第10話 勇者、賞賛される
恐ろしい、なんださっきの会話。全然軟派じゃなかった、なんか相手の女の子が凄いイエスマンだった。感情無い奴と感情壊れた奴の会話だったんだけど、怖すぎる。
「何故邪魔をしたイブキ」
道具屋を離れた私たちは夕食の時間も近かったので大衆酒場と呼ばれる店に入った。ゲーム内では設定と背景でのみ存在している施設だったが中身は作中の冒険者酒場とあまり変わらない。
「あの女性を誘えと言ったのはイブキじゃないか」
「交際の誘いまでしなくていいのよ・・・えっと、今まで婚活で出会った女性も全員あんな感じなの?」
「俺から申し込んだら間違いなくあの反応だし、そうでなくても出会いを求めている事を匂わせたら似たような反応だ」
予想以上に勇者はモテるようだ。私の世界で言う超金持ちや超イケメンアイドルくらいのモテ度合いだと思っていたけど、宇宙人レベルというか精神崩壊レベルで全てを受け入れるほどの魅力があるのか、勇者という存在には。
「勇者ってすごいんだね・・・あ、これ固有名詞じゃない方ね」
「そのようだ。だから俺も困っていると言ったじゃないか」
確かにこんな反応されたら異世界召喚もしたくなる・・・のかな。
「ヴィルマさんたちは普通だったのに」
馬車で聞いた二人から見ての勇者は特に変なことも無く普通の意見だった。そもそもいくら勇者が相手だからと言って性格も何も知らないのに交際を受け入れるというのは異常に思える。さっきの道具屋さんには彼氏もいたらしいのに。
「さっきのNPCとヴィルマさんたちと、何が違うんだろう」
単純に勇者の事を知っているかどうか、だけだろうか。それにしても道具屋の反応がひどすぎる。感情とか自分の考えが無いような・・・。
「まるで、同じことしか喋らないゲームのキャラクターみたい」
「ん?」
―――ガシャン!―――
「てめぇ何してんだよ!!!!」
突然の皿やグラスが割れる音に驚き振り向くと、顔を真っ赤にした大男が聖職者の恰好をした男性の胸ぐらをつかんでいた。
「なにあれ、酔っぱらいが暴れてるのかな」
大男は肩から胸にかけて大きな傷があり、筋骨隆々とした黒い肌を見せびらかす服装をしている。ここは大衆酒場なので現役戦士ではないだろうけど大工か漁師か、力自慢なのは間違いがないだろう。
「今俺の事睨んでたよな、なぁ?文句あるなら直接言えよ」
「そんな、勘違いで・・・」
一方胸ぐらをつかまれてつま先立ちでぷるぷると震える聖職者は貧弱そうな身体をしていて非常に頼りない感じだ。ここが魔法のあるRPGの世界だったら実は即死魔法が使える最強僧侶の可能性も捨てきれないけどブレファンの聖職者は回復魔法も即死魔法もセーブも不可能、基本的にただ祈る事しかできないのでこれは一方的に絡まれているだけみたいだ。
「勘違いなわけあるか!てめぇがこっちのことジロジロ見てたの知ってるんだよ!」
「いえ、神に誓ってそんな・・・」
聖職者はあわあわと言い訳するも酔った大男は聞く耳を持たない。男が強そうだからか周りの客や酒場のマスターも強く制止できずに困ってる。
「勇者、助けてあげれば」
「言われずとも」
正義の味方の勇者様が一般人相手に攻撃なんて出来るのかと思ったけど、ちゃんと勇者目線でも悪い人間にうつっていたようで私が声をかけるより先に立ち上がる。
勇者は顔色一つ変えずにスタスタと男二人に歩み寄った。
「ここは食事をする場所なので、戦いを挑むなら外でやると良い」
「あぁ!?なんだてめぇ・・・」
勇者が声をかけながら大男の太い腕を掴む。
「そんなに戦いを挑みたいのなら、俺がいい闘技場を・・・あっ」
その瞬間。男の腕を掴んだ勇者の手のひらの中から、めきゃ、という嫌な音がした。
「・・・・・・痛ででででででででででででででで!!!!!!」
急に大男が叫びだし、勇者も周りの人間を慌ててのけ反る。異常な様子で男はのたうち回り叫び始めた。
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
痛みを訴える大男の腕から血がぽたぽたと垂れ、離した部分からは肉が痛々しくはみ出ている。男が必死で抱える腕はどう見てもまがってはいけない方向を向いていた。
待って、うそでしょ、あれ勇者がやったの?
