第13話 勇者、驚愕する


 結論として、私はやっぱり勇者の事が割と怖い。


 本人に悪意が無い事も少し触れるくらいで大惨事になることも無いのはわかったけど、それでも酒場での一件は平和ボケした現代日本産女子高生にはショッキングな出来事だった事に変わりない。


「すまないイブキ、この部屋しか空きが無かったんだ」


 それはそうとして、藍浦伊吹十七歳。今夜はじめて家族以外の男性と同じ部屋で一夜を過ごすことになりました。


「まぁ仕方ないよ、私が逃げ出したのも悪いし、寧ろ一部屋空いててラッキーだったね・・・あ、こっちのベッド私が使うから」


「あぁ、わかった」


「わかってると思うけど何かしたら許さないから」


「・・・何かとはなんだ?具体的に何が駄目なんだ」


「そんなの私に手を出したらって意味に決まってるじゃん」


 さすが冒険中美女二人と同じ部屋で寝泊りしていた男は違う、私に対してそういう感情がわくという発想が無いのか。


「心配するな。イブキに暴力を加える事なんてありえない」


「いや、そっちじゃなくて・・・・・・まぁいいや」


 もしかしてこの男、そういう性的な話に全く関心がない?

 だったらリコリスちゃんみたいな超絶可愛い女の子が傍にいて何も起こらないのも納得だ。もしくはブレファンが性描写のレーティングマークついていないゲームだからその主人公もめちゃくちゃピュアとか?


 扉側のベッドに腰を下ろす私を気まずそうに見ている勇者は自分の手のひらに血がべっとりついている事にまだ気が付いていない。


 さっき握手をしたときに私が一番に感じたことは「うわ、手洗ってから来いよ」だった。もはやデリカシーとかの問題ではない、普通に汚いし不快だし怖い。握手した後に勇者は手汗がどうとか言っていたけど血がついたほうがよっぽど重要なのでそんなこと微塵も気にする暇はなかった。


 こんなふざけた男だから生命を摘み取ることになんの感情も抱かないバーサーカー的思考を持ったヤバいやつだという可能性は考えたけど、どうやらただひたすらに鈍いだけみたいだ。勇者の発言からすれば力の制御が出来なかったのは今回の件が初めてのようだし、色々と推理が必要になるだろう。


 気になることはまだある。軟派したら即彼氏と別れると言った道具屋レイラさん、やばめの勇者に大喜びした酒場にいた一般人のみなさん。今までの勇者から聞いた話も考慮すれば、この世界のほとんどの人間がああいった勇者様万歳的な思考を持っていると言える。それなら最初に勇者が婚活をしていた時に異常なほど女性に言い寄られてうんざりしたというのにも納得がいく。


 ただ不思議なのはヴィルマさんとリコリスちゃんはかなりまともな考え方をしていた事。あの二人だけは他の人達と違って人間らしい思考で勇者の事を見ていた。単純に長く一緒にいるからだけだとはどうにも思えない。そういう問題ではなく単純に考え方の深みというか、他の人達はなんだか適当なんだよな・・・。


 一般人の皆さんは言うなれば自分の考えが無いみたいだった。もちろん比喩的な表現ではなくて言葉通りの意味合い。


 もしこの世界が本当にブレイブファンタジーという一つのゲームをもとに作られているのなら、現実世界ではありえないようなルールが存在していても不思議ではない。ゲームの世界をリアルにした時に生まれたひずみに対して無理やり整合性を取ろうとするのはこの世界の人間が会話をするだけで職業と名前がわかる件で立証済みだ。ここがゲームの中だという前提を持って、ゲーム内ではNPCとして扱われていた一般人の事を改めて考えれば何か見えてくるかもしれない。


「なんていうか・・・あの人たちはまるで、繊細な思考が出来ないロボットみたいなんだよね」


 ろぼっと。自分で行った言葉にふと思いついた。


「あ。もしかして、戦闘AIの有無が関係している?」


「イブキ?えーあいとはなんだ」


 私が色々と悩んでいるうちに、いつの間にかシャワーを浴び終えて部屋にもどってきた勇者が不思議そうな顔をしていた。


「勇者、シェリノア姫は勇者ならどんな人でもいいって婚約を申し込んでくれていたんだよね?」


「ん?そうだ。直接言われたわけではないが、国王が嘘をつく意味はないから事実なのだろう」


 モブNPCとそれ以外の可能性も考えたが、どうやらシェリノア姫も困った側の思考を持っていそうだ。一般NPC、そしてエンディングが存在するシェリノア姫にはなくて勇者パーティの二人にだけあるゲームシステムの戦闘AI、これが関係しているような気がする。


 ブレファンの戦闘では仲間に細かい指示を出せない。故におおまかな作戦支持を基準とした各キャラクターの戦闘AIがその場にあった行動をとる。隠しパラメータである好感度や対峙する敵とキャラクターの現在のステータス、それらを加味して自分で考えることが出来るAIはいわばこの世界におけるキャラクターの『思考』部分をつかさどっているのではないだろうか。


 逆に言えば戦闘にかかわらないキャラクターは決められた時に決められたセリフを言うだけ、勇者パーティに比べると単純な作りになっているかもしれない。寧ろゲームの作者ですら会話の必要が無いモブNPCの性格や生い立ちを決めていないと考える方が自然だ。決まっていない、存在しない部分を曖昧に再現したとすればその思考回路は単純で、イレギュラーを自然に対処できないはずだ。


