第23話 ヴァイス、決心する

 早いもので五月ももう終わりを迎えようとしていた。


 今日の日付は五月二十九日。魔法中学校と騎士中学校の交流イベントが開催される日である。交流会は、両校の生徒会が共同で企画し、毎年催されている。

 今年は魔法中学校で開催され、騎士中学校からは九十二名の参加者が集った。

 午後の十三時になり、まず大式典場で、魔法中学校の生徒会会長であるエドガーによる挨拶が行われた。

 そして学校の各施設が紹介されてゆき、そこがどんな施設で何が行われているかなどが説明された。特に変わった施設などない中で、人気なのはやはり魔力具現化装置による対戦体験だ。


 魔法中学校の生徒によるデモンストレーションが終わると、騎士中学校の生徒達も体験しようと装置に我先に殺到した。

 この装置は、過去に古精霊ハイエルフ族の遺跡から発掘されたもので、そっくりそのまま、王都の魔法学校に移植された。

 原理はまだ解明されておらず、未だ研究中の代物であるので、新しく造る事はできない。


 円形闘技場の両端にそれぞれ向かい合わせに装置が設置されており、使用者は描かれた魔法陣の中に入り、魔力を解放すると、闘技場の中に魔力の使用者の姿が投影される仕組みである。使用者の姿と言っても必ず本人の姿がそのまま現れる訳ではなく、人によって千差万別の姿をしている。実体化したそれは手から魔力弾を放ったり、魔法を発動したりして相手と戦う事になる。


