第21話 レヴィン、鑑定を受ける

「今日の一、二限目は特別だ。恒例の鑑定があるからな。Aクラスが終わり次第、速やかに移動しろ」


 個人情報の取り扱いが気になったレヴィンは質問のため挙手する。

 それを見たクライドは面倒臭そうな顔をしながらも許可を出した。


「個人情報の扱いが気になるんですが。公開して共有されるとかじゃありませんよね?」


 レヴィンが『加護なし』と陰口を叩かれているのは、情報が漏れたからだ。

 明らかに嫌そうに質問するレヴィンに、クライドは苦笑いを浮かべつつ答える。


「教師の間では共有されるが、他の生徒に見せるってことはないから安心しろ」


 レヴィンは不服な顔で着席するが、一つの可能性に思い当たる。


「あッそうか……。別に情報が漏れた訳じゃなくて、普通に友人と鑑定結果を教え合っただけの可能性もあるな」


 そう思いながらも、レヴィンはすぐさまその考えを否定する。

 無気力で交友関係も薄い以前のダミーレヴィンに鑑定結果を教え合う友人がいたかは怪しいところである。現在の自分はともかく、過去のダミーレヴィンを信じる気にはなれないレヴィンであった。


 そうこうしているうちに八時五十分の鐘がなる。

 一旦休憩時間となったので、クライドは担任用のデスクの席に移動している。他の生徒も席を立つ者がチラホラと見られた。

 すかさずロイドがレヴィンに話しかけてくる。


「毎年の恒例行事だけど嫌だなぁ。僕は魔物と戦った経験なんて課外授業でだけだし、精霊魔法も少ししか覚えられないし……。なんでこんな弱くて地味な職業クラスが与えられたんだろ……」


