁまぁそう言わずに。お願いします!」


 レヴィンが合掌して丁重な態度でお願いする。

 すると、別の個体が最初に話していた個体に話しかけた。

 

「別にイイじゃない? ワタシたちを狩ル気がないって言ってるし……」


 こちらは女性のようだ。と言うより女子だろうかとレヴィンは考える。

 小鬼ゴブリンが話す言葉はところどころアクセントがおかしいところがあり、決して流暢な言葉とは言えなかった。


「大人は言っていル。人間は残虐だト。話すことなどナいッ!」


「残虐ならコウやって話しかけたりしないデしょう?」


「ぐぬぬ……」


 頑張れ女の子!負けるな女の子!とレヴィンは心の中で応援する。

 その後、小鬼ゴブリン同士で何度かのやり取りした後、観念したのか、最初に話しかけてきた個体が口を開く。


「……何ダ? 何が聞きたイのダ?」


「いつから人間と同じ言葉を話せるんですか?」


「そんなことは知らン。昔からダ。そもそも俺は人間と初メテ話す」


「名前とか聞かせてもらってもいいかな? 俺の名前はレヴィンと言う」


「グギャ。名前など教える気はナイ。何が目的ダ?」


「イイじゃなイ? 向こうも名乗っているんだから。ワタシの名はメリッサよ」


「ぐぬぬ……。俺の名前はギズだ。もう一人の名前はジェダと言う」


 どうやらイニシアチブを握っているのは女子のようだ。

 話の分かる個体で良かったとレヴィンは思わず相好を崩す。

 

「ありがとう。君たちは大人なんですか? 年齢はいくつですか?」


 レヴィンは、相手を刺激しないように丁寧な言葉を選んで話しかける。

 色々聞きたいことがある。知的好奇心と言うヤツだ。


「我々はまだ子供ダ。年齢はよく分からない……。たぶん生まれてから十五年くらいダ」


「タメかよッ!」


 レヴィンは思わず叫んでしまい、慌てて口を閉じる。


「ため?」


「いや、俺と同い歳なんだよ」


 その言葉にメリッサが愉快そうな笑みを浮かべて言った。


「それはキグウね! ナニかのエンを感じルワね」


「最近ここら辺を移動しているみたいだけど、何か目的でもあるんですか?」


「色々、冒険してイルのダ。今日はここら辺に生えていル、モエニ草を取りにキタのだ」


 モエニ草とは前世界でいうヨモギのような草のことだ。

 香りも良いので、人間も食用や薬として用いている。


「冒険ですか? 冒険はいいですよね。俺も大好きです」


 すると、ギズは笑って言った。


「グギャギャ! 気が合うナ人間。レヴィンと言ったか」


 ここらで既にレヴィンは、はぐれ小鬼ゴブリンを狩ることなど諦めていた。

 人語を解する相手を殺すのはなんだか嫌だったのだ。

 依頼は失敗になってしまうがそこら辺は特に気にしない。

 結局見つからなかったと報告すれば特に問題はない。


「街道沿いは他の探求者や旅人が通る。もう少し森の奥に行って話しませんか?」


「そうダナ。人間にコロされた仲間は多いらしい。奥に行コウ」


 レヴィンの提案に従って、三人の小鬼ゴブリンとレヴィンは森の中へと足を踏み入れた。

 しばらく共に森の中を歩きながら会話を続けた。


「君たちは小鬼ゴブリン族であっていますか?」


「そうヨ。ワタシたちは小鬼ゴブリン族。レヴィン、そんなに丁寧に話さなくていいノよ?」


 丁寧に話していることは伝わっていたかとレヴィンは少し驚いた。

 そして小鬼ゴブリンの知的レベルについて頭の中で考察する。


「ありがとう。仲間たちは人間のことを恨んでいるの?」


「恨んでイル者もいるが、ワタシたちのヨウに人間について特に知識を持たナイで、何とも思っテいない者もイル」


「グ……。俺ハ人間を恐ろしい種族だト思ってイルぞ!」


 メリッサの言葉にギズは異論を唱える。

 だがレヴィンは特に気にせず続けた。

 

「どういう生活をしているんだ? 集落にはどれくらいの人数が暮らしてる?」


「獣を狩ったり、木の実を集めたりしている……」


 集落に関しての質問には答えない。警戒しているのだろう。

 その時、ずっと黙っていたジェダが初めて口を開いた。


「村のコトなど聞いテどうするつもりダ……?」


 やはり警戒している。

 レヴィンは急に距離を詰め過ぎたかと少し自省した。


「別にどうもしない。興味があるだけだよ。できれば村に行ってみたい気もする」


 レヴィンは包み隠さず本音で話した。


「本気か!? 村の場所ヲ教えたら人間は我々ヲ殺しニやってクルだロ!」


「俺は殺さないッ! 小鬼ゴブリン族は人間と商売なんかの取引とかをしていないのか?」


「ググ……。お前がソウだとしても他の人間はチガウダロウ……? 取引しているカは解らナイ」


 確かに、他の人間が小鬼ゴブリンの村の場所を知れば滅ぼそうとするだろう。

 果たして小鬼ゴブリン族が人語を解するという事実をどの程度の地位までの人間が把握しているのか分からないのだ。

 少しランクが上の探求者なら知っていそうだ。支配者階級もそうだろう。

 商人なら金が稼げれさえすれば、良好な関係を築こうとする者も現れそうではある。


「そうだな……。村に帰ったら大人たちに聞いてみてくれないか? 俺を村に招き入れてくれるかどうかを」


 レヴィンは決して前世で博愛主義に目覚めていたとかそういう事はない。

 ただの知的好奇心と、人語を解するという事実で情がわいたと言うそれだけである。人語を解する魔物は殺さないで、解さない魔物は殺すのか。果たしてこれは偽善なのか?と自問するレヴィンであった。


「分かったワ。聞いてみル」


「それと、あまり街道に出てこない方がいい。森の人の手の入っている部分にもだ」


「ウム。そうしよウ」


「また会えるか?」


「そうだナ。お前なら俺たちの秘密キチを教えテやろう。そこに来れば会えるだロウ」


 そう言うと、ギズはもうしばらく森を分け入った先にある秘密基地の場所を教えてくれた。


 レヴィンは小鬼たちに別れを告げると、森の出口に向かった。


「今日はもう魔物を狩るのは止めだ。疲れた」


 思ったよりも話せる三人だったので、もっと仲良くなれないかと考えるレヴィン。

 喧嘩が多かったこともあり、前世から誤解されがちであったが、レヴィンは平和主義者なのである。無用な殺生など望むところではない。


 それに打算もあった。魔物と仲良くなっておけば、世界の進化、深化に影響を与えることができるかも知れないと考えたのだ。

 手っ取り早いのは魔物使いになることである。その能力に【種族進化】と言うものがある。それの能力を行使した結果がどうなるかについては詳細不明だが、少なくともヘルプ君にはネガティブな内容はなかった。

 レヴィンは、より強力な種族として生まれ変わらせる能力だと考えている。

 魔物使まものつかいに職業変更クラスチェンジするためには、獣使けものつかいLv3になることが必要だ。

 レヴィンは取り敢えず、獣使いの職業クラスレベルを上げてみるかと思いつつ帰路についた。

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