第5話 レヴィン、カルマの街へ向かう

 朝、部屋の扉をを大きくノックする音で目覚めた。

 ベッドで上半身を起こしたレヴィンは思わず開口一番でツッコんだ。


「ノックで起こすのかよッ!」


 これでは他の客に迷惑だろう。雑な宿である。

 レヴィンの心からの叫びが届いたのか、ノックの音が止む。

 まだ集合時間までは余裕があるので、レヴィンはゆっくりと身支度を整える。

 そして階段を下りて、宿内の食堂に向かうと朝食を頼む。

 まだ七時と言うこともあってか、食堂に人はまばらだ。まだイザークたちは部屋にいるのだろう。席についてすぐに朝食はやってきた。パンに肉と野菜のスープ、そして野菜とスクランブルエッグである。レヴィンは、思っていたより豪華な食事に嬉しい方向に裏切られたなとニンマリ笑う。


 置いてあった朝刊を読んだが、特に変わった事は載っていないようだ。

 レヴィンは、まだまだ分からないことが多いので、取り敢えず朝刊は必ず読むようにしている。

 朝食をさっさと平らげて部屋に戻ると、水筒に水を補充してもらい、昨日見つけておいた近くのパン屋へと向かう。

 そこでパンを二、三個ほど買ってすぐに宿に戻った。

 後はしばらく待合スペースで時間を潰す事にしようと決めた。

 レヴィンは、荷物をまとめるとチェックアウトをお願いした。

 そこにテオドールやイザーク達が姿を現した。


「おッ早いな」


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


 全員と軽く挨拶すると、手を上げて彼らは食堂の方へ消えて行った。

 レヴィンは待合スペースで考え事をしながら九時前まで時間を潰すことにした。

 ここにいれば、もし寝てしまっていてもテオドールたちが起こしてくれるはずだ。

 そう考えてレヴィンはヘルプ君を使って未確認の項目に目を通していった。


 レヴィンがヘルプ君の情報に熱中していると、不意に声が掛けられる。

 レヴィンが顔を上げると、そこには不思議そうな顔をしたイザークが立っていた。


「もうすぐ時間だぞ」


 その声にハッとして我に返るレヴィン。

 少し熱中し過ぎたようである。


「ありがとうございます」


 レヴィンはイザークの表情から察する。

 傍からは、虚空を見つめて固まっている変な少年に見えるのだろう。

 しかもレヴィンの喜怒哀楽が表情に出ていたとすると、その光景はかなり不気味に違いない。


 連れだってハモンドが泊まっている宿へと向かう。

 それ程の距離ではないので、すぐに到着する

 やがて時間は約束の九時になった。

 全員がハモンドの泊まっている宿の前に集合していた。

 そこへ準備を終えた彼と下男四人が荷馬車を操作しながら現れる。


「やぁ。おはよう。ではカルマの街までよろしくお願いします」


 毎度のことながら、腰が低い態度で挨拶をするハモンドであった。


 一行はメルディナを出て一路、東へと向かう。

 東へと延びる街道の両側には広大な畑が広がっていた。

 ワインが名産と言うことなので葡萄畑なのだろう。

 美しく整備された畑の風景がしばらく続いた。

 その風景に別れを告げる頃、周囲はじょじょに荒野へと変貌を遂げていった。

 しかし、街道だけはしっかり整備されているようだ。


 横を進む荷馬車に乗る下男に聞いたところ、カルマからは大量の魔物や獣の素材が輸送されているという。

 実際、カルマへの道すがら、何度も西から来る荷馬車とすれ違った。

 こんなに往来が頻繁にあるならば護衛の必要もないのではないかと思ったが、カルマからの荷馬車にも護衛はしっかりついているようだ。

 人の目が多くても襲ってくるのは人間だけではない。

 魔の森に近づくにつれ、魔物の数は増えてゆくのと言うことをレヴィンは父から聞いていた。いくら整備された街道を進むと言っても、危険な場所である事には変わりないのだ。