「気にすることないんじゃないかな……」


 レヴィンは頭の中でヘルプ君を呼び出すと精霊術士について調べてみた。


「精霊魔法って中学の三年間でも、そんなに覚えられないもんなの?」


「うん。精霊魔法については昔から調べられているみたいなんだけど、まだまだ未知の部分が多いらしいんだよ」 


 能力には【精霊魔法】、【精霊獣召喚】、【精霊獣契約】などがあるようだ。

 魔法についても確認したが、ロイドが言う程に種類が少ない訳ではない。

 レヴィンはその中でも【精霊獣契約】に注目した。

 ヘルプ君に聞く限り、かなりの可能性を秘めた能力のように思える。


「精霊術士は弱くて地味な職業クラスなんかじゃないぞ? ロイドは頑張って職業点クラスポイントめるのがいいと思う」


「そうかなぁ……。精霊魔法の研究はあまり進展していないって聞くけど」


「精霊術士はただの精霊魔法の使い手じゃない。おそらく精霊獣せいれいじゅうとの契約が一番の特長なんだ」


「精霊獣?」


 ロイドはピンと来ていないようで、ポカンとした表情をしている。

 精霊獣の存在は、それほど認知されていないのかも知れない。


 しばらく会話していると直に九時になり鐘の音が聞こえてくる。

 Sクラスが移動を始めたようだ。


※※※


「よし。廊下に並べ。移動するぞ!」


 皆、すぐに廊下に整列し空き教室に移動を始める。

 毎年の恒例行事であるため、特にはしゃぐ者もいない。


 レヴィンも自分の状態は既に分かっているので、特段浮かれてはいない。

 空き教室の前まで来ると、一人ずつ中に入るように言われる。

 鑑定士は既に中にいるようだ。

 言われた通り、順番に教室に入っていく生徒達。

 ほどなくして順番が回ってきたレヴィンが中に入ると、顔色も悪ければ、人相も悪い初老の男が教壇のところに立っていた。

 男の隣には担任の姿も見える。

 こいつが鑑定士かとレヴィンが考えていると、その男から声を掛けられた。


「もっと前に来なさい」


 レヴィンは言われた通りに教壇に近づくと、鑑定士の顔をまじまじと見つめた

 鑑定士への職業変更クラスチェンジの条件は、職業クラスレベルがアイテム士Lv10、錬金術師Lv10、鍛冶師Lv10へ達することである。

 とてもじゃないがすぐに極められるものではない。

 鑑定士の職業クラスを授かって生まれる赤子の割合がどの程度なのかレヴィンは知らないが、聞くところに寄れば、かなりレアであるらしい。

 レア職業クラスを持っていれば食うに困らないが、一生囲い込まれるのだろう。

 レヴィンからすれば、そんな人生は御免こうむりたいところだ。

 そんなことを考えていると、レヴィンはふと疑問に思ったことを呟くように口に出してしまった。 


「鑑定士の能力って【調べる】と【見破る】だよな……。どっちを使うんだ?」


「あん?」


「見破る?」


 クライドと鑑定士の口から疑問の声が発せられる。


「レヴィン、お前、何言ってんだ?」


 クライドの声にレヴィンが我に返る。


「え? ああ、すみません。声が出てましたか」


「な、何だ? 何故、私の……」


「ああ、気にしないでください」


 レヴィンの言葉に鑑定士の男は、少し不満げな表情を見せるが、すぐに自分のするべき仕事を思い出したのか右手を前に突き出した。

 レヴィンの体を金色の光が包み込む。

 鑑定士が能力を使用したようだ。どちらの能力を行使したのか、レヴィンには分からない。


「何……? すまんがもう一度だ」


 鑑定士は何故か、もう一度能力を発動した。再びレヴィンは黄金色の光に包まれる。彼は手に持ったペンで紙にサラサラと鑑定内容を記載していく。


 隣でそれを覗きこんでいたクライドの目が大きく見開かれる。

 彼の口からため息が漏れているが、自分では気づいていないようだ。

 レヴィンは書き写されたステータスの紙を見せてもらう。

 どうやらレヴィンが自らのステータスに施した偽装は完璧のようだ。


「お前こんなに強かったか? この一年で何があった? 探求者の依頼でも結構こなしてんのか?」


 クライドの頭の中は疑問で埋め尽くされているようだ。

 それが表情からも見てとれる。


「はい。この春休みから探求者として活動を始めました」


「春休みから!?」


 クライドが驚きの声を上げる。彼の目は未だかつてない程に見開かれていた。

 やがて、我に返ったクライドは納得がいかないのような表情をしながらも、次の順番の生徒に向けて廊下に声をかける。

 何やら変な目で見つめてくるクライドを華麗にスルーして、レヴィンはすぐに退室すると教室に戻った。


 その後、全員が教室へ戻ると、案の定、鑑定結果についての話題になった。

 

