第14話 勇者、流される



 ブレイブファンタジーの魔王は人間達を嫌い、自らが生み出した魔物達を操って人間を滅ぼそうとした。実は元人間とかそういったバックグラウンドは一切なく、ただ自分より弱い存在である人間が、我が物顔で世界を牛耳る事がとにかく気に食わないのでとりあえず片っ端から殺そうとした恐ろしいキャラクターだ。


 中ボスキャラクターの中には過去に人間に叶わぬ恋をして裏切られたことで闇落ちした魔物や、本来は友好的な性格なのに一方的に森を焼き払われた事に怒り狂って暴走した魔物など、それなりに動機があるにも関わらず魔王はとにかく人間が憎く世界一強い自分が大好きというシンプルな悪人。


「それでイブキ、昨日の発言は何の間違いだ?」


 トピアリウスの宿屋に出てくる朝食は野菜たっぷりのメニューだった。キャロライカのサラダとやたらぱさぱさしたパン、そしてセクシーマンドラゴラのステーキ。


「ねぇ勇者、これどうやって食べるの」

 私は勇者の質問を無視して目の前に出されたセクシーマンドラゴラのステーキをフォークでつつく。15センチほどの茶色い根菜のステーキなのだが、その形は二股大根のように手足が生えた生き物のような見た目をしている。さらにムンクの叫びを彷彿とさせる絶望していそうな顔のような模様までついている。ステーキソースの香ばしい香りでそそられた食欲が根こそぎ持っていかれるほどに不気味な見た目だ。


「ナイフとフォークの使い方も知らないのか?リーヴェではできていたではないか」


 どうやら勇者にはこの化け物のような見た目の根菜(?)が美味しそうに見えるらしく、喜んで切り刻みながら食べている。


「なんで無駄にスタイルいいのよこいつ」

 セクシーマンドラゴラの名前に恥じないナイスバディの先っちょをナイフで切り、こげ茶色のソースをたっぷりつけて食べてみる。


「・・・芋系なんだ」

 見た目は何となくゴボウっぽいと思ったけど味と触感は芋に近かった。


「朝食のメニューはどうでもいいだろ、昨日の話を詳しく説明してくれ」

 そうだった。昨日はあまりの眠さに話の途中で眠ってしまったのだ。仕方ない、馬車に揺られたのも石畳の街を歩くのも生身の推しキャラに出会うのも初めてだったのだから疲れていたんだ。私は勇者と違って馬車で仮眠していなかったし。


「イブキは昨日どうやら酷く寝ぼけていたようでな、魔王と婚活をしろなどとのたまわっていたぞ」


「寝ぼけてはいたけどそこは間違ってないよ」


「・・・・・・」


 訝し気な顔で睨まれてしまった。


「イブキはこの世界について詳しいようだが魔王のことは知らないようだな。奴は人語はわかるが話の通じるようなまともな生物ではない、身勝手で傲慢で、何よりも人間を憎んでおり、そして魔王を封印した俺を最も憎んでいる筈だ」


「そうだろうねぇ」


 原作のストーリーでは魔王を倒すのではなく封印・無力化するというのが本来のシナリオだ。どうやらこの世界の勇者も魔王そのものを殺してはいない、何もできないように無力化して厳重に封印しただけのようだ。プレイヤーとしてやることは戦闘で魔王を倒すだけなので封印という設定を気にしたことはなかったが、この場においては一筋の希望の光に思える。


「でも魔王ちゃんエンドあるし」


「魔王ちゃんだと!?」


 ブレイブファンタジーのエンディングの中に存在する魔王結婚エンド。シナリオ中のサブイベントを利用して勇者パーティからリコリスとヴィルマを一時離脱させ、単身で魔王を倒すことによってフラグが立つエンディングだ。

 魔王が既に死んでいるなら不可能だと思ったけど、封印を解いて再戦することが出来ればエンディング条件を満たすことが出来るだろう。

 何より、魔王は仲間NPC以上に狡猾と言われる戦闘AIを持ち、例えレベルカンストさせた勇者ですら一撃で倒せない程度には耐久力があるので夫婦喧嘩が殺魔王事件になる心配もないのだ。


