第4話 レヴィン、メルディナの街を徘徊する

 王都ヴィエナ以外の街を訪れたのは初めてだ。

 レヴィンは自我を取り戻し、自分が置かれている状況を確認した後、すぐに今回の依頼を受けたため、未だ住んでいるヴィエナのことすら良く把握していない。

 なので、限られた時間とは言え、他の街での自由な時間を有意義に過ごしたかった。迷いながらも彼は薬屋、武器屋、防具屋、魔導屋を次々と周って歩いた。

 レヴィンは武器屋で衝撃の事実を体験することになった。

 例えば、ヘルプ君によれば黒魔導士は剣を装備できないのだが、黒魔導士が剣を扱おうとした場合、体が硬直して動けなくなるのである。

 単に持ったり、腰に佩いたり、人に投げ渡したりすることはできるようだ。

 これを知った時、レヴィンは思わず「ゲームかよ!」と独りツッコミを入れた程である。


 品揃えであるが、レヴィンが思っていたよりも豊富ではなかった。

 それを確認するだけが目的ではないので、立ち寄った店でレヴィンは色々な事を聞いてみた。

 それらを持参したメモ用紙に記載していく。

 記憶は曖昧なもので、当てにならないことは既に痛感していたからだ。


 聞いたところに寄れば、メルディナはアウステリア王国の直轄地で、代官はバートラント・フォン・ウリリコ男爵というらしい。

 彼について特に悪い話は聞かなかった。それなりに有能なのだろう。

 単に印象が薄いだけの可能性も否定できないが。


 メルディナの名産はガラスとワインらしい。王都に並んでいたガラス製品の多くはここで作成されたものだという。

 一区画丸ごとガラス工房が立ち並び、税も一部免除されているそうだ。

 レヴィンは、見学に行こうかとも考えたが工房は情報流出防止の観点から見学はできないと聞かされた。

 それに時間も時間である。

 代わりに大通りに面した商家にいくつものガラス製品が置かれていると聞いたレヴィンは、すぐに冷やかしに向かった。店に入ると、確かにグラスや瓶、紅茶用のティーセットや皿などが所狭しとディスプレイされている。


「なるほど。高いな……」


 早く稼げるようになって両親に何か買ってあげたいなとレヴィンは思った。

 レヴィンは、まだ少ししか時間を共にしていないが、記憶の奥底に情や思い出が詰まっているのか、家族のことは大切に思えるのだ。

 きっとレヴィンは大切に育てられてきたのだろう。

 隣の家に住む、幼馴染のアリシアにあげても喜ぶだろうなと考えながら店を出て、大通りを当てもなくさまよっている内に少し雰囲気が違う場所に出た。

 

 露出の多い女たちが客引きをしている。


「風俗街か? ここはいいか」


 前世では一度もお世話になった事はないし、なるつもりもなかった。

 この世界でもまだ十五歳なのである。レヴィンは通りに入るなり、「子供の来るところじゃないよ」と言われてしまった。

 レヴィンの身長は現在、170センチ程はあるのだが、まだまだ顔のあどけなさは抜け切れていないようだ。一目で子供だと見抜かれてしまったようである。

 風俗嬢の慧眼けいがんにレヴィンは大いに感心した。

 

 来た道を引き返すと、一軒の店から金持ち風の派手な衣装を身にまとった男が女を引き連れて出てくるのが見えた。

 女は獣人のようだ。頭にもふもふした耳がついている。

 レヴィンは、白い空間で見た種族一覧を思い出していた。あれは何族なのだろうか。獣人を見たのは初めてだ。ヴィエナでも獣人を見たことはない。

 レヴィンは何の店か気になったので、すぐに入ってみた。

 そこには受付カウンターがあり、禿頭で強面の男が立っていた。


「なんだ? ここは子供の来るところじゃねえぞ!」

 

 また同じ事を言われてしまったが、気になったからには聞かねばなるまい。

 レヴィンは一刻も早く、様々な知識を得る必要があるのだ。


「ここは何の店なんですか?」


「ここは奴隷商の店だ。なんだ坊主。奴隷が欲しいのか?」


 レヴィンは、奴隷なんぞに興味はなかったが、参考のために色々聞いてみることにした。何事も勉強である。男に寄れば、この店では戦闘奴隷、愛玩奴隷が主な商品として扱われているらしい。

 聞くと、なんと探求者にも戦闘奴隷を購入する者がいるという。

 愛玩奴隷は金持ちに買われていくようだ。

 何をしたら奴隷になるのかと聞いてみると、子供に聞かせる話ではないと思ったのか、男はしかめっ面になりながらも教えてくれた。

 奴隷商でも少しばかりの良心は持ち合わせているらしい。

 だいたいは犯罪者だが、貧しさから親に売られたり、自ら奴隷になる者もいると言う話だ。

 男はこの店は違うと前置きをした上で、獣人の集落を襲って奴隷化する悪徳業者もいるらしいとも教えてくれた。一応、この国でもそれは犯罪とされてはいるらしいが、守られているかは怪しいところだろう。

 聞きたいことは聞けたので、レヴィンはお礼を言って店を退出した。


 次は大通りに戻り、探求者ギルドを探す。

 王都と同様、レヴィンの思った通り立地の良い場所に建てられており、ギルドはすぐに見つかった。中に入って飲食ブースを見ると、もう既にできあがっている探求者の姿がチラホラと見られる。レヴィンは、かなり騒がしいなと思いつつ、依頼が貼り出されている掲示板を見に行く。


 この街の依頼も王都と似たり寄ったりと言う感じだった。

 護衛依頼、素材採取依頼、薬草採取依頼、魔物や害獣の駆除依頼などの依頼書が掲示板に貼られている。


 時刻は既に十九時を回っている。

 レヴィンは空腹を感じつつも、もう少しだけと思い、受付嬢に確認して資料室へと向かう。部屋に入ると、棚にたくさんの書類が詰め込まれている。聞いたところによると、この街には図書館はないそうなので数こそ少ないが本も並んでいた。

 ざっと目を通していくが魔法に関する本や資料はなさそうだ。

 

 適当に目を通した資料に寄ると、この街は王都と北と東を結ぶ行路に作られたようだ。交通の要所であり、東に広がる大森林、通称、魔の森から王都を護る最後の砦としての役割も持っているらしい。

 人口は十万人程で、ガラスやワインが生み出す利益で街が潤う一方、大きなスラムも存在している。スラムには農奴や身寄りのない子供、犯罪者などが隠れ住み、中々に治安がよろしくない場所のようだ。


 さすがに疲れてきたので、ご飯を食べて宿に戻る事にした。

 レヴィンは飲食店区画の場所を探求者ギルドで聞き、急ぎ足でその場所に向かうと、匂いに釣られて入った店でビッグホーンと言うけもののステーキを食べた。

 味や食感は前世で食べた牛肉のステーキとほとんど変わらなかった。少し獣臭さがあることを除けば、だが。

 

「ご飯が食べてーなぁ……」


 レヴィンはそんなことをボヤきながら、お店を後にした。

 宿に戻る途中には大通りに大きな掲示板が立てられているのが目に入る。

 広告や会合のお知らせなど、いろんな紙が貼られている。

 住民や探求者に周知したいものが貼り出されているのだろう。

 

「ん? あれは……」


 荷馬車を引いたハモンドが路地裏の方へ消えていく。

 レヴィンは、この街でも何か仕入れるのだろうと推測し、「商人も大変だ」と呟くと、宿へ向かう足を速めた。


 そして特に迷うこともなく宿へと帰還したレヴィンは、従業員に七時に起こしてくれるようお願いすると部屋に戻った。

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