「すげぇ! アーチボルトさん、レベル18なんだって!」


「いや、たいした事はないよ。強さだけが全てじゃない。上に立つ者としてね」


「いやいや、謙遜しなくていいって。ホント強いんだな。アーチボルト!」


「おい、呼び捨てにすんじゃねぇよ!」


 何やらアーチボルトを中心に騒ぎになっている。

 彼は自己紹介に寄れば、子爵家の三男で職業クラスは大魔導士だったはずである。

 レヴィンは彼から距離を置いて、彼らの様子を見ていた。

 しばらくして、レヴィンの次の順番だったロイドが席に戻ってくる。


「あいつのレベルは18らしいな」


「ええ……。すごいね。僕なんてレベル8なのに……」


「10程度の差なんて誤差だよ。良かったらロイドも俺のパーティに入る? 狩りをすれば、ロイドもすぐ追いつくって」


「そうかな? そうだといいんだけど……」


 ロイドはレヴィンにレベルのことは聞いてこない。

 配慮のできる素晴らしい友人である。

 レヴィンは彼と末永く仲良くしようと心に決めた。


 その後、あっという間に三時限目まで授業が終わり、お昼休みとなった。

 初めて受ける授業は新鮮で、色々と興味が尽きない。

 流石は異世界だとレヴィンは、まだ若干興奮気味だ。


 レヴィンの下にはアリシアとシーンが訪れていた。

 昼食を一緒に食べようとのお誘いである。

 もちろんこれも『中学三年デビュー計画』の一環である。

 Bクラスだが人気があるらしいアリシアと、Aクラスの寡黙な美女シーンとの昼食三重奏である。注目されないはずがない。

 ちなみにロイドも誘ってみたが、今回は他の友人たちと食べるからと断られた。

 大人しくて控えめなロイドでさえ何人も友人がいると言うのに、以前のダミーレヴィンは一体何者だったのか増々気になるレヴィンであった。

 三人で食堂に行くと、結構な混みようであった。

 何とか空いている席を見つけて確保する。そして三人は持参した弁当箱を開いた。


「もう大変だよ~。お茶会に誘われたりして」


「……つきあいは大変」


「そんなのあんの? 女子は大変だな。男で良かったわ……」


「男子もあるらしいよ。これから誘われるんじゃないかな?」


「ふッ! アリシアともあろう者が、まだ今までの俺を過大評価しているようだな」


「た、確かにレヴィンは暗そうで、やる気もなさそうで、友達もいないけど……」


 幼馴染から現実を突き付けられてレヴィンはテーブルに突っ伏した。


「でも今のレヴィンを見てるとそうは思えないよッ! 何かがみなぎってるよッ!」


「確かに目力を感じる……」


 レヴィンは二人のフォローに思わず涙した。


「それにレヴィンはカッコイイんだから大丈夫だよッ!」


「うう……。ありがてぇ! ありがてぇ!」


 シーンがアリシアとレヴィンを交互に見てニヤニヤしている。

 それに気づいたアリシアは顔を赤くしてうつむいてしまった。


「必ずレヴィンの変化に気付く人が出てくる……」


 今日のシーンは珍しくよくしゃべる。


「少なくとも私は考えを改めた……」


「そりゃどーも」


 レヴィンはなおもニヤニヤ見つめてくるシーンの視線から逃れるように顔を背けた。そして彼女に向けてぶっきら棒な態度を取る。


 そこへ、立ち直ったアリシアが鑑定の話題を振ってきた。


「ところでレベルは何だった~? あたしはレベル15だったよ~」


「む。同じ……」


「俺は17だった。春休みの成果だな」


 おそらくダライアスもそれくらいだろう。

 最初は前衛として頼りなかった彼も、今では上手く立ち回ることを覚え剣を振る姿も様になっている。


「有能で性格も良さそうな優良物件は見つかったか?」


「良さそうな子がいても皆が皆、探求者になりたい訳じゃないからね~。難しいかも~」


「狙い目は貴族……。職業変更クラスチェンジできて前衛にもなれる……」


 レヴィンは誤解していたのだが、アウステリア王国は基本的には職業変更クラスチェンジの自由はないが、貴族と有能さを認められた人間に限っては許されているらしいのだ。

 職業変更クラスチェンジの可否に限らず、国によって職業クラスは厳しく管理されているようだ。


「そうだな。Sクラスのヤツらも調べないとなぁ」


「平民でも認められた人は職業変更クラスチェンジできるんでしょ?」


「まぁ、そう言うヤツらは王国の騎士団や魔法兵団に入るんだろうな」


 平民に力をつけさせないために職業変更クラスチェンジが禁止されているとは言っても、独立国家として周辺国からの脅威に備えなければならない訳で、才能があれば徹底した管理体制の下で職業変更クラスチェンジが行われているのである。


 そしてお昼休みの時間も終わり、午後の授業が始まった。


 午後一の授業は職業クラス別の講義と実習であった。

 黒魔導士は魔導士の中では一番比率が高いため、人数の関係から大講堂での授業である。講義は魔導士ぜんとした初老の教師であった。雰囲気重視なのか、黒いフードつきのローブを身に纏っている。


「お主たちはもう既に強力な黒魔法を習得できている者も多いだろう。しかし、いくら職業クラスレベルを上げ、職業点クラスポイントで魔法を取ったと言えども実際に頭の中で魔法陣を描けなければ、魔法は使えん……。それが魔法の一番の肝なのだ。よくよく精進するように」


 教師に聞いてみたところ、魔法中学校を出た者ですら、その魔法をちゃんと使える者は少ないそうだ。

 体の中に流れる魔力を感じ取り、それを練成した上、頭の中で魔法陣を正確に描き、それを現実に再現、展開することで魔法は発動する。

 この一連の流れを正確に、かつ素早くできる者が高位の魔導士であり、上位ランクの探求者となり、国家の中核を担う宮廷魔導士となるのである。


 レヴィンは、魔法演習の時間に他の生徒たちの様子をつぶさに観察していたのだが、黒魔法レベル3の魔法すら正確に使えない者が多いのに驚きを隠せなかった。

 ちなみにレベル3の魔法には【轟火撃ファラ】、【凍結球弾フリーズショット】、【雷電ボルタ】、【空破斬エアロカッター】などがある。

 どれもレヴィンが最初の護衛依頼時に使用していた魔法ばかりである。

 中学校で習った魔法しか使えないものと思い、嘆いていたのはある意味間違いであった。


 レヴィンは嘆く必要などなかったのだ。

 今のところは、全ての魔法を問題なく発動できているのだから。

 確かに学校以外で見つけられる魔法を身につけていなかったのはどうかと思ったが、それはダミーレヴィンの設定によるものなのだろう。

 レヴィンはそう無理やり自分を納得させる。


 とにかく、この事実はレヴィンに大きな自信を与えることとなった。

 そして世界最強を目指す上での大きなモチベーションにつながったのである。

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