第30話 レヴィン、監禁される

 水が滴り落ちる音が聞こえるような気がして、レヴィンはうっすらと目を開いた。

 しかし目隠しされているようで何も見えない。

 どうやら硬い石の床に転がされているようだ。それは感覚で分かった。

 ひどくかび臭く、空気はひんやりと冷たい。

 レヴィンは何とかして体を動かそうと試みるが、凄まじい倦怠感のためそれもままならない。


 レヴィンの耳元ではキーキーと小さな鳴き声が聞こえる。

 おそらくネズミか何かだろう。

 レヴィンはこの幸運に感謝した。


 レヴィンは状況を把握しようとするも、頭がボーッとしていて中々機能してくれない。何とかして記憶の断片をつなぎ合わせていくレヴィン。

 その結果、頭にかかっていたもやが晴れていく。

 魔法による攻撃を受けたのだ。


 その魔法は――


眠神降臨ヒュプノス


 相手を眠りにいざなう魔法だ。

 高位の付与魔法であり、職業クラスレベルが低く魔法陣を知らないレヴィンは使用できない。

 学校でも教わらない魔法の一つである。

 段々と自分の置かれている状態が把握できてくる。

 目隠しに猿ぐつわをされ、手足は縛られている。

 何もできそうにないとレヴィンは諦める。


 そんな時、隣の方からむーむーとうなり声のようなものが聞こえてくる。

 同じ状態の者が存在するようだ。

 すると、野太い声がかかる。


「気が付いたか……。何をしても無駄だぞ」


むむむむむむなわをはずせむむむきさまッ! むむむみゅうむむむこのひきょうものがッ!」


 誰かが必死に喚いているようだ。

 レヴィンは喚いても何にもならないと思い、静かにしている。

 レヴィンの隣でもむーむー喚き続けているヤツがいるが。


 しばらくするとガチャッと扉が開く音がする。

 誰かが入ってきたようだ。


「おう。バージル、どいつがターゲットだ?」


「こいつですな」


 そんなやり取りが聞こえ、誰かが近づいてくる気配がする。

 相手は複数人いるようだが、レヴィンはその声をどこかで聞いたような気がした。

 しかし誰かは思い出せない。


「念のためもう一度、全員鑑定してみろ」 


 どうやら鑑定士の能力を持つ人間がいるようである。

 目隠しをされていたが、わずかな隙間から自分の体が黄金色に輝くのが分かった。

 レヴィンは、ターゲットと言うのは誰なのか働かない頭で考える。

 しばしの静寂の後、何やら紙に触れるような音が聞えた。


「どうです? 間違いないでしょう?」


「間違いないと言っても俺には本当かなど分からんからな」


「他のヤツらはどうしやす?」


 また別の男がレヴィンたちの処遇を確認している。

 ここに誘拐犯のボスがいるのだろう。


「貴族がいるな? そいつらは全員身代金を要求だ。」


「平民もいるようですがどうします?」


「中学に通わせるほどだ。一応、要求しておけッ!」


 そう言うと、足音は遠ざかってい行き、ガチャンと扉が閉まる音がした。


「お前らも運が悪かったなぁ。まぁ仕方ないと思って諦めるんだな」


 まだ誰かが残っているようだ。

 そりゃ見張りの一人や二人はつけておくわな、とレヴィンは納得する。

 思ったより冷静な自分に驚き……はしない。

 拉致られたことなど枚挙に暇がないくらい経験している。前世でだが。

 レヴィンは冴えない頭で考える。

 おそらくこの誘拐には、内部に仲間がいるパターンだろう。

 単なる身代金目的なのか、はたまた奴隷として売り払うのか。或いは両方か、だ。

 レヴィンは例え、身代金が支払われても身柄が引き渡されることはないと考えていた。ヘルプ君によれば、確か隷属化れいぞくかの魔法が存在したはずだ。使用するには、いくつかの制約の下でという条件があるが。


