第34話 レヴィン、威張る

「良かった……。間に合ったようですね」


 光の球を生み出して周囲を明るく照らしにかかる女性。

 それは【光球ライティング】の魔法の明かりなどとは段違いな程に明るい。

 レヴィンはようやく気が付いた。

 この辺りは鬱蒼うっそうとした森の中。その中のわずかに開けた場所のようだ


 スネイトの光の鎖を破壊したその女性にレヴィンは警戒の姿勢を見せた。

 いくらレヴィンが白魔導士だからとは言え、ビクともしなかった鎖をあっさりと断ち斬って見せたのだ。

 体は白い鎧のようなもので覆われている。フルプレートをまとっている感じだ。

 その形状はどこかロボっぽい。


「あんたは何者だ?」


「私はこの世界の調停者デバッガーサリオン。世界のことわりを守護する者です」


「俺の味方だって認識でいいのかい?」


「はい。レヴィンさん。私はこの世界に不当に侵入した異物やバグを取り除く役目を持つ者です」


 その時、ガンッ!と大きな音がする。

 レヴィンがそちらへ目を向けると、透明なディスプレイがスネイトのパンチによって破壊されていた。


「クソが。何なのだこの高負荷は」


 苛立ちのこもった声でそう言うと、スネイトはサリオンを睨みつける。


「ソリスのいぬか……。邪魔をするな」


「あなたの方こそ、他神のいぬでしょう? このような行為は禁止されているはずですよ?」


「ホザくな。何故、我らだけが異世界人を使用できないのだ。不公平ではないか」


「そう思うなら、プロジェクトのトップに異議を申し立てなさい。他の世界からリソースを奪って良い理由にはならないわ」


「邪魔者は消す。これが鉄則だ」


「あらそう? やってみなさいよ」


 サリオンが挑発の言葉を吐いた瞬間、スネイトの姿が掻き消える。

 スネイトはかなりの速度でサリオンに殴りかかっていた。

 もちろんサリオンも黙ってやられるはずもなく、二人の壮絶な戦いが始まった。


 サリオンの左フックがスネイトの顎先をかすめ、少しよろめいたところにサリオンの右ストレートが飛ぶ。

 しかし、その光を放つ右拳はスネイトにガッシリと掴まれていた。

 サリオンが舌打ちをしたかと思うと、前方に向かう力を殺すことなく右肘でスネイトを打つ。その右肘の一撃をスネイトは左肘で防ぎつつ、右拳を繰り出すとそれがサリオンの腹にめり込んだ。


「かはッ」


 サリオンの口から短いうめき声のようなものが漏れる。

 少し浮き上がった彼女の体を拘束すべくスネイトがまたもや光の鎖を出現させた。

 流石にそれに捕まる訳にはいかないと思ったのか、サリオンは両者の中心に光の球を生み出した。それは一気に膨張すると、二人を飲み込んで爆発する。


 目がくらまんばかりの光と爆風に、レヴィンは右腕で顔を覆う。

 光と爆風が過ぎ去った後には、平然と対峙するサリオンとスネイトの姿があった。

 双方共にダメージを負っている気配はない。


 サリオンが光のオーラをまとった右手を振りかざすと、大地が抉れて大きな溝を作り出す。それを飛びあがって難なく避けたスネイトは、凄まじい落下速度でサリオンに向かって突っ込む。

 その彗星のような一撃を辛うじてかわしたサリオンであったが、その強烈なまでの衝撃にその顔は引きつっていた。かわす前までサリオンがいた場所は大地が大きく凹み、クレーターのようになっている。


 しかし、サリオンも攻撃の手を止めることはなかった。

 天空へ舞い上がると、両手を上げて力を溜め始める。

 そこに光弾が出現した。大仏程もあろうかと言う巨大な光だ。

 レヴィンが良く目を凝らすと、スネイトは紐のようなものでいましめられているようだ。


 動きの取れないスネイトに、大仏弾が迫ったかと思うと弾けて大音響を撒き散らす。大地が叫びを上げるが如く地響きが鳴り、周囲は大地ごとえぐられて森が喪失してしまった。


「これが神々の戦いって訳か……。燃えるぜ」


 やがて土煙が晴れると、そこには平然と佇むスネイトの姿があった。

 見たところ、ダメージを負った様子はない。

 サリオンもそれを確認したのか、スネイトに向けて一気に急降下すると、その拳に光のオーラをまとう。


 そして再び始まる殴り合い。

 レヴィンはそれを見て歓喜していた。

 この場所に来る前はスネイトの動きなど全く見えなかった。

 しかし、何故か現在繰り広げられているバトルの様子はレヴィンの目でも追えたし、十分反応できそうな動きであった。


 サリオンが天空へと舞い、スネイトから距離を取るとその右手から幾つもの光弾が打ち出される。

 それは地上に残されていたスネイトに直撃して周囲に轟音と爆風をもたらした。

 しかしサリオンは攻撃を止めない。


 そこへ光の弾幕の中から飛び出してくる者がいた。

 もちろん、スネイトである。

 彼はサリオンを放置してレヴィンを捕まえ、トンズラこく算段をつけたのだろう。

 それに気づいたサリオンは光弾を放つのを止め、叫びながらレヴィンの方へと滑空する。


「チッ! レヴィンさんッ! 逃げてくださいッ!」


 レヴィンの口角が吊り上がる。

 逃げる素振りを見せないレヴィンを見てスネイトの笑みも深くなる。


 そして両者は交錯した。 

 その瞬間、顔面に力のこもった一撃がめり込んだ。


「え?」


 サリオンから呆けた声が漏れる。

 そこにはレヴィンの右拳をその顔面にめり込ませたスネイトの姿があった。

 レヴィン渾身こんしんの一撃に吹っ飛ばされるスネイト。


 スネイトはゆっくり起き上がると、何が起こったのか分からないと言った表情を見せている。サリオンも空に浮かんだまま、茫然としていた。


「サリオン」


 突如掛けられた声にサリオンは狼狽しながらも何とか返事をする。


「は、はい!」


「こいつの存在は世界のバグと言う認識で良いんだよな?」


「え? あッはい……。そうですね」


 サリオンに確認を取りながら、レヴィンは自称神の言葉を思い出していた。


『要はバグですね。それを取り除いてくれた場合にも要望にお応えできるかと思います』


「そう言う訳で、こいつは俺が倒す!」


「どう言う訳か分かりません!」


 サリオンの隙のない鋭いツッコミがレヴィンに突き刺さる。


「あんたらの神も言ってたぞ? バグを何とかしても願いを叶えると……」


「本気ですか? 他神の世界で力が抑えられているとは言え、相手は神の使いですよ?」


 サリオンはレヴィンの正気を疑っているようだ。

 

「さては負けそうになったら私に頼る気ですねッ!? 私が来たからと言って事態を楽観視されては困ります!」


「そんなダセーことするかよッ! 俺とあいつ……どちらが強いか勝負ッ!」


 レヴィンの職業クラスは現在、無職ニートへと変わっていた。

 つまり、各パラメータ――攻撃力や魔力などにかかる補正が、現時点で職業変更クラスチェンジ可能な職業クラスの中で最も高いものが適応されるだろう。

 更に無職ニート時に発動するパッシブの加護もある。

 それに何故かは知らないがスネイトの動きも見えるようになったのだ。

 この万全の状況で、レヴィンに戦わないと言う選択肢は最早ない。


「無茶ですッ! どうやって勝つつもりですかッ!」


「それでも俺は勝つッ! 知っているか? 無職ニートは最強らしいぜ?」


 レヴィンはそう言ってのけると、異世界に来て一番の笑顔を見せた。

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