第8話 レヴィン、カルマの街で躍動する

 朝の陽ざしが窓から降り注ぐ。

 光を浴びてレヴィンは目を覚ました。

 時間を確認しようとするが部屋に時計はない。

 それにしても部屋の窓がガラス製であることに今更ながら驚かされる。

 こんな小さな宿屋の窓でさえそうなのである。

 どれだけの儲けを出しているのだろうか?


 寝ぼけ眼をこすりながら階段を一段一段踏み外さないように降りる。

 宿屋の食堂に入ると、看板娘が大きな声を上げた。


「お客さーん! もう九時だよ。早く朝食食べちゃって!」


 この世界の時間の概念は前世界のものとほとんど変わらない。

 一日二十四時間、六日で一週間、五週間で一か月、十二か月で一年三六〇日である。


 レヴィンはパンを三個とチーズを一かけら取って席に着く。

 しばらくボーっとしていると、娘がソーセージと目玉焼き、そして野菜スープを持ってきてくれた。

 温め直してくれたのだろう。スープも温かい。


「ありがとう」


 腹が減っていたレヴィンはものすごい勢いで食事を平らげてしまった。

 そんな彼をジト目で眺めつつ彼女は尋ねる。


「お客さん。今日も泊まってく?」


 うーんどうしよう、とレヴィンは腕を組んでハタと考え込む。

 街も一通り周ってみたいし、探求者ギルドの依頼や資料の確認もしてみたい。

 大きな街だけにどれくらいかかるか時間を算出できないでいた。

 

「一泊いくらだっけ?」


「銀貨八枚だよ」


 レヴィンの持つダガーが銀貨三枚、そして王都で飲んだドリンクが大銅貨ニ、三枚であった。そしてメルディナとカルマの宿の宿泊費から考えると、銀貨一枚で千円、大銅貨一枚百円と言ったところだろう。

 この世界の通貨は、白金貨、大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨が存在している。通貨は十進化――硬貨十枚で桁が繰り上がる――されているようなので大銀貨は一万円、金貨は十万円となる計算だ。

 となると一泊八千円。ちょい高めのビジネスホテル位の価格帯だろうか。


 レヴィンが朝食を食べ始めたのが九時である。

 確かチェックアウトは十時だったはずだ。


「部屋ってすぐ埋まっちゃうかな?」


「そんなの分かんないよ。でも午前中なら大丈夫かも」


 レヴィンは納得し、チェックアウトする事にした。

 とりあえず探求者ギルドへ行ってから滞在を延ばすかどうか決める事にする。


 まずは探求者ギルドだ。

 カルマの買い取り店はギルド内にあるようだ。

 レヴィンは『素材・魔石買い取り』と書かれたプレートを見つけるとその窓口へと顔を出した。


「いらっしゃいませー」


 受付嬢は無愛想な獣人の娘であった。

 何族なのか少し気になったが、こう言うことは聞かない方が良いだろう。

 やる気がないのか声にも顔にも覇気がない。

 

