第24話 勇者、吐露する


 残った料理を呆けた奴の口に無理やり突っ込んで、私は高身長筋肉質酔っぱらい勇者をずるずると連れて宿に戻った。宿屋の店主が驚きもせず普通にNPC対応してくるのにイラっとしながら、勇者をやっとのことで部屋に押し込んだ。


「あー、もう。馬鹿勇者!」

 非力な女子高生が背負うにはこの男は重過ぎる。といっても肩を貸して先導しただけだけど。完全に歩けないレベルだったら普通に酒場に置いていくところだった。


「ほら、部屋ついたよ」

 そのまま床に転がすと、ゾンビのように這いながらベッドに潜り込む。耐性のおかげで酒臭く感じないのがせめてもの救いだけど、ブレファンプレイヤーが見たら失望する程に情けない姿だ。


「あ、ありがとうイブキ・・・」


 これはさっきから壊れたアラームのように繰り返しているセリフだ。


「いいから、さっさと寝て」

 アルコールが薬攻撃扱いなら酔っぱらいは状態異常だ、多分一晩寝れば回復するだろう。

「うぅ・・・ん、すまない」

「明日は魔王城に行くんだから、寝坊しないでよ」


「魔王、そうだ。魔王に会いにいくのだったな」

 独り言のように走つぶやき、勇者のマントを畳む私を、ぼーっとした顔で見ている。


「そうだよ、魔王ちゃんと再戦するんでしょ。いい?私の知ってる5種類のエンディング・・・勇者の未来の中で唯一残された幸せな結婚ができる相手なんだからね。これに失敗したらもうあてはないんだよ?」


「・・・五種類。俺と、リコリスと、ヴィルマと、魔王?」

「俺じゃなくてシェリノア姫ね」

 ブレイブファンタジーのエンディングは五種類。シェリノア姫と結婚する通常エンド、リコリスちゃん、ヴィルマさん、そして真の最終形態魔王とのエンド。


「もう一つは、なんだ・・・?」

 そう尋ねる勇者の瞼はすごく重たそうだ。


「・・・勇者には関係ないから」


「俺に関係ない?」


 五種類目のエンディング。実はこれは他のエンディングと異なり、開発者のイタズラのような特殊なものだ。残念ながらこのエンディングは勇者にとって幸せとは言えないものだし、この世界ではもう条件を満たすことができない。


「イブキはやっぱり、俺の未来を知っているんだな・・・」

「未来を知っているだなんて、大層なものじゃないよ」


「つまり、俺とイブキの未来は存在しないのか・・・?」


「は?」


 主人公とプレイヤーのエンディングなんて、そんなRPG聞いたことが無い、乙女ゲームじゃないんだから。そもそも私は主人公=自分だと思ってプレイする派だから、もしエンディングでいきなり勇者に甘い言葉を囁かれたりなんてしたら普通に怒ると思う。まぁ、勇者はゲームの概念がよくわかっていないだけなんだろうけどさ。


「とにかく、馬鹿なこと考えないでいいから。この世界であんたとまともに付き合えるのは魔王ちゃんくらいしかいないと思って明日は本気でやってよ」


 勇者が婚活に失敗したとしても私を元の世界に返してくれるというのは嘘ではないだろう、それでもここまで見守ってきた縁もあるし勇者には幸せになって欲しいという気持ちが多少なりともある。エンディング通りにしないと駄目とは言わないが、この世界のNPCの無機質さやモラルの狂い方を知ってしまった今では感情豊かな勇者をたった一人でこの世界に残していくことへの罪悪感だってある。

 この世界がブレイブファンタジーに沿ったものならば、きっと魔王ちゃんの存在は勇者の救いになってくれるだろう。


「どうせなら可愛いお嫁さん見つけようよ。そんで、すっきりした気持ちで私を日本に帰してよね。勇者?」


「・・・・・・・・・・・・ぐぅ」


 なんだ、いつのまに眠ってたのか。


 すやすやと寝息を立てる勇者。眠ってるときはいつものぶっきらぼうな顔じゃなくて穏やかでちょっと幼く見える。よく見れば長いまつ毛も、多分一生消えない顔の傷も、『ブレファンの勇者の顔』じゃなくて、今は『勇者の顔』に見える。


