第8話 勇者、見直される
馬車の心地よいリズムに揺られてすっかりスリープモードに入ってしまった勇者は起きる気配が無い。
「デリックが移動中に寝ちゃうなんて珍しいわね」
「そうだな。旅の途中はこんないい馬車に乗ることなかったからな、ここの貸馬車屋は結構高級志向のところだからあたしは初めて乗ったよ」
「そうなんですか?」
当然馬車になんて乗った事のない私をよそに迷わずレンタル手続きをしていたからいつも利用しているところなのかと思った。
「あれ?もしかしてイブキの実家って結構金持ちなのか?普段からこんな馬車に乗ってるとか・・・」
「い、いえ。そういう意味では無くて・・・私馬車に乗るのが今回で初めてなので。あんまり良し悪しとかわからないんですよ」
ゲーム内のスキップ移動は馬車という設定だったけど、ランクがあるのは知らなかった。ゲームに登場しない裏設定とか作者のイメージが反映されているのかな。もしかしたらこの世界がそもそもゲームと大きく違っているのかもしれないけど私には調べようがない。
「・・・なるほど」
とはいえ、長距離移動にしか馬車を使わない筈なので商人や冒険者でなければ乗った事がないというのも変ではない筈。なのに私の正面に座っているリコリスちゃんはなんだかにやにやとしている。
「どうしたんだリコリス」
ヴィルマさんが私の代わりに尋ねてくれた。
「もしかしてデリック、イブキちゃんが初めて馬車に乗るからいつもとは違う高級店を選んだんじゃないかしら?」
まさか、この男が私への気遣いをするとは思えない。ただ王様から貰った魔王討伐の報酬があり余っているから贅沢してみたくなっただけだろう。
「まぁ安い馬車って乗りなれてないとすげぇ酔うからな」
「イブキちゃんたちはリーヴェから来たんでしょう?それなりに長距離だし、本来なら初心者は具合が悪くなってしまうもの・・・私も初めて馬車に乗った時は即席酔い止めを調合したわ」
「えぇ、でもあの鈍い勇者がそんな気遣いとかしてくれますかね、気まぐれじゃないですか?」
「そうでもないぞ、デリックは色々と言葉選びが下手な奴ではあるけど仲間思いではあるからな。装備や回復だって自分よりあたし達のことを優先するし」
仲間思いか。私は別に勇者の仲間なわけじゃないしな。協力者という意味では仲間かもしれないけどヴィルマさんたちみたいな絆もないし。というか私が一方的に言いくるめてしまっただけだ。
「旅の間は貧乏だったからあまり良い生活は出来なかったけど、それでも贅沢するときはまず私達の事を考えてくれていたもの」
「ふーん・・・」
「そうそう、それに戦闘の時は特に出来る奴だよな。指示も的確だしあたし等が狙われないように動いてくれるし」
ゲームシステムの都合で防御力の高い防具を装備出来ない仲間二人が死なないように立ち回るのはブレファンどころかRPGゲーマーとしては当たり前のことだけど、実際に勇者はそれをやっていたのか。確かにそれはリアルならちょっと頼りになるかも。
「でもなぁ、あの勇者が・・・」
私の中でブレファンの勇者と、現在女子高生の頭と肩に遠慮なく体重をかけてすやすや寝ている勇者がどうしても結びつかない。
「イブキちゃんはデリックが頼りになるトコロが想像出来なさそうね」
リコリスちゃんがくすくすと笑っている、可愛い。
「そうね・・・私がパーティに加入した時まだヴィルマがいなかったから二人で旅をしていたのだけど・・・。ほら、私はヴィルマと違ってずっと村育ちだから戦闘経験が全くなかったの。薬師だもの、魔物どころか人間だって叩いたことがなかった」
「あたしは割と即戦力だったけどな!」
「もう、意地悪言わないでヴィルマ。・・・それでね、初めての戦闘で何をしたらいいのか本当にわからなくて、困っていたの。薬師としての腕に自信はあったのだけど私はただ借り物の杖を持って勇者の後ろで震えている事しかできなかった」
リコリスちゃんの装備できる武器は圧倒的優位なレベル差のある雑魚モンスターをやっと一撃で倒せるレベルの貧弱なものだ、当然殴り役ではない。
「そしたら勇者が『おれに まかせろ』『かいふく たのんだ』って戦闘の時に細かく指示を出してくれるようになって、それで私は勇者の仲間としての自分の役割を冷静に理解できるようになったの。命がけの戦闘の最中に的確な指示を出せるなんて優秀で頼りがいがあると思わない?」
それ仲間指示コマンドだ。ブレファンの仲間は行動指定が出来ない戦闘AIシステムが採用されているから戦況に応じてこまめに作戦を切り替えて戦わないと仲間が余計な行動をとってしまうんです。
「そうそう!あたし馬鹿だから複数敵がいると、どいつから倒せばいいのかわかんなくなるんだけどさ。デリックはいつもあたしが動こうとする丁度いいタイミングでどの魔物を狙えばいいか教えてくれるんだよ!」
仲間へのターゲット指示システムだ。これをやらないと無駄にダメージを与えたり敵の数を効率よく減らせずに被ダメージが増えてしまうんです。
「・・・なるほどです」
本家ブレイブファンタジーの戦略としてプレイヤーが当然のように選ぶ行動はキャラクター達からしたら優秀で頼りがいのある人物になるのか。ゲームではコマンド式バトルだからゆっくりと悩む余裕はあるけどこの世界ではそうはいかないだろう。
