第27話 勇者、豸医&繧る


「シェリノア姫だと!?」


 思わぬ正体の発覚にギョッとした表情を見せる勇者だが、私の青ざめた顔でも見てしまったのだろう、目の前の相手が一国の姫だというにも関わらず剣を向けたまま私を庇うように一歩前に出た。世界最強の勇者が敵意を剥き出しで武器を構えているにも関わらず、シェリノアは顔色一つ変えずに穏やかな表情で応じた。


「お初にお目にかかりますわ、勇者さま。魔王討伐記念パーティではお話しできませんでしたものね」

 王族らしい気品のある所作でゆっくりと玉座から降り、大層なドレスの裾を軽く持ってお辞儀をした。その姿はまさしくリーヴェの姫と言えるものだが、彼女のギラリと鋭く光ったアクアマリン色の瞳と、意地悪くつり上がった口元は国民たちの知る美しく心優しい姫の姿とはかけ離れている。


「本当にシェリノア姫なのか・・・何故あなたがこんな場所に」


 遠くからしかシェリノアを見たことのない勇者は、目の前の彼女の姿を受け入れられずに酷く困惑しているのが伺える。無理もない、シェリノア姫はお淑やかで優しく、気品と清楚さに溢れたお姫様。目の前の彼女はそれらの正反対の魔王以上に邪悪な笑みをさっきからずっと浮かべているのだ。


「何故?何故ですって?勇者様のある場所に私がいることの何がおかしいのでしょうか?私はリーヴェの姫、そしてあなたは世界を救った英雄。私というヒロインがあなたという勇者と結ばれるのは世界の理なのです」


 シェリノアは自らに向けられた剣先に臆することも無く、一歩ずつ勇者の元へと歩み寄っていく。


「勇者様は私のもの。私も勇者様のもの。他に理由がいりますか?」

「こ、これ以上近付くな!」

「さぁ、もっと私に近付いて、お顔を見せてください。あなたのその顔の傷も、血豆だらけの不器用な手も、整えられていない眉毛も、出生を現す鈍い赤茶色の髪も、全て私に見せてください・・・・・・あなたは今まで、そんな悪さをしてきたのかも、全部」


 聞いたことのあるセリフに、悍ましい展開がフラッシュバックした。


「危ない!勇者!」


「何ッ!?」

 私は目の前に立つ勇者のマントを強くひき、身体を崩させる。ぐらりと姿勢を低くした勇者の頭上をシェリノア姫の手が透かす。


「逃げて!勇者が消されちゃう!シェリノアに触れちゃ駄目!」

「イブキ!?ど、どういう・・・」

 バランスを崩しつつも直ぐに強く足を踏み出したのを確認し、私は勇者を連れて玉座から離れる。

「いいから逃げて!」

 とにかくここから逃げなくては行けない。勇者はいまだに状況が掴めていないようだが私の言葉を信用して一緒にその場から走り去った。

「・・・・・・まさか、あの女が?」

 背後から恨みの籠った声が聞こえてきたが、シェリノアが直ぐに私たちを追いかけてくることは無かった。




*


「イブキ、どういうことだ、何故シェリノア姫が?それにさっきのセリフはなんだか・・・」


 勇者の手を引き魔王城ショートカットの螺旋階段を速足で降りる。地下深くまで伸びた狭い螺旋階段の中央にぽっかりと空いた暗闇に飛び降りて下まで堕ちてしまいたくなる誘惑に駆られつつも、縺れそうな脚を必死で奮い立たせて一歩ずつ階段を進む。

 一刻も早く魔王城から、シェリノアの目が届かない場所に逃げなくてはいけない。そうしないと勇者が消えて亡くなってしまう。死ぬのではない、消えるのだ。


「なぁ、イブキ、何か知っているのだろう?」

「・・・・・・」

 当然私は知っていた。豹変したシェリノア。そのトリガーとなるエンディング条件やその先に待つ絶望的な結末。知っていたがきちんと回避してきたつもりだ、そのエンディングは勇者だけではなく私にも危機が及ぶし、ゲーマーとしても見たくないものだったからだ。


「まさか、こんな事になるなんて思わなかった・・・」

「どういうことだ?」


 こっ、こっ、こっ、と徐々にテンポの乱れる足音。そのリズムにぶつけるべき真相の言葉を、私は上手く説明できる自信が無かった。なので、まずは簡潔に答える。


「五番目のエンディングが始まっているかもしれない」


 ブレイブファンタジー、五番目のエンディングは『バグエンド』。その内容の過激さはトラウマと言われている悲惨なエンディングだ。


 エンディング条件はリコリス、ヴィルマ、魔王のエンディング条件をすべて満たすこと。


「ごめんなさい勇者、たぶん私のせいだ」

 ゲームの性質上、全てのヒロインのエンディング条件を満たすことは不可能だ。リコリスとヴィルマのフラグは選択肢により片方ずつしか取得できないし、既に仲間メンバーとのエンディングフラグが立っている場合は単身で魔王戦に挑むことが出来ない。


「きっと、私が勇者にバグ技なんか使わせたからだ」


 しかし、何処かのプレイヤーが見つけたセーブデータごとシステムを歪ませる致命的なバグを故意的に起こすことでのみ、本来は不可能な条件を無理やりクリアすることができた。広義的に見ればバグ技の一種だが、にげる九回のような愉快なものではない。このバグ技は物語の全てを犠牲してヒロイン達のエンディン条件だけを満たすようなもので、エンディング以外のストーリーや戦闘、移動が大昔の低予算ゲームよりもバグだらけの物になってしまいまともにゲームを進められなくなる。ぐちゃぐちゃに狂ったブレイブファンタジーの世界を決められた通りに操作し進むことでプレイヤーにもわけがわからないままエンディングにたどり着くことができるのだ。


 最初にこのエンディングにたどり着いたプレイヤーが方法を拡散し、ネットにエンディング動画があげられるようになった。私はプログラミング知識が無いことから実際にプレイはしなかったがその内容は動画と攻略サイトで知っている。


 ゲームを楽しむことを放棄したハッキングまがいのバグ技。それにより、無理やり世界を捻じ曲げて試したプレイヤーが見たのは憧れのハーレムエンドなどではなかった。

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