「魔石の買い取りをお願いします」


 そう言うと手に入れた魔石をカウンターに全て置いた。


「おー良い属性だねー。特にこのBランク。んー全部で金貨十八枚と大銀貨三枚ね。」


「はい。売った。換金よろしくです」


 相場が分からないレヴィンは言い値で全ての魔石を売り払う。

 そう言うと、受付嬢は硬貨をカウンターに置いた。

 レヴィンは嬉しそうにお金を受け取ると巾着袋に入れる。

 しかし、立ち去る素振りは見せない。実は気になることがあったのだ。

 それを不審に思った受付嬢が首を傾げる。


「ん? まだ何かありますのん?」


「すみません。魔石の属性って何ですか?」


「お客さん、探求者なのに知らないのん?」


「はい……。恥ずかしながらこの世界の初心者なもんで……」


 彼女はまたまた小首を傾げながらも親切に教えてくれた。

 灰色は無属性、銀色は光属性、黒色は闇属性、紫色は精神属性、赤色は火属性、青色は水属性、緑色は風属性、黄色は土属性だと言うことだ。

 レヴィンは光属性が金色ではなく、銀色だと言うことに若干の違和感を覚えたが、この世界ではそう言うことなのだろう。

 自分を納得させて違う質問をぶつけてみる。


「無属性って何ですか?」


「属性が無いからね。違う属性の力を込められるんだよー」


 レヴィンは意外にも親切に教えてくれた受付嬢に礼を言ってその場を立ち去った。

 見た目で損をしているタイプの女性である。

 

「しっかし、大金持ち歩くのは不便だし危険だな……」


 レヴィンは時空魔法じくうまほうの【時空防護シェルター】と言う魔法の存在を思い出していた。使うと虚空に異空間に繋がる穴が開き、中に入ることで自身の身を護る魔法である。しかし、探求者の間では、便利な収納庫のような感覚で使われているらしい。

 これはイザークから聞いた話だ。

 低位の魔法なので、レヴィンも毎年中学校で行われると言う鑑定を受けた後にすぐ覚えるつもりである。


 次は掲示板を見に行くことにした。

 すると見知った顔を見つけた。

 イザークたちである。


「おはようございます。なんか良い依頼ありますか?」


「おう。レヴィンじゃねーか。んーそうだな」


 彼の隣りではイーリスが暇そうに探求者タグを右手でもてあそんでいた。


 レヴィンの見た感じ、そのタグはオリハルコン製であるような気がした。

 オリハルコンのタグはAランクの証だ。

 レヴィンは微かな違和感を覚えたが、まぁいいかと掲示板に目を戻す。

 イザークは依頼書の中からいくつか見つくろってくれていた。


「お前だとこんなもんか?」


・トロール:ランクC。三体討伐。素材は核と皮。報酬は金貨一枚。※魔石別

・ソードタイガー:ランクC。三体討伐。毛皮と牙。金貨一枚。※魔石別

・ツインリザード:ランクC。五体討伐。皮。金貨一枚。※魔石別

・ログハイネ:ランクD。五体討伐。羽。大銀貨三枚 ※魔石別

・ココホリン:ランクD。五体討伐。毛皮と爪。大銀貨三枚 ※魔石別


 どうやらランクの手頃な魔物を選んでくれたようだ。

 レヴィンは自分がEランクなのに大丈夫か?と心の中でつぶやく。

 ランクCがある辺り、イザークに過大評価されているのかも知れない。


「ちょっとちょっと? 僕はEランクなんですけど?」


「そうか? お前さんならいけそうだがな」


 それらの依頼書を見たレヴィンの感想はこうだ。

 そこまで硬くなさそうな魔物なので【空破斬エアロカッター】でいけるかも知れない。

 それに魔石を自由にして良いのもレヴィン的にポイントが高い。


 依頼者が違うだけで同じような依頼が大量にあるようだ。

 やはり依頼の取り合いにはなることは少ないだろう。

 しかし、魔の森にどの種類の魔物がどこに生息しているかなどは経験がものを言うだろうなとレヴィンは思う。

 最初は森の下見が必要かも知れない。


 今回は父との約束で魔の森には入らないと決めている。

 レヴィンは、仕方ないので王都までの護衛依頼を探してとっとと帰ることにした。

 適当な依頼を見繕い始めるレヴィン。

 

 しばらく依頼書と格闘した結果、カルマ―王都間の護衛依頼を受けることにした。

 タイミング的に丁度良い依頼があったのでレヴィンとしてもありがたいところだ。

 ちなみに報酬は大銀貨六枚で護衛人数は十名である。


 護衛依頼を受けることに決めると、イザークとイーリスにお礼と別れの挨拶をして受付嬢の下へ向かう。

 しばらく並んで自分の順番が来ると、レヴィンは依頼番号を伝えて探求者タグを手渡した。


「事前説明があるみたいだから今日の十五時に会議室Dに来てね」


 出発は明日の朝九時だったので、レヴィンは一旦宿に戻り再度宿泊する旨を伝えに行くことにした。

 

