第12話 勇者、触れる
「・・・そうか、中央広場に行けばいいのか」
トピアリウスは中央広場を中心に六枚の花弁のような形で道がつながる変わった形の街だ。もしイブキが酒場から遠く離れた場所へ行ったのなら広場を通過しなくてはいけない、そこで目撃者を探そう。幸い彼女は異世界の制服と呼ばれる奇妙な恰好をしているしこの世界では珍しい色の髪だから見かけた者がいればきっと覚えているだろう。
「よし、そうしよう。これは素晴らしい提案だ・・・」
「何をぶつぶつ言ってるの?鈍感なだけじゃなくて根暗勇者になっちゃった?」
「!?」
広場にたどり着くと、まるで待ち合わせ場所に俺が遅れてきたかのようなふてぶてしさで当たり前のような顔をした彼女が立っていた。
「イブキ!」
俺が駆け寄ろうとすると、彼女は両手を前に出して声を張り上げる。
「ま、待って!!」
俺の身体は不思議なことに、骸骨戦士に命令されたヘルドックの如く彼女の言葉に従ってぴたりと足を止める。忠誠を誓った気はないのだが。
「ごめん勇者、これ以上近付いちゃ駄目」
広場の中央に設置された無暗に明るい噴水が彼女の背後にあるせいで、表情が良く見えない。イブキは怒っているのか、多分そうだと思うが。
「えっと、すまないイブキ・・・俺が何かまた怒らせるようなことをしたのか?これを言うとイブキはもっと怒るだろうけど、その、理由がわからないから教えて欲しい」
「・・・・・・」
イブキは黙って俺の言葉を待った。
「それに、いくら俺に対して激憤したとは言え勝手の知らぬ街をふらつくのは危険だからやめてくれ!心配するし、この世界は平和になったとはいえ、イブキのいた世界よりは恐らく危険も多いんだ」
俺が言いたいことを言い切ったのを察したのか、イブキは小さくため息をつく。
「・・・ふぅ」
これは相当頭に来ている様子だ、謝罪はしたが何か足りないのか、俺はどうすればいいのだ。
「えっと、とりあえずその、宿に行かないか?トピアリウスの宿屋は一軒しかないから部屋が埋まってしまっては困るし・・・・・・」
「私は別に怒ってないよ」
「!」
イブキは右手で反対の腕をぎゅっと握り、自分自身を抱きしめているような仕草をした。その姿は知能ある魔物が殺される寸前に取る行動によく似ている気がした。
「怒ってるんじゃないの・・・」
俯きながら小さな声でえつぶやくイブキは、ただでさえ小さな身体がもう一回り小さく見せ、確かにその姿から怒りや威圧を感じない。寧ろどちらかといえば俺に対して怖気ているようだ。
「俺に殺されると思ったのか」
はっ、と顔上げる。噴水の光による逆光で表情は見えないが、やっとイブキと目が合った気がした。
「まさか、俺が怖いのか」
一度浮かんで、あまりにも俺にとって都合の良い答えだと感じて消した回答。明らかにやり過ぎた制裁を行った俺を誰も恐れず、責めない事への不信感から出た共感を求める俺の予想はあながち的外れでなかったようだ。
イブキも俺と同じ考えを持っていた。酒場の空気に不気味さを感じ、俺の暴力的な行いに驚愕した。
「そうなんだな、イブキ」
「・・・・・・当たり前じゃん」
震えた声で強気に返って来る言葉。泣いているのだろう。
イブキの世界には魔王も魔物もなく、遠い街に移動する最中に襲われる心配のないあくびが出るほどに平和な世界だと聞いた。もしかしたら、人間の血を見る経験だって殆ど無かったのかもしれない。だとすれば俺に怯えるのは当然だ。
「怖いよ、っていうかドン引きだよ。あの大きな男の人凄い痛がってたじゃん。血もたくさん出てたし叫んでたし、多分骨折してたよ」
言い訳のしようがなかった。俺は共感した。
「確かに迷惑かけてたけど、あそこまでやらなくていいじゃんって思ったよ」
「・・・その通りだ」
「そりゃ、怖いよ?なんかすごい簡単にぐちゃって感じで、勇者は全然力入れていませんって顔して腕ボロボロにしちゃったんだもん。なんであんなに平気な顔ができるのって、本当に怖かった」
「平気ではない、無意識だったんだ」
「無意識?無意識で人の腕折るの?勇者にとって人間ってそんなに気軽に傷つけて良いものなんだ」
「違う、そういう意味ではない。自分の力を見誤ったんだ。あの男の太い腕が想像より脆くて、俺だってやり過ぎたと思っている」
「嘘だ。だってみんな喜んでたじゃない。誰もあんたの事を咎めようとしないで、大喜びで勇者の事たたえてたじゃん・・・本当はみんながおかしいのに、この世界じゃ私だけがおかしいんだよ」
イブキの目には俺が怪物に見えているのだろう。町の人々は怪物の言う事に疑問を持たない狂人だと思っているのだろう。
