第2話 高志、異世界転生する!

「例えば、神の願いにはどういったものがあるんだ?」


 何を目的として異世界で生きていくかは重要なことである。

 これを聞かなくては始まらないだろう。


「例を挙げると、魔王を討伐するだとか、天下を統一するだとかですねぇ」


「魔王?」


「あッ、勇者討伐でも構いませんよ?」


 違う、そうじゃないと心の中で叫びつつ、高志は思いついたことを質問しようと口を開きかける。


 しかし、自称神じしょうかみの言葉がそれを遮った。


「あッ、そうでした。お願いですが、こんなのもありますね。様々な要因で世界に次元の歪みが発生する場合があります。要はバグですね。それを取り除いてくれた場合にも要望にお応えできるかと思います」


 神様はこれ大事よとばかりに人差し指を立てて忠告した。

 先程から思いつきで話しているような気がするが、本当に大丈夫なのだろうか?と高志は増々不安になる。


「ちなみに、現状はどんな世界になってるんだ? 今の話だと、魔王がいるとか?」


「それは行ってみての、お・た・の・し・み!」


「おい、ヤメロ! 『おもてなし』みたいに言うなよ!」


 今それどころじゃねーんだよ!と危うく手が出かけた高志であったが、何とか踏みとどまる。


「まぁ、それはさて置き、地球で言うと中世から近世くらいの文明度でしょうか? ただ、そこには人間以外にも様々な種族の知的生物が存在しています。あ、もちろん魔法も存在しますよ。これは結構大事な要素なんですよ」


「ゲーム感覚か? 転生者にまともなヤツはいんのかよ……」


「ほほう。言いますね。では貴方は一体何をお望みで?」


「俺の目標は徹頭徹尾てっとうてつび変わらねぇ。世界最強だッ! 異世界風に言うと、武力でも魔法でもな」


「本当に貴方は変わりませんね。それでこそ貴方と言うものです」


 その言い様に何となく違和感を覚える高志。


「で、今までどんな要望があったんだ?」


「そうですねぇ。世界の共通言語化や通貨の統一などでしょうか。それに、あー自称もふもふ属性の方がいて、もふもふを増やしたこともありますね」


「んだよ、もふもふって……」


「世界は広い……と言うことですね」


 自称神は何故か遠い目をして、どこか感慨深げな様子である。

 願いを叶えた当時のことを思い出しているのかも知れない。

 高志が聞いたことを頭の中で咀嚼していると、自称神が急に威張り始めた。

 どうやら高志が驚きのあまり言葉も出せないものと勘違いしたのだろう。


「ふっふっふ……。驚きましたか? どうです! 凄いでしょう? いやー実装するのに苦労しましたよ。が」


 こいつの部下は大変そうだなと思わず高志は同情してしまう。

 思いつきでものを言い、感情の起伏が大きい上司など、さぞ職場で嫌がられていることだろう。


「あ、細かい話をここでしていてもきりがないので、転生後、『ヘルプ君・改Ver7.36』に聞いてください。貴方にしか見えませんし、声も聞こえませんのでご安心を」


 いちいちツッコミどころが多いのは気のせいなのだろうか、と高志は自称神に疑いの目を向ける。


「あッそうだ。転生する前に来世での種族と身分と職業クラスを決めなければいけません。これは転生後でも条件を満たせば変更する事が可能です」

 

「何でそんな重要事項をたった今、思い出したかのように言うんだよ。詳しく聞かせろ。次はない」


「チッ……」

 

「おい、聞こえてるからな?」


「ち、ちなみに世界に革新をもたらしやすい身分だと、それだけ叶えて頂く願いも大きいものになりますよ。例えば農民なのに天下統一しろとは言いません。低い身分は制約も多いですしねぇ」


「身分か。面倒臭そうだな」


「それに王族とか権力の大きい人が社会改革を行ってもそれは権力のおかげによるところが大きいですよね? 上流階級ならもっと大きい事を成し遂げてもらわないといけません」


「うーん。まぁいいか。んじゃ選択肢の一覧を見せてくれ」


 自称神は種族や身分、職業クラスの一覧を表示した。

 高志の目の前に半透明なボードのようなものが出現していた。

 初めて神らしい能力を見た気がするのは気のせいだろうか。

 そのボードの種族の欄には、人間族、古精霊ハイエルフ族、魔族まぞく竜人りゅうじん族など、ファンタジー小説で見たような名前がズラリと並んでいた。

 身分も貴族や平民、農奴など、その種類は多岐に渡っている。

 職業クラスも結構な数が表示されており、高志に昔プレイしたゲームのことを思い起こさせた。


 高志はしばらく考えて決定する。


「じゃあ、人間族、奴隷、空手家からてかで」


 やはり、人間、肉体言語が必要だ。

 高志は決して脳筋のうきんではなかったが、拳で語り合うことも重要だと考えたのだ。


 しかし、自称神に慈悲はなかった。


「空手家は上級職なので無理です」


「え? 上級職は駄目なん? 最初から言ってくれよ」


 自称神は心底嫌そうな表情を作ると、残念なものを見るかのような顔で言い放った。


「最初は基本職業クラスの『見習い戦士』、『アイテム士』、『黒魔導士』、『白魔導士』しか選択できません」


「ええ……。ほとんど選択肢ないじゃねーか……」


「それはすみませんねぇ」


 自称神は全く自分が悪いとは思っていないような表情をしている。

 言葉にもトゲがあり、ふてぶてしいその態度に高志は失笑を禁じ得ない。


「それで魔法はどうやって使うんだ?」


「魔法は全て魔法陣で表現されます。魔法陣を頭の中で完全に再現してください。そして『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』を発すれば魔法が発動します。後、魔法陣を読み解き、それを改変できればオリジナル魔法も創れます」