「最初は解釈違い極まりないって思ったけど、今では勇者のこと結構好きだよ」

 最初に会った時ほどイケメンだなとは思わなくなったけど。




 *

 ビリオールの街で新たな馬車を借りて半日、たったそれだけの時間で魔王城にたどり着くことができる。ゲーム中は強力な魔物がはびこっていて碌に馬車を出せなかった魔王城付近も平和な世界になればただ文化レベルが高めの地域だ。


 かつては黒と濃紫の混じった瘴気を放っていた石レンガ造りの巨大な城。おどろおどろしいエフェクトが消えた今も冷血さのある無機質な造りはどこか不気味さを感じる。現代日本にあったらコスプレイヤーとかが集まりそうな禍々しい外見をしている。


「・・・魔王城、いつか訪れるかもしれないとは思っていたがこんなに早く再訪問することになるとは思っていなかった」


 勇者はと言うと、昨晩の出来事を綺麗さっぱり忘れて元気いっぱいになっていた。正直ちょっとだけぶん殴りたい気持ちになったけど元はと言えば私にローシャ村の紋章を貸してくれたから酔いどれ状態になってしまったわけだし、私の昨晩のことは知らないふりをしてあげている。まぁ、何かされたわけでもないし。


「そして魔王との再戦。今度は俺一人で戦わなくてはいけない・・・準備は万全にしてきたが、やはり少し緊張するな」

「無敵の勇者様でも魔王戦は怖いんだね」


「あぁ、いくらの俺でも魔王はそう易々と倒せない」

 覚えたての言葉を使いたい小学生かこいつは。


「しかし、イブキが教えてくれたバグ技とやらがあれば問題ないだろう。いや、あれが無くとも倒せる可能性はそれなりだが・・・」

「勇者が倒れたら私も殺されるかもしれないんだからやめてよ。今度は闘技場でも元仲間でも無く普通に敵が相手なんだからね?」


 当然だが、最終形態を倒すまでは魔王は魔王として振る舞うので普通に極悪非道な奴だ。戦闘狂の支配欲オバケなんてネット上では言われるほどのバトルジャンキー、もし勇者が行動不能になったら近くにいる非力な私なんてワンフレームで殺される。


 一応私の分のヨミガエリソウも買っておいたけど、この世界の蘇生システムが異世界人の私に通用するとは限らないし普通に死にたくない。


「確実に魔王ちゃんを蹂躙しちゃって」

「言葉選びがなんだか物騒だ」


 いつの間にやら魔王と仲良くする事への疑問が飛んで行った勇者は呑気なことを気にしている。


「さぁて、ちゃっちゃと魔王玉座まで行こうか」


 私は魔王城の玄関口、ではなく敷地に入って右側からぐるっと城の反対側に行く。


「イブキ、まさか・・・」


 MAPで言うと右上、魔王城の裏側の角まで行ったところで城の壁を触る。緻密に積み上げられた大小さまざまな石レンガの壁から一つ、加工されたかのようにきれいな正四角形を見つけて優しく三回押す。かち、かち、かちという時計の針が動くような音と共に壁の向こうがゴゴゴゴゴ、と鈍い音を立てた。


「魔王城3階へのショートカットくらい知ってるよ」


 勇者が口をぽかんと開けてゆっくり開く城への道を眺めている。


 当然この仕掛けに驚いているわけではなく、私が知っている事に対する驚きだろう。勇者の個人情報や街の構造を把握している事には慣れていたみたいだけど魔王城の裏ルートの入り方は知られていないと思っていたんだろうな。中で仕掛けを解くことによって解放される再入場用のショートカットを把握するなんてRPGの基本なのに。



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