 レヴィンは宿屋のイシマツ屋に戻って、もう一泊する事を伝えた。

 幸いまだ空室があったので、すぐに押さえてもらうと、レヴィンは部屋に荷物をおいて散策に出かけることにした。


 この街は特殊であった。


 大抵の街には城壁の外側に畑や牧場の風景が見られる。

 しかし、魔の森に面しており頻繁に魔物の襲来があるこの街は、常に危険と隣り合わせの状態だ。そのため、街全体を完全に城壁で囲んであるのだと言う。

 よって小麦などの食糧はほぼ国内の他の貴族領からの輸送に頼っている。それほどにこの街には金と物が集まっているのだ。

 獣の肉などは日々、かなりの量が狩られているので大半は賄えているらしいのだが。ちなみに魔物の肉はとても食べられたものではないと聞いた。


 レヴィンはカルマの街を実際に歩いてみて改めてその大きさに驚かされた。

 下手をすると王都よりも大きいかも知れないとまで思える。

 街の中心には領主の館があり、探求者ギルドや商人ギルド、商家・商店がのきを連ねている。ちなみに領主の館は防衛に向いた砦のような構造になっている。

 東の辺境と言うことで対人にも対魔物にも気を使われているのである。


 また、大通りには宿屋や飲食店、バー、カフェなどが建ち並んでいる。

 東の城門付近は小さいながらも農業区画のようで、小麦畑はないようだが野菜類の栽培が行われているようだ。

 他にも、定番と安心の武器屋、防具屋、魔導屋、薬屋などがあることは確認済みである。流石に素材が毎日供給されるだけあって品揃えは豊富であった。レヴィンはアリシアたち、未来のパーティメンバーのための装備を今日中に買っておこうと考えていた。


 裏通りに入ると、予測していた通り、風俗店が軒を連ねていた。

 この規模の街なら当然だろうが、軒数はかなり多いように感じた。

 少し脇道に入ると今度は奴隷屋が何軒か並んでいた。立派な看板を掲げている。

 メルディナでもしたように受付で情報収集してみる。

 強面の兄ちゃんが受付をしている。

 

「んだよ。この手の店は受付が強面だって法律で決まってんのか?」


 この街は主に戦闘奴隷が取引されているらしい。

 アウステリア王国では労働奴隷は北へ、戦闘奴隷は東へ集まると言われていると意外と親切に教えてくれた。


 正午を過ぎてレヴィンはこの街にハモンドの拠点があると聞いていたことを思い出した。せっかくだから冷やかしに行ってみようと思い、昼食後に店を訪ねた。

 彼の店はこの街有数の商家であるようだ。規模はそこそこ大きい。

 しかし入ってみると、そこまで多くの品を扱っているようには見えなかった。

 他の貴族領から輸送してきたであろう、ガラス製品、食器類、機械製品、魔導具などが置かれている。

 この街の構造は特殊である。カルマがハモンドの拠点と言ってはいたものの、この街で仕入れた素材を他の貴族領に輸送して得られる儲けが一番多いのでは?とレヴィンは思った。特に見るべきものもなかったので、レヴィンは少し失望して退店した。


 次に南の方へ足を運んでみると、大きな建物が何軒も建ち並んでいるのが見えた。

 なんの建物だろうかと近づいてみると、入口らしき場所には衛兵が見張りをしているようだ。

 彼らに確認したところ、ここは魔石関連の研究所の区画だそうだ。

 国家機密なのか、厳重な警備の下、一般人の立ち入りは禁止されているようだ。


 とにかく広いので移動が大変である。レヴィンは喉が渇いたのでジュースを買って飲みながら店員と会話してみた。聞けば北の方は居住区画でスラムもあるのであまり近づかない方が良いと忠告された。