「何か勘違いしていないか?魔王は皮膚を張り付けた骸のような悍ましい見た目をしていてだな・・・」


「はいはい、第二形態では腕が増えて第三形態では頭が増えて両脇にさらに巨大な腕が現れるんでしょ」


「知っているなら何故そのような化け物をちゃん付けする!しかもそのような恐ろしい生物と結婚させようというのか、外道!」


 外道呼ばわりされても仕方がなく、普通に勇者パーティで戦った場合魔王は第三形態までしか変身しない。それでも十分過ぎるほどに歯応えのあるラスボスなのだが、魔王結婚エンドのフラグを立てた状態だとその先の第四形態に変身するのだ。

 第四形態の魔王はプラチナブロンドのロングヘアがトレードマークでゴシックロリータが良く似合う超デレデレなロリキャラだ。強さこそすべてで自身が最も強い生物だと信じていたところ、たった一人で自分を圧倒する勇者にベタ惚れして押しかけ女房するという甘々なエンディングを迎えることになる。


「俺はあんな見た目も中身も悍ましい生物と結婚する気は無い」


 それを知らない勇者は、私が薄汚い皮膚が張り付いた腕や頭の数が不安定で身長が勇者の倍はある骸骨の化け物との結婚を進める頭の可笑しい人に見えている事だろう。私だって攻略サイトで見た魔王エンドの文字を見て驚いたもの。


「でも魔王ちゃん尽くすタイプだよ」


「・・・・・・」


 足がたくさんある虫の交尾を目撃してしまったかのような顔をされた。


「そんなに嫌?」


「嫌に決まっているだろ、気色悪い」


「うーん」

 でも今思いつく中で一番確率が高い相手なんだよな。


「美少女になるよ?見た目はとりあえず解決するよ」


「・・・」


 お、ちょっと考えてる。TS地雷では無さそう。まぁ魔王はそもそも性別が無いのだけれど。


「確かに魔王は悪い事したかもしれないけど、私の知ってる勇者の未来の一つに魔王と勇者が手を取り合う世界があるんだよ?」


「魔王と勇者が手を取り合うか・・・」


 手を取り合うのは美しい教会の前で、物理的な話だけど。


「魔王は不死属性で殺すことは出来ない。だから完全な無力化と封印をもって討伐としたんでしょ?でも勇者はいつか死ぬ、その時に魔王の封印がとけてしまったらまた世界は悪い魔物に怯えることになる。魔王を改心させられる人物がいるとしたらこの世界で勇者の他にいないよ」

 寧ろ魔王ちゃんのデレデレ具合を見れば勇者が死んだあとに闇落ちして世界を滅ぼしかねないけど今は黙っておこう。


「それに魔王だったら勇者のことを思考停止に褒めたたえたりイエスマンになったりしないでしょ。もしなったとしたらそれは勇者本人を好きになった証拠じゃん?元宿敵だからこそ勇者も疑心暗鬼にならずに本気の恋愛が出来ると思わない?」


「・・・むむむ」


「勇者は自分の事を勇者としてではなく一人の男として見てくれる人がいいんでしょ。確かに魔王にとって勇者は忌まわしい因縁の相手だろうけど、それは好意じゃなくて寧ろその反対じゃん?」


「・・・・・・・ぐぬぬぬ」


「それを乗り越えた先にある好きは間違いなく肩書の関係ない、肩書を超えた愛と言えるんじゃないかな!」

 どうだ、流されろ。


「・・・・・・」


 流石に悩んでいる。簡単には受け入れてくれないみたいだ。


「・・・とりあえず、俺は何をすればいいんだ」


「!」


「待て、違う。別に乗り気になったわけではないからな。イブキの作戦を一度聞いてから改めて考える。大体封印した魔王に会いに行くとはどういうことだ、封印を解けばいいのか?それはあまりにも危険ではないか?」


「その辺は五分五分ってとこかな、とりあえず再戦する」


「五分五分とは意外と自信があるんだな。もうリコリスとヴィルマを頼ることは出来ないんだぞ。大体魔王に会いに行くというなら昨日別れずに協力してもらうべきだったのではないか?」


「あー、それはいらないから大丈夫。勇者一人で倒さないと多分意味ないし」


「一人だと?ゲストパーティーも組まずに戦うのか」


 この世界にゲームのシステムがどれほど反映されているのかにもよるけど、上手くいけば裏技を使って楽に魔王が倒せる筈だ。上手くいかずに勇者が死んだら、この世界って滅びるのかな。意外とその場合新しい勇者が生まれるのかもしれない。



「念のためヨミガエリソウをたくさん持っていこうね」

 とはいえ私が元の世界に帰るためにも勇者に死なれたら困るので、作戦は念入りに練りに練ってから挑もうと思う。


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