そう思われて当然だ。
「おかしいのはこの世界だ。イブキじゃない」
少なくとも俺はそう思う。
「・・・・・・」
イブキは黙って俺の方を向いている。
「あそこまで傷つけるつもりはなかった。本当にただ止めようとしただけだ」
そっと、俺が一歩踏み出すとイブキはびくりと身体を緊張させた。
「俺自身も何が起こったのか理解できなかった。急にあの男が痛みだして、手のひらが血まみれになって、驚いた」
だが、制止する言葉は飛んでこない。
「あの場にいた君以外の人間全員が、俺を褒め称えたことも理解が出来なかった」
逃げようと後ずさりもしなかった。
「不気味に感じた。力の制御ができない自分が怖かった」
あと数歩、というところまで近づくとやっとイブキの表情が見えるようになった。
「怖かったが、俺だけがそう感じているのだと・・・俺が特別変わり者なだけで、常識はそういうものなのかと思った」
イブキは目に涙を浮かべ、酷く怯えているにもかかわらずキリリとした意志の強い瞳で俺の事を睨みつけていた。
「だから、イブキに俺の行いを叱って欲しいという幻想すら抱いた」
「叱って欲しいだなんて、勇者ってマゾなの?」
「なんでもいい、イブキが共感してくれるなら」
「・・・」
言葉の代わりに、イブキの右手が差し出された。
「なんだ?」
「つ、つぶしたら殺すから」
手も、声も、肩も震えている。
「何の話だ」
「握手!」
裏返った叫びが中央広場に反響した。
「私の手を握って、握手しろっていうの。いい?絶対傷つけないで、握りつぶしたら絶対殺すから」
力強く手を差し出して毅然として見せようとするその様は、痛々しくなるほどにか弱くか細く怯え浸っていた。
「は、はやくしてよ。腕疲れちゃうじゃん」
ここまで怯えているのに俺と握手をする理由。
「俺を許そうとしてくれているのか?」
「質問しないでいいから、さっさとして」
「・・・・・・わかった」
当然なだら人間に触れたことがないというわけではない。人込みで肩がぶつかる事も、盗賊団を相手に本気で殴り合ったこともある。握手くらい、どうという事ではない。
しかし、イブキからしてみれば俺と触れ合うのがどれだけ怖いことなのか計り知れない。もしかしたら最悪の場合腕ごと持っていかれるという悍ましい想像をしていてもおかしくはないのだ。
「大丈夫だ、俺を信じていい」
俺はゆっくりと右手を差し出して、ガラス細工を扱うように慎重にイブキの小さな手を握った。
「・・・・・・っ!!?」
俺が手を握った瞬間、つばを飲み込み声を抑えたのが分かった。
「痛くないか」
酒場を出てどれだけ時間が経過していたのかはわからないが、イブキの手はひんやりとしている。
「怖いか?」
手のひらと手のひらの間に冷や汗が流れた。久しぶりに他人の体温や生命力を感じた気がする。肌が触れる機会なんて、母親が亡くなって以来なかったから本当に遠い記憶のものしか持っていない。
「嫌じゃないか?」
「うるさい。質問責めしないで」
イブキの声はもう震えていなかった。
「握手するくらいで手を握りつぶす程強いわけじゃないのね」
「あぁ、街で握手を頼まれることもあるくらいだ」
「うっかりぶつかった時にトラックではねられたみたいにならない?」
「とらっく、がわからないが心配はいらない」
「抱きしめた時に相手の身体ぐちゃぐちゃにしたりしない?」
「やったことがないからわからない」
「正直ね」
ふふっ、と笑うイブキはいつもの調子を取り戻したようだ。俺の手をパシッっと叩いて跳ねのけると堂々と歩き出す。
「仕方ないから信じてあげるし共感してあげるし手伝ってあげる」
「・・・いいのか?」
「いい悪いもなにも、勇者の婚活終わらせないと元の世界に戻れないんだから仕方ないじゃない」
「それはそうだが・・・」
「それに、この世界で暮らす気は完全になくなっちゃったから」
気丈に振る舞う彼女を見ていると、何故か暖かな気持になる。彼女を同意なしにこの世界に召喚したのも、無理やり協力させているのも俺なのに、イブキは常に前を向いて歩み寄ろうとしてくれている。
イブキの期待と努力に応えて俺が納得のいく未来を見据えることが出来た日には、喜んで元の世界に返そう。
それまではもう少しだけ、イブキとの会話を楽しみたいと思った。
「誰かと話していたいと感じたのは初めてだな」
「勇者!さっさと宿屋行くよ」
このトピアリウスの街に来たばかりの筈である彼女は真っすぐ、迷うことなく宿屋の方へ走っていった。
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