 メルディナから三時間ほど経過すると進行方向の左手百メートル付近にはもう魔の森がその領域を伸ばしてきていた。

 魔の森と言うくらいなので、一体どんな感じなのかとレヴィンは少し楽しみにしていたが、見た目は普通の森であった。

 ただ、漠然とした"何か"は感じられる。


 一行はお昼の休憩を挟み、更に進み続ける。

 お昼はメルディナで買った白パンを食べた。普段食べている堅いパンとは違い、柔らかく美味しく思えた。

 レヴィンが打ち合わせで決められた位置を歩いていると、ふと思うことがあった。

 あの強烈な匂いがしなくなっているのだ。残っているのは微かな移り香くらいである。


 もしかしたら香水はメルディナの街で卸したのかも知れない。

 ガラスに詰め替えて売るのかな。そうレヴィンは考えた。

 レヴィンは荷馬車の右側を歩いている。右手を警戒しながら前を歩くチャーリーの背中に目をやった。彼の職業クラス神官プリーストだと言う。


 神官プリーストで思い出したが、幼馴染のアリシアに任せたパーティメンバーの勧誘は上手くいっているだろうかとレヴィンは心配になる。

 パーティには神官プリーストのような回復役が必須なのだ。それは父からも口を酸っぱくして言われたことだ。回復役には、白魔導士のシーンと言う女子を誘うつもりだとアリシアからは聞いている。


 チャーリーは探求者のパーティ≪丘の向こう側≫のリーダーと言うことだ。

 そして回復魔法が使える。参考までにパーティを組んだ時のことを聞いておこうと、レヴィンは彼に話しかけた。


「チャーリーさんチャーリーさん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」


「なんだ? 俺に答えられることならいいんだが……」


 彼は顔だけ振り返るとそう言った。迷惑そうな顔はしていない。

 レヴィンは少しホッとしながらも遠慮なく質問をぶつけた。


「チャーリーさんは回復役ですよね? どうして探求者になったんですか?」


 彼は前を向き、苦笑しながら答える。


「俺は北方にあるタリース村で小さな教会の神官プリーストをやっていたんだが、同じ村の幼馴染にファバルとカールがいてな。彼らに探求者稼業をしないかと誘われたんだよ」


「はえ~幼馴染ですか。でもよくその教会を抜けられましたね」


 チャーリーはうーんとうなりながら返事をする。


「まぁ小さな村の小さな教会だからな。貴重な回復役でもあるんで止められたんだが大きな街に憧れもあったし……。まぁ頼み込まれたからというのもある」


「やっぱり回復できる職業クラスを授かって生まれてくる人は少ないんでしょうか? その教会はどうなったんですか?」 


「いや、少ないって事はないんじゃないか? 自分の職業クラスを話す人はあまりいないから少なく感じるかも知れないけどね。それに教会なんかに囲われる人もいるし、大きな街には結構いたりするぞ? それに数が少なかったら探求者のパーティがこんなに多く存在してないさ」


「なるほど。一家に一台冷蔵庫みたいなもんで、やっぱり探求者のパーティにも一人は回復役がいるものなんですね」


「まぁ、れいぞうこが何かは知らないけど、そんな感じかな。ちなみに村の教会は領都から派遣されてきた司祭ドルイドがいたからなんとかなっているよ」


「すみません。答えにくい事を質問してしまったようで……」


「構わんよ。俺は探求者の先輩だしね」


 苦笑された時からマズかったか?と思ったが、やはり踏み込んだ質問は避けた方がいいかも知れない。

 今回たまたま一緒になっただけのパーティだ。

 でも逆にこれを機会に仲良くなっていければいいとも思える。

 コネクションを作っておいて損はない。


 一行は順調に旅を続けて行く。


 結局、今日はなんの襲撃もなく平穏無事に一日が終わった。

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