 騎士中学校の生徒たちは魔法こそ使えないが魔力弾を放ったり、扱いが上手い者に至っては、手に魔力剣のようなものを具現化して戦闘をしあっている。

 騎士中学校に通うヴァイスも装置に熱中する内の一人であった。

 しかし、彼が対戦していると、後ろから大きな声がかけられる。

 その声にヴァイスは体を震わせる。

 そして無理やり装置から降ろされてしまった。


「おい、ヴァイスッ! テメー何調子こいてんだ? 誰が遊んでいいって言ったよ?」


「す、すみません……オルテガさん……勘弁してください」


「いいからさっさと、飲み物でも取ってこいよ。俺ぁ喉がカラカラで死にそうなんだよ」


 ヴァイスは小さな声で「分かりました」とつぶやくと、その場から走り去っていく。


 闘技場から通路をしばらく行ったところに飲み物が用意されていた。

 交流会であるから、もちろん無料ただである。

 ヴァイスはオルテガとその取り巻き四人分の飲み物を持って行こうとするが、流石に手が足りない。何とかトレイを借りるとそれに飲み物をのせる。


「くそッ! くそッ! なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよッ!」


 ヴァイスは胸が張り裂けそうであった。

 あんな低俗な連中に従わなければならない自分に腹が立って仕方なかった。


 そんなヴァイスに後ろから声がかかる。


「ヴァイス! お前、ヴァイスじゃないか? 小学校以来だな」


 彼が後ろを振り返るとそこには黒髪の少年が佇んでいた。

 どことなく小学生の時の面影がある。


「レヴィン……か?」


 久しぶりに再会する小学校の同級生だ。

 ヴァイスの目から涙がとめどなくあふれ出してくる。


「おいおいどうした? 何かあったのか?」


 心配して駆け寄ってくるレヴィンにヴァイスは何も言えなかった。

 とてもいじめられているなんてことは言えなかった。

 今の情けない姿を見られたくなかった。


「そうだ。アリシアも来てんだよ! 呼んでくるから待ってろ!」


 そう言うと走り去って行くレヴィンから、ヴァイスは飲み物を置いて逃げ去った。


 気づくとヴァイスは、広いグラウンドのような場所に来ていた。

 一体どれくらい走ったのか見当もつかない。

 そこでは魔法中学校の生徒たちによる魔法の実演が行われていた。

 見るからに華々しい魔法が次々と放たれ、見る者全ての心を魅了した。


「どうして俺は騎士きしなんかになろうとしたんだッ! 俺の職業クラスも魔導士だったならッ!」


 魔導士だったならなんだと言うのか。

 ヴァイスはそう考えると自嘲じちょう気味に笑った。

 今の自分はとても誰かに顔向けできるものではない。


 居場所がないヴァイスは色んな場所を彷徨った。

 そして大式典場に戻ってきた。


「まだ夜のための準備中ですよ?」


 入ってきたヴァイスを見て準備に余念のない魔法中学校の生徒会役員共せいとかいやくいんどもは、親切に教えてくれた。

 夜はここがパーティ会場になるのだ。

 所在なさげに突っ立っているヴァイスを見かねたのか、副会長を務めるエレノーラが声をかけた。


「ふッ! 騎士中学校の生徒さんね? やることがないなら設営を手伝ってみないかしら? これぞ交流よねッ!」


 中々動かないヴァイスの意志などお構いなしに無理やり手伝わせるエレノーラ。

 ヴァイスはこき使われながらも何故だか救われる思いがした。


※※※


 そして夜の部が始まった。

 大式典場は椅子が片づけられ大きなパーティ会場に早変わりしていた。


 生徒会役員共せいとかいやくいんどもからお礼を言われ、ヴァイスの心は少し安らいでいた。

 飲み物をもらい、食べ物を皿に盛る。

 ヴァイスは部屋の壁際に置かれている椅子に座ると、ひたすら飲み食いにいそしんだ。


 そこへキョロキョロしながらレヴィンが歩いてきた。

 彼はヴァイスを見つけると早足で近づいてきた。男子二人と女子二人と一緒だ。


「ヴァイス、どこに行ってたんだよ。探したんだぞ?」


 ヴァイスはレヴィンの言葉に思わずうつむいた。

 中学校へ進学してからと言うもの、ヴァイスはいつも自信なさげにうつむいていることが多くなった。

 今だって何も知らない小学校の同級生に合わせる顔がないのだ。


「ヴァイス、久しぶり! 元気にしてた?」


 この声はアリシアだ。

 相変わらず優しく柔らかいその声にヴァイスの目から涙がこぼれそうになる。


「ああ……元気さ。アリシアたちも相変わらずだな」


 それからレヴィンは仲間たちをヴァイスに紹介した。

 

「今、ここにいないもう一人とアリシアたちで探求者のパーティ組んでんだ。夏休みには魔の森に行きたいところだな」


 そこへレヴィンの後方から声がかかる。

 聞きなれた声だ。騎士中学校の悪魔のささやきである。

 ヴァイスは理解した。自分はどこにも逃げられないのだと。


「ヴァーイス……どこ行ったのかと思ってたらこんなところにいやがったのか」


 騎士中学校の悪魔、オルテガ・フォン・バーロウ、侯爵家の長男だ。

 傍には取り巻き三人とマルコの姿があった。


「おい、飲み物も持ってこないでどこへ逃げていたんだ?」


 マルコがニヤニヤしながら問いかける。

 小学生の頃はマルコはヴァイスの子分のような存在であった。

 ヴァイスからオルテガにへーこらする相手を変えたのである。


「お? マッカーシー家のボンボンも一緒じゃねーか。なんだ? 取り入ろうとでも思ってんのか?」


「相変わらず下品な男だな、君は」


 ベネディクトがため息をつく。


「マルコー、寝返るとかちょっとそれはダサいんじゃねーか?」


 レヴィンがマルコを挑発している。

 マルコが額に青筋を立てている。どうやら怒っているようだ。


「まッ、コイツは俺の舎弟なんだ。騎士中学にコイツの味方は俺しかいねーのよ」

 