「そっか、やっぱこの世界はブレファンの延長線上にある。ゲームそっくりな異世界じゃなくてブレファンを再現した世界だと思えばいいんだ」


 異世界召喚、という環境のせいでゲームの中に入ったという意識が薄くなっていたけど私が今いるこの世界そのものがブレイブファンタジーを基にして作られた場所だと思った方がよさそうだ。


「よくわからないが、ここの世界はリアルだ。ゲームではないと思う」


「んー、それはそうなんだけどね」


 もちろん原作にはこんな自由度はない。リコリスちゃんとヴィルマさんの百合婚は裏設定としてあったのかもしれないけど、勇者が大衆酒場の喧嘩を止めたり道具屋のモブをナンパしたりするイベントは聞いたことが無い。そもそも禁呪を使った異世界召喚という設定はあり得ない。


「クリア後の世界を歩き回るなんてこともできないしなぁ」

 結局のところ、細かい事はよくわからない。


「原作だったら一般人NPCに殴り掛かろうとしてもできないし」


 途中の村にいるめちゃくちゃムカつくクソガキNPCがいるので私はプレイ中何度もそいつを剣でズタズタにしたいと思ったけど、街や村の中で戦闘をすることは出来ないし会話の途中でぶん殴るという選択肢も出ない。

 ということは酒場の大男を制止するという行為もゲームにとっては大きなイレギュラーになるのか。


「勇者、冒険してた頃にアトムスの街の冒険者酒場で腕相撲した?」


 これはゲーム内で起こるサブイベントの一つだ。


「ああ、相変わらず細かいところまで知っているな」


「その時って全勝できたの?」


「いや、最後の戦士に負けた」


 アトムスの酒場での腕相撲対決は5人の冒険者と連続で腕相撲ミニゲームを行い全勝するとレアアイテムがもらえるというもの。しかし悪ふざけのような難易度のため魔王を余裕で倒せるくらいまでレベル上げをしたうえで高いタイピングスキルを持っていないと最後の戦士にはかなわないのだ。


「じゃあ勇者の力がめちゃくちゃなパラメータになっているわけじゃなさそう」


「何の話だ?」


 あくまで仮説だが、やっとこの世界のルールが少しだけ見えてきた気がする。悲しい事に見えてきたルールは、勇者にとっても私にとってもあまりありがたいものではなかったけど。


「えっとね、さっきの酔っぱらいの人は簡単に言うと体力も耐久力も攻撃力も0なの」


「なんだと?さすがにそれはないだろう。一般人にしては頑強な肉体をしていた。下手したら肉体派ではない下級冒険者・・・薬師や商人よりも丈夫だと思う」


「見た目はそうなんだけど、システム上は耐久がないんだよ」


「?」


「あの男の人はシナリオ上戦闘しないキャラクターだから耐久値も攻撃力も何一つ設定されていない。道具屋の女の子も聖職者の男の人も全員同じ、一律でステータスが存在しないんだよ。あくまでキャラクターデザインとして屈強そうに見えるけどそれはあくまで側だけの問題というか・・・」


「???」


 ここが現実世界だと思っている勇者にこれを説明するのは難しいか。


「とにかく!勇者の感じた通り、あの男の人が脆かった事に間違いない」


「むむむ・・・」


 納得いかないって顔をしている。残念ながら勇者には伝わらないみたいだ。


「でもそうなると困った事になるんだよね」


「困った事とは?」


「冒険者でも一般人でも、ほとんどの人が勇者にとって脆すぎる。ついうっかりで大怪我させる可能性がある」


 戦闘に参加するキャラクターはリコリスちゃんとヴィルマさんしかいないからな、ゲスト味方キャラでもいたらよかったのだけど。多分勇者パーティ以外のモブ冒険者NPCとかは一般人NPCと同じでステータス設定されていないだろうし。


「それは困るな・・・」


「とりあえず勇者は人間に敵意を持って触れないように気を付けようね」


 もし何かの間違いで勇者が一般NPC女性と結婚したら夫婦喧嘩が即殺人事件になるんだろうな。それでもこの世界の民衆は勇者の事を許しかねないと思うと恐ろしすぎてとても勧められない。


 そもそも雑に作られたAIみたいなことしか考えられないあの人たちと結婚することはないか。もとはと言えばそれが嫌で私を呼び出したんだし。


「そうなると・・・この世界に勇者とまともに恋愛できる人はもういないね」


「なんだと!?」


 ガリッ、と親指を噛んで床に血を垂らそうとする。


「ちょっと待って勇者!禁呪使おうとしないで!!」


「だ、だって、イブキにまでそんなことを言われては、俺にはもう異世界にしか希望が無いではないか・・・!」


 珍しく慌てまくる勇者は少し愉快だ。


「ごめんごめん。えっと、一応あてはあるから大丈夫」

 多分。


「そうなのか?まともな恋愛が出来ないのにか?」


「うーん・・・勇者と恋愛できる人はいないっていうだけだから」


「どう違うんだ?」


「魔王に婚活しに行こう」


 勇者は口をあんぐりと開けて、かたまってしまった。



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