 レヴィンはここがどこで、敵の規模がどれくらいなのかについても考えていた。

 場所が解らなければ脱出できてもどの方角に逃げればよいか分からないし、そもそも扉の向こうに何人の敵がいるかも分からないのだ。

 何の考えもなく脱出を強行するのは単なる蛮勇であろう。


 取り敢えず、魔法が使える状態にならなければならない。

 しかし、何かの薬でも使われたのか体が思うように動かせないのだ。

 おそらく他のメンバーも同様だろう。

 それならば、今できることをするだけである。

 レヴィンは職業変更クラスチェンジを行い、その能力を行使した。

 そして殺されることはないだろうと予想して一旦眠りにつく事にした。


※※※


 レヴィンは再び目を覚ましていた。

 どれくらいの時間眠っていたのかは分からない。

 体の倦怠感はまだ抜けきっていない。

 だが猛烈な空腹と喉の渇きを覚えていた。

 レヴィンは自身の感覚を頼りに、捕まってからどれくらいの時間が経過したのか考えていた。まったく飯も出さないの?ここんは?と心の中で呟いてみるレヴィン。


 そんな心の声が届いたのか、再び扉が開く音がした。

 そして足音が近づいてきて、ガチャガチャと錠前が外されるような音がする。

 ここは独房か何かなのかも知れない。


「おい、飯だ! 起きろッ!」


 レヴィンは強引に上半身を起こされて猿ぐつわを外された。

 それ以外の縛めはそのままだ。


「今から飯と水を与えてやる! 魔法を使おうとするなよ? 使おうとしたらぶっ飛ばすぞッ!」


 レヴィンの口の中にパンのようなものがねじ込まれる。

 必死に咀嚼して飲み込もうとするも口の中がカラカラに乾いており上手く飲み込めない。

 