 オルテガはヴァイスの隣まで来ると、肩に手をまわしてポンポンと叩き始める。

 その時、レヴィンが静かにヴァイスに語りかけた。

 声には若干、失望の色が混じっている。

 ヴァイスはレヴィンの目を見ることができないでいた。


「ヴァイス、お前は将来、騎士団長になる男なんじゃなかったのか?」


 ヴァイスの肩がビクリと震えた。

 小学生の戯言たわごとをレヴィンはきちんと覚えていてくれたのだ。


「以前のお前なら、そんなヤツぶっ飛ばして、俺がヴァイスだ文句あるか!って胸張って言ってたんじゃねーのか?」


 レヴィンの言葉がヴァイスの心に刺さる。

 さらに追撃するレヴィン。


「そんなヤツは放っておいて俺たちとパーティ組もうぜ!」


 うつむきがちなヴァイスの視界に、差し出されたレヴィンの手が入った。

 それを見てヴァイスは反射的にオルテガの手をふり払う。


「あ? テメー誰に何をしたか分かってんのか?」


 オルテガはヴァイスの胸ぐらをつかんで持ち上げる。

 オルテガの職業クラス騎士ナイトである。

 レベルも高いため、腕っぷしに自信があるのだ。

 そこへレヴィンがその手首を掴み力強く握った。

 

 オルテガの顔色が変わる。

 どんどん力が込められていくのだ。


「テ、テメッ……。魔導士のくせに……」


 とても魔導士とは思えないほどの力で手首を握りつぶされそうになり焦るオルテガ。オルテガはヴァイスから手を放すとレヴィンの手を何とか振り払う。


「今日からは俺たちが味方だ」


 レヴィンは振り払われた手をそのままヴァイスに向け、手を差し伸べる。

 ヴァイスはじっとその手を見つめている。


 わずかな逡巡。


 しかし、仲間の言葉を心に宿したヴァイスはもう吹っ切れた顔をしていた。

 そして、その手を力強く握ったのであった。


 その後、レヴィンの友人であるベネディクトが騎士中学校の知り合いの貴族子弟とヴァイスを引き合わせた。その貴族はバーロウ侯爵家とは違う派閥に所属しており、ベネディクトのマッカーシー侯爵家とも近しい関係にあると言う。

 そのため、その子息と仲良くする事で、オルテガを牽制する事となる。

 恐らくレヴィンはそうすることでヴァイスの立場が盤石なものになると踏んだのだろう。ベネディクトからそう説明を受けたヴァイスは救われる思いがした。


「それにしてもマルコの掌返しには苦笑いするしかなかったよ……」


 自嘲じちょう気味にヴァイスが言った。


「あいつはどこまでいっても金魚のフンかも知れねーな。職業クラスも見習い戦士だし、そりゃ、うまく取り入らないといけないんだろうが」


 レヴィンが嫌悪感を露わにしている。


「それにしてもヴァイスは探求者は止めちゃったの?」


 アリシアは気になっていたのか、心配そうな声で尋ねてくる。


「ああ、中学に入ってすぐ、オルテガに目をつけられてな。ハブられてたんだ」


「探求者ギルドで仲間を募集すれば良かったのに」


 アリシアは当然の疑問を口にした。

 今になって考えてみれば至極もっともな話である。

 どうして今まで思いつかなかったのかヴァイスにも分からない。


「そうだな……。行動力のない自分が情けないよ」


 再び、しおらしい事を言うヴァイス。


「それにしてもパーティに誘ってくれてありがとう。本当に俺なんかでいいのか?」


「問題ないさ。ちょうど前衛が欲しかったんだ。夏休みは探求者生活を満喫するぞッ!」


「分かったよ。もっと強くなって見返せるように頑張るぜ!」


「その意気だ。騎士団長!」


 発破はっぱをかけられたヴァイスは胸を叩いて敬礼のような動作をする。


「ところで今の装備はどうなってる?」


 レヴィンが話題を変える。


「鉄の剣と革の鎧くらいだな。装備にかける金がない」


「それじゃあ、休みに入ったらカルマで装備品購入からだな。お金なら多少持ち合わせがある」


「そこまでしてもらうのは申し訳がたたないよ……」


「せん、「先行投資さ」


 レヴィンが何か言う前にアリシアが彼の真似をして言葉を遮った。


 あははと笑うアリシア。

 それにつられてヴァイスも笑ってしまう。

 こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。

 ヴァイスは今まで笑えなかった分を今から取り返そうと心に決めたのであった。 


 そこにはもう卑屈な少年の姿はなかった。

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