第11話 勇者、怯える


 *

 俺はただ、荒くれの手を止めようと掴んだだけだった。


 効き腕を掴んで無力化してしまえばあの野蛮な男は暴力に出ることは出来ないし、ひとまず絡まれていた聖職者を逃がすことが出来る。それ以上暴れるようなら多少の武力行使は厭わないつもりだったが、決して大けがをさせるつもりはなかった。


「助けてくれてありがとうございます!勇者様!」


 そうやって目を輝かせて俺の方を見ているのは先程助けたばかりの聖職者の男、まるで俺が神の遣いかと言わんばかりに仰ぎ見て何度も何度も敬服の意を述べている。


「違う、違うんだ」

 俺の言葉は俺への歓声にかき消された。


 あの野蛮な男の腕を掴んだ時、ぐにゃりと手の中で何かが歪んで、メキメキ、という音を立てて手のひらの中で何かが壊れたような音がした。俺が腕の骨を折り、肉が剝き出しになるほどの力であの男の腕をえぐっていたと気付いたのは男が苦痛に声を上げた瞬間だった。


 腕力に自信がある俺は相手の実力が力自慢の一般人程度だと十分に理解していた。やり過ぎないようにと冷静な思考であの男に触れた。それなのに何故かうっかり果物や卵を握りつぶしてしまった時のように手のひらの中のそれは壊れてしまった。


 冒険が終わって初めて一般人に敵意を持って触れた。多少手荒な展開は予想していたが、あそこまでする気はなかった。あの男は腕を折られるほどの悪ではない。


「さすが勇者様ですね!超人的な腕力だ!」

「見たかあの図体のデカい男の泣きっ面、笑えたよな!」

「やはり悪は滅びるもの。正義の象徴である勇者様の手によって!!」


 正義?俺が正義だと。なんでそんなことが言えるんだ。

 俺がやったことは過剰な制裁だ。何故皆はそれを責めない。やり過ぎだ、おかしい、俺は間違っていると何故言ってくれない。


「今夜は勇者様の武勇を称えて僕が皆様に一杯奢りましょう!」

「では私は勇者様をたたえる歌を歌います」

「じゃあ、わたくしはそれに合わせて踊りますわ」


 違う。違うんだ。そんな風に俺を祭り上げるな。盛り上がるな。称えるな。

 俺は勇者なのに、人間を、世界を守らなくてはいけない存在なのに少し酒に酔って迷惑をかけただけの男の腕を折ったんだ。もう少し気付くのが遅かったら殺していたかもしれない、それくらい俺にとってあの大柄な荒くれは脆く感じられたんだ。


「ちょっと勇者、いくらなんでもやり過ぎだよ!」


「イブキ!?」

 何故か叱られると感じて、咄嗟に俺達が食事をしていた方の席を見る。


 しかし、そこにイブキの姿は無かった。この店に入った時に脱いだ『かーでがん』とか言う耐久性の低そうな上着も一緒に消えている。


 酒場の隅々まで目を凝らしてもイブキの姿はない。まさか、外に出たのか?


「すまない、俺はもう出る。マスター、金はここに置いておく」


 一人で勝手に外に出たとは考えにくい、そのような危険なことするとは思えない。だが、もしそうだとしたら彼女は行く当てもなくどうするつもりだ。


「・・・・・・わからない」

 自分を称える歌声の大合唱を背に街に出る。だいぶ薄暗くなった空が広々としたこの街を怪しげに包んでいて、朝早い人間が多いこの街に設置された少ない街頭がぽつぽつと明かりを灯し始めた。


「イブキ!どこにいる!」


 店の前で声を上げる。いつの間に外に出たのかはわからないが土地勘のない彼女がそう遠くに行くとは考え辛い。


「イブキ!」


 返事はない。この街を初めて訪れた彼女がむやみやたらに遠くに行くとしたらそれは、もう二度とこの場所に戻ってこれなくても良いと思った時だろう。


 何故だ。俺がいないと元の世界に帰るあてが無い事も、この世界がイブキのいた世界とどれだけ違うのかも彼女は理解している筈なのに、なぜいなくなった。わからない。


 愛想をつかされるほどに尊敬されてもいないし、幻滅されるほどに好かれてもいない。ただ目的のために一緒に行動していただけ。それは好意や友情が無い代わりに十分に信頼できる関係性でもあり、俺は一種の信頼を彼女に寄せてすらいた。


「君は違ったのか」


 そう呼ばれるのが嫌だと言われたから、ずっと君の事を名前で呼んだのに。


 イブキが行った言葉は彼女の利であり俺の利でもあると信じて従ったのに、何が不満だったんだ。何故急に姿を消す。


「何故だ・・・・・・・」


 あの男を止めろと言ったのはイブキだ。俺もそうしようと思っていたが君も賛成していたはずだ。実際酒場の連中は喜んでいた、なのに何故君はよくやったと言わないで俺から逃げたんだ。


 考えろ、考えろ、考えろ。彼女は異世界の人間、そして女性だ。俺が考えても恐らくわからない、他のやつとは違う。でも考えろ。


 イブキが、俺から逃げたとしたらその理由は・・・。


「俺が怖かった?」


 ぽろ、と口から出た言葉は俺自身の自己評価に近い結論だった。

 俺にとっては当たり前だが、酒場にいたほかの人間が微塵も感じていない感情を答えにするにはあまりに身勝手だ。これはきっと俺だけがおかしいもので、周りにいたあいつらの考えが普通な筈だ。だって俺は愚鈍で不器用で人の気持ちがわからない男だ。俺と同じ考えをイブキが持っているわけがない。


「そうだ、まさかイブキが俺を怖がるなんて、・・・それはあり得ない。俺の都合の良い妄想だ」


 人間はどれだけ鍛えても孤独と退屈に勝つことは出来ない、どこかの国の本棚で見つけた本にそんなことが書いてあった。つまりこれは価値観の相違という孤独に耐えかねた俺が導き出した都合の良い結論だ。合理的ではない。


「では何故だ、考えろ。考えればどこに行ったか分かるかもしれない」


 むやみやたらにトピアリウスの街を歩き回る。この街には優秀な漢方屋がいるものだから他の街より世話になった回数も多く土地勘がある。

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