 自称神は他にもいくつかの知識や規則ルールを教えてくれた。

 ドヤ顔で。もちろん高志は全力でスルーしたが。


「うーん。奴隷はやりすぎか? 自由度低そうだし農民にするか? 羽柴秀吉はしばひでよしも農民出身で立身出世したんだしな。格闘できないなら魔法か。ロマンはあるな」


 高志は流石に時間をかけて考える。

 何も知らない、これまでの常識が通用しない世界に行くのである。

 用心するに越したことはないだろう。


「じゃあ、迷うけど人間族、平民、黒魔導士で頼む。これで終りか?」


「ほう……」


「んだよ! まだ他に何かあんのか?」


「いやぁ、チートな能力を求めない方が珍しかったので」


「ちーと? 何だそりゃ?」


「いや、最近多いんですよ。転生するんだから凄い能力をくれ!と。あっちの住人は健気にたくましく生きてるんだよ! それをこの厚顔無恥な異世界人どもがぁ! 小説とは違うのだよ小説とは!」


「おい……」


 人が変わったかのように興奮し始める自称神。

 何やら触れてはいけないものに触れてしまったらしいと感じた高志は、憤る自称神に冷めた目を向ける。

 そしてこう考えることにした。

 実はこいつも大変でストレスが溜まっているのかも知れない、と。


「はぁ、はぁ……。人間は欲張りですねぇ。異世界人というだけで結構優遇されているんですよ? レベルも上限はありませんし……。職業変更クラスチェンジしても、他の職業クラスの能力はそのまま使用する事ができますし。その上チートな能力ですか?」


 肩で息をしながらも落ち着きを取り戻したのか、自称神は超でかいため息をついた。そのあまりのわざとらしさに、高志もドでかいため息をついてやった。


 もちろん当て付けである。


「参考までに聞くが、どういう能力を要求されたんだ?」


「そ、それはぁ……個人情報ですしぃ……」


 高志の苛立ちがオーバーロードしそうになる。


「ほ、ほら、向こうで会った時、貴方の能力がバレてたら嫌でしょ? そういう事ですよ」


 でまかせにしては良い言い訳である。高志は仕方ないと考えて聞くのを諦める。

 しかし、そのチート能力の存在を聞いてしまったからには、することは一つである。もちろん、高志もチート能力を要求してやることにした。


「言わなきゃ良かった……」


 自称神が肩を落とすが、もう遅い。

 少し考えた後、高志は前世に意趣返しを行う事にした。

 無職ニートを最強の職業クラスにして、それを自分だけの専用職業クラスにしてもらう事にしたのだ。


「うーん……。分かりました。ではそのように仕様を調整しましょう。詳細は任せてくださいますね?」


「本当に任せていいのか?」


「う!? そこは最強の職業クラスにふさわしいようにしますからッ!」


「分かった分かった」


 高志は仕方なく納得しておく事にした。

 自称神はコホンと、咳払いを一つすると、「それでは」と言いかける。


 が。


「あッ……」


「今度はなんだ?」


 ジト目で自称神を見つめる高志。

 その目には諦念ていねんの色が宿っていた。


「……後、忘れてました。加護かごもあるんでした。どんなのにしますか?」


「はぁ……」


 高志は、思わず大きなため息をついた。

 自称神は先程のように今度は加護一覧を表示させた。

 それを一通り確認した後、もう一度職業クラスとその能力について表示するように頼む。

 職業クラスとその能力を把握してからでないと役に立たない加護を選びかねない。


「共通言語化してるってことは、言葉も文字も通じるって認識でいいんだよな?」


「そこら辺は大丈夫ですよ。先程言ったもの以外の願いも叶えられていますので楽しみにしておいてください」


 高志はしばらく悩んで考え込むが、段々と面倒臭くなってきた。

 そして、もう職業クラスも加護も新しく実装してもらえば良いのではないだろうかと言う考えに至る。


「ここにはないヤツで。無職ニートを最強たらしめるような加護を新規で創ってくれるか?」


「ええ~!」


 非難の声を上げる自称神。


「いいだろ? どうせ実際に作業するのはなんだし」


 自称神は、高志にぐうの音も出ない正論で殴られて頭を抱えだす。

 そして、しばらく何やら考え込んだ後、声を絞り出した。

 どうやら苦渋の決断を下したようだ。


「くぅ……。仕方ないですね……。調整しておきましょう。しかし全く人間の欲望は果てしないですねぇ」


 自称神は思いっきりため息をついて負け惜しみのような言葉を吐いた。

 高志はそれを当然のように無視した。


「これで全ての準備は整いました。さて、覚悟はよろしいですか?」


「大丈夫だ。問題ない」


 高志はいよいよこの時が来たかと自らに気合を入れる。

 実感があるかと問われれば、未だないと答えるだろうが、例えこれが夢であっても全力で臨むのが正解だと高志は考えていた。

 夢なら夢で良いし、もしも現実でも初めから全力で動いていれば悔いが残ると言うことはないだろう。

 そう言う思いから真剣な顔付きに変わった高志に向かって、自称神が何やら思い出したかのように言った。


「あ、そうそう。何だか最近、転生した人たちの失踪が増えているみたいなので一応、気を付けてくださいね」


 そんな気になることを直前で教える自称神の性根を高志は疑った。

 そもそも現世でも失踪者扱いになっていたりしてな。

 高志はそう思った。


「それでは心の準備はよろしいですか? では異世界へ飛ばします。良い旅を!」


 そして藤堂高志の意識は暗転した。

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