第1話 高志、自称・神と邂逅する
目の前に広がるのは一面の白。
高志はどうやら自分が仰向けに寝そべっているのだと気づき、ゆっくりと立ち上がった。
そして周囲を見渡すが、やはり目に入って来るのは白い景色ばかり。
何もないのだ。建造物だけでなく、山も川も草木すらも見当たらない。もちろん自然の匂いなどしないし、先程まで降り注いでいた太陽の光も感じられない。
高志はこれは夢か?と自問するが、すぐさま脳がそれを否定する。
高志はこの意味不明な現象に遭遇する直前には祖父の眠る墓地にいた……はずである。
「どこなんだここは……」
現状を把握すべく、高志は周囲をぐるりと見渡した。
しかしその目に飛び込んで来たのは、前も後ろも右も左も白一色である。
「ひょっとして拉致られたか?」
中学時代から喧嘩に明け暮れていた高志を恨む人間は多い。
しかも頭が良く、名家の出身ともなれば、それを
取り敢えず、この白い空間のことをもっと詳しく調べてみようかと、高志が思い立った瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。
どうやら高志が考えていたよりも狭い空間のようだ。音の反響具合からそう思えた。突然の盛大なファンファーレに戸惑いながらも、もう一度周囲を見回していると、今度は大きな声が響き渡る。
「ぱんぱかぱ~~~ん!!」
ファンファーレをそのまま口にしたような、どこか間の抜けた声が高志の頭上から降ってくる。何事かとその声の方向を見上げると、そこには天からゆっくりと下降してくる金髪の男の姿があった。
やがて地面に降り立ったその人物を不審人物を見るような目で眺める高志。
目の前の人物は、にこやかな笑みを湛えて高志の前に佇んでいる。
彫りの深い顔に茶色の瞳、肌は日焼けしたような小麦色をしている。
「当選おめでとうございま~す! 賞品として異世界へ転生する権利を差し上げます!」
「いや、あんた誰?」
「私は○ルです」
「は?」
おちゃらけた感じの男に思わず高志の語気は荒くなる。
思わぬ威圧にびびったのか、男はキリッとした表情を作ると言い直す。
「私は神である」
「いやいやいや、ねーよ。何? ドッキリ?」
「ここには早朝にバズーカをぶっ放す人間もいなければ、テッテレーと言う効果音と共に手看板を持って現れる人間もいませんよ?」
神を名乗るくせに、やたらと俗っぽい男は再びその顔に微笑みを浮かべた。
笑顔で目がなくなっているため、その目の色から感情を読み取ることもできない。
高志がどうしようか態度を決めかねていると、男が口を開いた。
「藤堂高志さん。残念ながら貴方は死んでしまいました。おお死んでしまうとは不甲斐ない」
「はぁッ!? 冗談だとしても笑えねーぞ?」
煽るような言葉を連発する目の前の
藤堂高志は、三姉弟の三番目に生を受けた。
女、女と来て男。藤堂家待望の男子の誕生であった。
特に祖父は大喜びで「武門の誉れじゃ!」と狂喜乱舞したらしい。
名付け親となったのも祖父である。
高い志を持つように願いを込めてこの名前に決めたと言う。
そんな高志であったから、祖父と両親の期待を一身に背負って成長していった。
中学の頃から喧嘩の数は増えていったが、中高と成績も良く、スポーツも上手かったため、誰も文句を言う者はいなかった。
まさに文武両道を体現していたのが藤堂高志と言う男であった。
また、喧嘩をするのにも高志なりの理由があった。
名家の出身を笠に着ることなど一度もなく、常に自らの信じる正義のために戦ってきたのだ。
弱きを助け強きをくじく。かと言ってバカ正直に正義を名乗る訳でもく、信念のためなら泥臭く足掻いても見せる人間であった。
将来は医師か、弁護士か、はたまた政治家か、とまで言われた高志であったが帝都大学への受験に失敗したことで人生に暗雲が立ち込めることとなる。
入試当日、高志は逆恨みで集まったヤンキー集団に拉致され、冬の河川敷で乱闘することとなってしまったのである。
現役合格者以外は人に非ず。
それが両親の考えであった。彼らはあからさまに失望し、高志を冷遇した。
そしてまるで人生の敗北者であるかのように接した。
まだ接している内は良かったのかも知れない。
それは最終的には徹底的な無視に変わったのだ。
幸か不幸か、高志の姉たちは「知ってた。こうなることは確定的に明らかだった」とか「ウケる! そりゃ絶対邪魔しにくるわ」とか言ってひたすら爆笑していただけだったのは、ある意味救いであった。
しかし、様々な要因が積み重なり、高志は荒れていった。
昼間は家に引きこもり、夜中は街で喧嘩を繰り返す。
そんな日々が続き、高志は
アウトロー系ニートの
だが、祖父だけは、ただ一人高志に寄り添ってくれた。まさに祖父は唯一の光だったのである。
