婚活勇者と世界

第9話 勇者、軟派する



「ほら、ついたよ勇者」


「・・・うむむ」


 ローシャ村から馬車で二時間、花の香りのする街トピアリウスに到着した。もちろんこの街もゲーム中で立ち寄る場所の一つだが、広々として移動が面倒な街という印象だったトピアリウスは街の至る所に草花が咲く華やかな街だった。


「ここがトピアリウスですか、素敵ですね」


「私達も旅の途中で訪れたのだけど、風通しが良くてきれいな街よ。花屋や種屋だけでなく私達薬師が利用するような漢方関係のお店もそろっているの」


 そうそう、ここで買える600Gの漢方薬がリコリスちゃんの特技と合わせて最大ダメージ叩きだせるからって旅の途中何度も買いに来たんだった。花たちにまんべんなく日が当たるように高低差がない街な上にマップ移動するときに必ず中央広場を通らないといけないから漢方屋さんに行くまで微妙に遠いんだよな。


「それで、ヴィルマとリコリスはこの後どうするんだ?」


 とりあえず近くの大きな街に行きたいというリコリスちゃんたちの目的は叶ったわけだけど、夫婦となった二人はこれからどうするんだろう。


「そうねぇ、色々と気を付けて行動したから多分大丈夫だとは思うのだけど、ローシャ村のことがバレてしまったら怖いしリーヴェ領を出て北の方に行こうと思っているわ」


「とりあえずこの街なら長距離移動用の貸馬車屋もあるしな」


「その後の事は・・・のんびり新婚旅行でもしながら考えましょう」


「なるほど、それでは今度こそ別れになるな」


「淋しくなるけど、こうして再出発の前にデリックに会えてよかったわ・・・もちろん、イブキちゃんにも」


「私もリコリスちゃんに会えてよかったです!」

 心から叫びたい。


「デリックのこと、よろしくね」


「こいつはぼーっとしてて悪い奴に騙されそうで心配だからな、イブキがいるならあたしらも安心だ」


 こうして私たちは元勇者パーティと別れた。残念ながらエンディングスチルのウエディングドレス姿を見ることはできなかったけど、二人に会えてよかった。それに、勇者以外のキャラクターと話ができたおかげでこの世界の事が少しだけ見えてきた気がする。




「さて、イブキ。婚活の続きをしよう。次のあてはあるのか?」


 勇者は推しとの別れに浸る暇も与えてくれない。リコリスちゃんとヴィルマさんはあんなに人情味があって人間らしいのに何故この勇者はいつも心やデリカシーが死んでいるのだろう。そもそも勇者の仲間なのだからもっと別れを惜しむべきじゃないのか。


「わかってるけどその前に、一つ確認したいことがあるの」


「確認?」


 馬車で二人の意見を聞いて、勇者は男としてモテないのではないかという強い疑念ができた。元々性格面に難があるとは感じていたけどそれはあくまで現代人の私の価値観で、実際はストーリーの効果とかこの世界独特の考え方とかで勇者に好意を持ってくれる女性が存在すると予想していた。


 しかし、馬車でのリコリスちゃんとヴィルマさんの発言からこのゲームの世界においても勇者は恋人としてナシな男だという可能性が浮上し、今私は非常に焦っている。

 ただでさえ一番確率が高いと思っていた勇者パーティの二人が百合婚していた為に結婚相手の大きな希望が消えてしまったのだから、ここからは慎重に動かなくてはいけない。万が一勇者のお眼鏡にかなう女性が現れたとしても勇者の突拍子もない発言のせいでフラグを折られてはいつまでたっても婚活が終わらない。


「本当にモテるのか知りたいからちょっと軟派してきてよ」


「なんぱ?」


 まずはこの世界の常識的価値観、NPCの考えを知ることだ。この世界の一般人から見て勇者がどの程度魅力的な存在なのかを確かめよう。

 村人たちがリコリスちゃん達のような味方NPCと同じ考えなら勇者は英雄としては魅力的でも恋愛関係を申し込まれては困惑すること間違いない。勇者の頭の硬さやズレた考えは一言二言会話するだけで相手に伝わる筈だから、デートに誘われたりすれば恐らく傷つけないように遠回しに断ってくれるだろう。


「じゃあ、あの道具屋の女の子をちょっと誘ってみてくれる?」


 私より少し年上くらいの可愛いモブNPCを指名する。


「わかった」


 女性経験皆無という顔をしているのに軟派してこいという無理難題に平気で応じるなんてよほど自分に自信があるのか、鈍感なのか。とりあえず私は少し離れてその様子を見守ることにしよう。


「いらっしゃいませ」


「そこの・・・君だ。道具屋レイラ」


 店内に入った途端ずかずかとターゲットの女性の前に向かい名前を呼ぶ。相変わらずやることが雑だ。


「わぁっ、勇者様!私に何か御用ですか?」


 しかし恐ろしい事にこの道具屋の女性、顔をぽーっとさせて嬉しそうにしている。


「仕事中に申し訳ないが俺の話を聞いてくれるか?」


「はい!もちろんです勇者様!!」


「これから俺と食事に行こう」


「はい!」


 え、嘘だろ。こんな簡単なの?


「そして俺と結婚を前提に交際しよう」


「いいんですか?喜んで!あ、私彼氏がいるので今すぐ分かれますね!」


 嘘だろ!?それはダメだよ!


「ちょっとストップ!」


 理解不能なテンポの良さで修羅場が始まりかけていたので勇者のマントを鷲掴み制止に入る。


「な、なんだイブキ何をする」


「すみませんレイラさん!今の嘘です!忘れてください!」


 そのままマントを引っ張って道具屋を後にした。

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