「痛い、痛い、痛い痛い痛い、助けてくれ、痛ぇよ・・・痛ぇよ」
握りつぶされた桃のように、男の太い腕はえぐれてしまっていた。どういうこと、腕が捥げ掛けるほど強く握ったの?いくらなんでもやり過ぎだ。
「・・・・・・いや、えっと」
「うわああああああああああああああああ!!」
大男はそのまま涙と血で酒場を汚しながら、ぐちゃぐちゃになった腕を庇い店から出て行ってしまった。
「ゆ、勇者・・・」
男を制止しよう腕を掴んだだけで血が出るほどの怪我を負わせてしまうくらいに勇者は強い?
だとしてもそこまでしなくていいのに、力のある勇者が少し実力を見せつけるだけであの男は大人しくなったはずだ。そんなこともわからないで、力に物を言わせた勇者が、怖い。もしかして勇者は力加減ができないのか、それとも魔物との闘いの日々のせいで誰かを傷つけることを躊躇わなくなってしまったのか、いずれにせよあの男は危険だったんだ。
クリア後の世界の勇者は、私の知ってる平和を愛する男じゃなかったんだ。
さっきまで気軽に話せていた勇者が突然恐ろしいものに見えてしまった私は、直ぐに勇者の元に駆け寄る事は出来なかった。悪い人ではないと信じたい、でもこんなに簡単に人を傷つける奴の傍で平気で笑っていた自分が怖くなる。
「・・・・・」
きっと周りの人達も勇者のあまりの強さに怯えてしまっているだろう。昔どこかで読んだ小説で勇者が魔王を倒した後、その力の強大さを恐れた国王に国外追放を言い渡されるされるなんてストーリーがあった。それを見た私は国王を白状で最低な悪役としか思わなかったけど、今は彼の気持ちが少しだけわかる。常識外れなまでに強すぎるモノは怖いんだ。
何もできずにいる私の隣にいた見知らぬ男が、沈黙を破った。
「ありがとうございます!」
その言葉を皮切りに酒場中から、わっと歓声が上がる。
「素晴らしい腕前だ!」
「さすが勇者様!」
「勇者デリック万歳!」
盛大な拍手が勇者を包む。私の想像に反して、勇者の暴力を責めたり、怯えたりする者はいなかった。それどころか大喜びして勇者をたたえている。
「勇者様はお強いですね!」
「助けてくれてありがとうございます!」
「勇者様!勇者様!」
どうして、何で誰も勇者の事を怖がらないの。この世界ではこれが普通なの?
確かにあの大男は悪い奴だったけど、腕が変なほうにまがってたよ、血もいっぱい出てた、簡単にあんな風に怪我を負わせた勇者が誰も怖くないの?
勇者への称賛の声は鳴りやまなかった。この場所で勇者の力に恐怖を感じたのは私だけ、誰もあの男の行動に疑問を持っていない。怖くて言いなりになっているわけでも周りに流されているわけでも無く、そこのいる私以外の全員が本気で勇者の行動をたたえていた。
駄目だ、勇者至上主義に何の疑いも持たない彼らが私には理解できない。
「もう、やだ・・・・・・」
この世界はこんなに綺麗で楽しいのに、ずっとずっと憧れていた街並みなのに。
私は悲しい事に、気づいてしまった。
この世界の人達はきっと、狂っている。
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