そして勇者はプレイヤーに操られているわけでもなく自分の意思でそれをやってのけている。私はまだこの世界の事をゲームだと思う気持ちが抜けないけど勇者は本当に一つしかない自分の命を懸けてこのブレファンの世界を生き延びたんだ。仲間と一緒に。
「勇者って、実は結構すごいやつなんですね」
乙女心理解度ゼロの不器用な男だと思っていたけど、少しだけ考えを改めてみてもいいかもしれない。
「・・・・・・」
今度はヴィルマさんが私の事をじっと見ている。加工しすぎたフォトショップかと思う程に力強く上を向いたまつ毛、アイプチもつけまつげもなしでこの目力は女子として羨ましい。
「イブキってさ、なんでデリックの事を勇者って呼ぶんだ?」
「へ?」
「いや、あたし等は名前で呼ぶし。そうじゃない奴は勇者様とか勇者デリックって呼ぶじゃん?ただの勇者呼びってフレンドリーなのか距離があるのかよくわかんねぇっていうか・・・イブキの実家の風習みたいなやつ?」
私は本名プレイ派だからです!とはいえない。
私は主人公が殆ど喋らないタイプのゲームをやるときは自分の名前の『イブキ』でプレイする。男でも女でも不自然ではない名前だし、ユウスケやキョウコみたいな現代日本人過ぎる名前でも無いので大抵の世界観にそれなりに馴染むからだ。当然ブレイブファンタジーの主人公もデフォルトネームのデリックではなく勇者イブキとして遊んでいた。二次創作や公式資料集を見る時はデリック表記だから名前自体に馴染みはあるのだけれど私の中でこの見た目のキャラクターは勇者イブキなのでいまいちデリックと呼ぶのに違和感がある。
ゲームプレイ中心の中で勇者イブキと思っていたので実際に本人を目にすると名前で呼びにくいです、なんてこんな奇天烈な悩みを抱えているのはこの世界でも現代の世界でも私くらいだろうな。
「あー、べつに理由はないですよ?この呼び方がしっくりくるというだけです」
当然共感も理解もされないので、誤魔化す。
「そうなのか?まぁそんなもんか」
「でもなんだか凄く親しいわよね、イブキちゃんとデリック」
「あぁ、あたしも思った!さっきひそひそ話してる時とか、あんな顔するデリック初めて見たし」
あんな顔、というのは私に朴念仁デリカシーなし男と言われた時の悲しそうな顔のことだろうか。だとしたらそれを見て親しい仲だと感じるヴィルマさんはかなり変わった価値観をお持ちなのでは。
「あたし等と別れてからパーティ組んだんだろ?てことは一緒に冒険はじめて一か月くらいじゃん?もともと知り合いだったのかもしれないけど、だとしてもなんというか何でも話せるって感じがして凄いな。下手したらあたし達より心開いてないか?」
冒険はじめて一か月どころか、出会って二日くらいです。
私からしたらずっと知っていたキャラクターだし、勇者の一番理不尽な行動に初っ端から巻き込まれたから無遠慮になっているだけなんだけどな、ヴィルマさんからしたら打ち解けているように見えるのか。
「あはは、そうですかね」
「やっぱり本当は恋人同士なんじゃないのかぁ?」
「違いますよ・・・あ」
せっかくだから聞いてみよう。私の知っているブレファンの勇者とこの世界の勇者、どちらもヴィルマさん達から見た勇者とは違うみたいだし。
「旅の時の印象でいいんですけど、勇者って恋人や結婚相手としてアリだと思いますか?」
私からしたらこんな超鈍感男が勇者の肩書以外でモテるなんてあり得ないと思っていたけど、先ほどの話を聞く限り意外と高評価なようだし、もしこれでいい回答が得られるなら望みが広がる。
「デリックが恋人?あははは、ねぇな」
「さすがにそれはあり得ないですね・・・」
バッサリ。
「えーと、お二人が交際していない場合でも?」
「無い。そもそも旅の間は別にあたしらそういう関係じゃなかったしな」
「そうね、一度だけキスはしたけど」
えぇ、なにそれ聞きたい・・・。
「あんまり人に言うなよ・・・えっと、リコリス関係なくあたしは絶対ナシ!そりゃ旅のパートナーとしては優秀だしカッコいいとは思うけど、戦闘関係以外がひどすぎる」
「上司としてなら素敵かもしれないけど、家族や恋人になったら苦労しそうね」
「基本的に鈍いんだよな、あいつ。真面目過ぎるし」
「ヴィルマは粗暴過ぎると思うわ」
「あたしは関係ないだろ」
キスの話聞きそびれてしまった。
「・・・でも、こんな事を聞くだなんてイブキちゃんデリックのこと気になっているんじゃない?」
違います、婚活の参考にしたいと思っただけです。
「いやぁ、ただの興味ですよ、興味本位」
「じゃあ、もしデリックに思いを寄せられていたらどうする?」
「・・・・・・あり得ないですね」
だって私、勇者と出会う前から勇者の事知ってるし。
「そんなことないだろ!あいつだって男だぞ、多分」
私にとって勇者はブレイブファンタジーの主人公でしかない、そんな風に肩書や属性だけで見られることをこの男は一番嫌っている。
「だとしても、私にはあり得ないです」
私をこんな楽しくて不安だらけな世界に理不尽に呼んでおいて、この勇者は私に全く興味が無いのだ。
「でも、素敵な女性が現れるといいなとは思っています」
「・・・・・・・・・・・・ぐぅ」
人の気も知らないで呑気に眠る勇者の隣で、私は二人との会話を楽しんだ。
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