「み、水……」


 レヴィンが小さくうめくと、今度が水を口の中に流し込まれた。

 むせそうになりながらも何とか飲み込むことができた。

 他にも何人かの声が聞こえてくる。

 レヴィンと同様に食事が与えられているのだろう。

 足の方ではキーキーと何かの生物が鳴き声を上げている。

 おそらく前と同じネズミなのだろう。

 パンクズを目当てに近づいてきたのかも知れない。

 レヴィンはその存在に安堵した。


「ちッ! しッしッ! こっちくんな!」


 食事を持って来た男が追い払おうと声を上げている。

 無駄だろうが、レヴィンはその男に声をかけてみた。


「今、何日の何時ですか?」


「ああッ!? 余計な口聞いてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞッ!」


 レヴィンは怒鳴られて、再び猿ぐつわを噛まされた。


 それからレヴィンは何度か眠り、時間だけが過ぎていった。

 しかし、お陰で倦怠感も消え、今なら動けそうである。

 ただ一つ気になるのが日課になった食事の時間だ。

 感覚的にはもうじきやってくるはずだとレヴィンが考えていると、扉が開く音が聞こえた。

 複数人の足音が近づいて来る。

 それはレヴィンの予想通り食事係のものであった。

 いつも通りに乱暴に猿ぐつわを外され、パンを口にねじ込まれる。

 食事の係と言っても嫌々させられているだろう。

 目隠ししていてもそんな様子が感じられた。

 そして食事が終わり、そいつらは部屋から出ていく。


 チャンス到来である。

 レヴィンは再び、獣使いの能力である【獣を操る】を発動する。

 対象は近くにいるネズミである。

 後ろ手に縛られている縄をネズミにかじってもらう。

 レヴィンは壁を背後にした体勢をとっているのでおそらく見つかるまい。


 思ったより時間がかかったが無事に手を拘束していた縄を解くことに成功した。

 そして目隠しを少しズラして室内の様子を覗き見る。

 思った通り、独房が向い合せに二つあり、入口の扉の近くには見張りが二人座って何かをしている。

 こちらには全く注意を払っていないようだ。

 近くには案の定ネズミが静かに佇んでいる。

 そして口をふさいでいた猿ぐつわを外すと二人の男に向けて魔法を放つ。


睡眠スリープ


 レヴィンとしては効くかどうか不安だったが、見張りの二人は急に頭を垂れてテーブルに頭をぶつけた。

 ゴンと鈍い音が響くが、たいした音ではない。

 起きる気配はないようなので気づかれることはないだろう。


「後は鍵だな。ネズミにでも取って来させるか」


 そう思ったレヴィンであったが、よくよく考えると魔法でぶった斬った方が手っ取り早いと気づいたので職業変更クラスチェンジして黒魔導士に戻る。

 職業変更クラスチェンジしたのは黒魔導士になった方が補正の関係で魔法の威力が上がるからである。


空破斬エアロカッター


空破斬エアロカッター


 風の刃が簡単に鉄格子をいとも容易たやすく斬り裂いた。

 本当に使い勝手の良い魔法である。

 レヴィンは独房から出ると眠りこけている男二人が腰にいている剣を奪う。

 そして元の場所に戻ると、手足をふん縛られて転がっている残り九名の縄を全て断ち切り、目隠しと猿ぐつわを外していく。

 もちろん、静かにするようによく言い聞かせた上でだ。

 最初に解放したのは同じ独房にいたベネディクトとノイマン、そしてその他二人だ。


「すごいね。一体どうやったんだい?」


 ベネディクトが尊敬のこもった眼差しで問いかけてくるが、レヴィンは言葉を濁してごまかした。

 ノイマンや他の生徒たちも疑問に感じているようで、それが表情に出ている。


 次は向かいの独房である。

 同じように鉄格子を斬り裂き残りの五名を解放する。

 奪った剣はヴァイスと騎士ナイトのノエルに持たせた。


 騎士中学校に通っている彼らの方が職業クラスレベルが上だと考えたからである。

 それに、彼らなら騎士剣技きしけんぎを使うこともできるはずだ。


 それから眠っている二人の付近を調べたが何もなかった。

 レヴィンたちが持っていた装備品はここには見当たらない。

 この見張り二人はレヴィンたちを縛めていた縄で手足を縛って床に転がしておいた。


 レヴィンはハタと考え込む。

 これからどうするのかが問題だ。

 この扉の向こうがどうなっているのか、そして敵が何人いるのか全く分からないのである。


「そう言えば、皆、体に不調はないか?」


 全員が首を横に振る。


「まぁ、俺はうんこを我慢しているくらいだな」


 ノエルが真顔でそう言った。

 何日ほど経過したのかは不明だが、トイレには一切行っていない。

 もしかしたら気を失っている間に失禁してしまった可能性だってある。


 しかし、うんこで爆笑するのは小学生の始めくらいのものである。

 ノエルも場を和ませようと言ったのだろう。

 レヴィンはそう判断した。そうだよな?


「後は扉の向こうの様子が分かればな……」


 レヴィンが困ったように呟くと、ベネディクトがこともなげに答える。


「ああ、任せてくれ。僕は【探知ディテクション】が使える」


「マジで!? どこを探しても載ってる本が見つからなかったんだぞ?」


 驚いた顔をして問いかけるレヴィンにベネディクトが答えた。


「探知魔法は、普通の書物には載っていないからね。でも実際は低級の黒魔法なんだよ?」


「後で教えてくれよ!」


「もちろんさ」


 ベネディクトはさわやかな笑顔でこちらを見ている。


「おいおい。後でって、ここから脱出してから言えよ……」


 ヴァイスがそんな二人の様子に呆れてツッコミを入れた。


探知ディテクション


 ベネディクトが魔法を発動すると、目を閉じて何かを探るような表情になった。

 しばらくして扉の向こうの状況が判明したのか、事細かに状況の説明を始めた。


「扉を出てすぐの辺りに一人いる。隣の部屋の中央付近に四人だな。隣の部屋の上の方にもいくつもの反応がある」


「なるほど。この部屋には窓がないし、地下室なのかも知れんな」


 【探知ディテクション】の魔法を使った場合、どのように状況が伝わってくるか考えてみるレヴィン。分かればより綿密に脱出計画を立てられるだろうにと残念に思う。


「取り敢えず、扉越しに【睡眠スリープ】の魔法を使う。その後、扉を開けて隣部屋にいるヤツらを魔法で制圧しよう。剣を持つ二人はいつでも斬り掛かれるように待機。全員、殺すのをためらうなよ?」


 レヴィンは脱出計画を各自に指示すると、懸念事項を言葉にした。

 【睡眠スリープ】の効果はほとんど期待できないだろう。

 ならば戦いになるのは確実だとレヴィンは考えていた。


「しかし、ここがどこなのか知りたいな。このままじゃ、どこに逃げればいいかも分からん」


「まぁそれは眠ったヤツか痛めつけたヤツに聞くという事で……」


「ヴァイス、痛めつけるのは悪手だな。一撃必殺のつもりでいこう。相手の実力も分からないし」


 レヴィンはヴァイスに注意すると、魔法を発動した。


睡眠スリープ


「動きはないね」


 ベネディクトが【探知ディテクション】の結果を伝える。

 そしてノエルが扉のノブに手を掛けると、ゆっくりと回した。


「……」


「……」


「……」


「鍵かかってる……」


 どうしようもない脱力感が全員を襲った。

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