 

 特にやるべき事も見当たらなくなったので、再度武器屋へ足を運ぶレヴィン。

 アリシアたちのために装備を揃えるべく店内をうろつく。

 これでアリシア以外仲間にならないってのは勘弁な、とレヴィンは心の中で呟いた。

 豚人王オークキング鬼王オーガキングから分捕ったミスリルソードと正体不明の剣は自分用に取っておくとして、他の装備をどうするかレヴィンは考え出した。


 新米剣士しんまいけんしのダライアスには剣、付与術士のアリシアはロッド、白魔導士のシーンにはワンドが必要だ。

 ヘルプ君によれば新米剣士は剣、短剣、ナイフが装備可能とあった。

 迷ったが価格と相談して、ヴァルファングという牙で出来た剣を購入した。

 ヘイムギガースという魔物の牙で出来ており、魔物の血を吸ってその力を大きく向上させるらしい。

 価格は金貨ニ枚したが先行投資だと思う事にした。


 次は魔導屋へ行った。

 目的はアリシア用のロッドとシーン用の杖だ。

 はっきり言ってどれも同じに見えたのだが、店員お薦めの物を購入した。

 選んだのは、魔力強化の効果があるケレナロッドと神聖魔法・白魔法強化の効果がある聖者の杖だ。

 シーン用の杖は、初心者が装備するには贅沢なものである。


 最後に防具屋へ向かう。

 ダライアスにはチェインプレイトとマント、アリシアにはツインリザードの皮の軽装鎧とマント、シーンには聖者のローブを購入した。

 レヴィンの記憶が曖昧なのでサイズは大き目のものを購入した。シーンの体格はアリシアから聞き出してある。有り金の多くを装備の購入資金に充てたが、魔石の収入が予想以上であったため、まだ若干の余裕はある。


 ここで店の時計を確認すると十四時前だったので、少し早いが店を出て探求者ギルドに向う事にした。

 到着したレヴィンは、打ち合わせのある会議室ではなく資料室へと向かう。

 こういう場所には意外と馬鹿にならない情報が眠っているものだ、と言うのがレヴィンの持論である。十五時まではそれほど時間もないが、レヴィンはひたすら資料を漁って片っ端から見てまわった。 


 最初に見つけたのは、黒魔法Lv5の魔法である【光弓レイボウ】の魔法陣が添付された依頼報告書であった。

 職業点クラスポイントを消費して【光弓レイボウ】を習得する。後は魔法陣を描けるようになるだけだ。

 更に資料を物色していると、面白そうな書類を見つけた。


「ん? 迷宮創士ダンジョンクリエイター?」


 その依頼報告書は迷宮創士ダンジョンクリエイターの相談依頼であった。

 結構最近の依頼であるが、問題は解決できず依頼は失敗扱いとなってしまったようだ。場所や依頼人の名前を持ち歩いているメモ帳に記入しておく。

 その報告書を棚に戻すと、再び物色を始めるが、これ以上大した資料は見つけられなかった。


 今日は運が良い。何より新魔法を発見できたのが大きい。おそらくこの魔法は学校では習わないものだ。十五時少し前になったのでレヴィンはホクホク顔で 指定されていた会議室へと入る。


 依頼は情報の通り、素材の輸送隊の護衛任務であった。

 異国の商人で、カルマを拠点にして活動するために東方からやってきたらしい。

 護衛メンバーは冒険者ランクCとDの混成部隊となった。

 レヴィンは自分だけがEランクと言う現実を直視して少し憂鬱になったが、特に問題もないだろうと気持ちを切り替えた。


 こうしてカルマでの長い一日は終わった。

 レヴィンは、他の護衛メンバーや輸送隊と共に翌日の八時にカルマの街を出発したのであった。

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