高志がアウトロー系ニートの日々を送る中、祖父が交通事故で亡くなった。
高志は、未だかつて味わったことのない絶望に襲われ、世の中を呪った。
しかし、それをきっかけに高志は、自身を改める決心をすることになる。
そして、今年の墓参り――
やはり、そこからの記憶がない。
「あのー。話を進めてもいいでしょうか?」
ずっとダンマリを決め込んでいた高志を思案の海から引き上げると、自称神は遠慮気味に言った。記憶がないものは仕方ない。高志は考えるのを止めた。この男が本当に神だと言うなら死因を知っているはずだ。
「俺が死んだと言ったな? 俺はどうやって死んだんだ?」
「貴方の死因などどうでも良いことなのですよ」
予想外の回答に肩すかしを喰らう高志。
人の死因をはぐらかす自称神に少し苛立つも、追及を止めることはしない。
全く意味の理解できない現在の状況を打破するためには、少しでも情報が必要だ。
「それで、当選したと言うのはどう言う意味だ? 異世界転生? そんなことが信じられるとでも?」
「今まで亡くなった人間の合計がキリの良い数字だったのでこうしてお呼びしたんです」
「まさかのキリ番ッ!?」
衝撃の回答に高志は目がくらむ思いがした。
「ええ、そうです。異世界転生と言うのは言葉通りの意味ですよ。地球以外の世界に行って頂くと言うことです」
「馬鹿な……」
かすれた声が高志の口から衝いて出る。
「信じる信じないはどうでも良いのです。これはもう決定事項なのですから」
「……俺に地球外生命体の存在する惑星へ行けと?」
「うーん。確かにそんな世界も存在するようですが違います。この世には貴方が暮らしていた世界とよく似た、また別の世界が複数存在しているのです。まぁ、とは言ってもどの世界もこの世界と似たり寄ったりの世界線が多いんですが……」
そう言って、自称神は腕組みをして何やら考え込む素振りを見せる。
同時に高志も考えていた。
異世界と言ったらゲームや小説の中だけの存在だ。
高志とて小さい頃、魔法や
「そう。多様性ですよ多様性。同じような世界ばかりではつまらないと。世界の可能性を見いだせと。そう上司にせっつかれましてね。我々管理者が放置……もとい適度に干渉した場合の世界を実現すべくプロジェクトが動いているのです」
「それに俺が参加しろと?」
「そう言うことです。その世界を今後の可能性の一つとしてモデルケース化していくために、あくまで過度な干渉は避けて自然に、しーぜーんーに! やっていきたいと言う訳です」
いちいち回りくどい物言いをする自称神である。
高志が、自然を強調する割には地球から人を送り込むことに問題はないのかと問い詰めてやろうかと考えていると、自称神に機先を制される。
「その適度な干渉に当たるのが、他世界からの転生者の活用なのです」
「干渉ねぇ……ってことは俺以外にも転生者がいるんだな?」
「いますよ。いつか出会うこともあるかも知れませんね」
しれっとそう言った自称神に高志は胡散臭げな視線を送る。
先程から適当な言動が多く、真面目そうなことを言ってみたりふざけてみたりと、とてもじゃないが信用できそうにない。
だが――
「どうせ俺に選択肢ってヤツはないんだろ?」
その質問に、自称神はニッコリと微笑みを返す。
それを肯定と取り、高志はため息をつきながら質問する。
「はぁ……。で、俺にその異世界とやらで何をしろと?」
高志は、これが夢でもない限り、もう腹をくくるしかないと覚悟を決める。
目の前の自称神は、とても信用できるような
「何でも構いませんよ。記憶はそのままで向こうへ行けますので、その知識を活かして無双するも良し、自由気ままなまったりスローライフを楽しむも良しです」
「そんなんでいいのか? やっぱり適当だな」
「転生してしまえば、我々は特に関わることはありませんからねぇ。あわよくば世界に革新を起こし、より進化、深化させて欲しいと言うのが我々の希望です」
「そんなんでプロジェクトとやらは大丈夫なのか。もっとやる気を出させた方がいいんじゃねーか?」
「そうですね。では我々の願いを叶えて頂けた暁には特典として貴方の希望を聞いて差し上げますよ」
それを聞いて、高志は少し驚きを露わにしてしまう。
転生者にとって大きいメリットである。
無理やりどんな世界かも知れない異世界に送り込まれるのだから、メリットとデメリットのどちらが上にくるのかは疑問だが。
この干渉は適度な干渉なのかと、思わずにはいられない高志であった。
「つまり、神の願いを叶えれば、こちらも出来得る限りご要望に沿えるよう努力しますよ、と言うことです」
そう言うと、自称神は胡散臭い品物を売りつける販売員のような満面の笑顔を浮かべたのであった。
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