第26話 勇者、謁見する
「な、なにこれ・・・」
巨大な棺桶に似合わない幼い身体。見覚えのある髪型、そして中二病心をくすぐる特徴的な衣装を纏った少女の形をしたものが腐肉であるということに気付けたのは、近づいた瞬間に感じる脳天まで苦しめるほどのキツイ腐臭のせいだ。
「イブキ、見るな」
勇者は棺桶と私を遮るように仁王立ち、まるで自分の顔でも見ておけと言わんばかりの険しい表情で私を見つめた。
「ご、ごめん、その」
身体の奥から酸っぱいものが逆流してきそうになる。この世界に来て初めて目の当たりにした、ここが死と隣り合わせの世界であるという事。学園恋愛ゲームでもほのぼのシミュレーションゲームでもない、魔物が蔓延り、勇者は魔物を殺すことで先に進む血生臭いRPGの世界。
「うっ、うぐっ・・・」
慌てて口を押えて逆流を拒む。喉の方まで気持ち悪い感覚が押し寄せてきたので必死でそれを飲み込む。目を閉じて、呼吸を整えて、冷静になれと自分に言い聞かせる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。冷静にならないと駄目だ。今までみたいに、ゲームだって楽観視して、達観して、そうでないと正気でいられない。
無理、無理だ。怖い。気持ち悪い。だって目の前にあるんだもの。
「勇者、それ・・・魔王ちゃんの死体だよ・・・?」
私が絞り出した言葉に、勇者は切なそうな顔をした、
「やはりそうか」
真の最終形態である人型の魔王ちゃんを知らない勇者でも、自ら魔王を封印した棺桶が開けられていた事からそれは予想出来ていたのだろう。少し悔しそうな面持ちで私の言葉にうなづいた。
あぁ、魔王は死んだ。封印することしかできない筈の不死の存在である魔王は幼い人間の姿で死んだ。
「信じられない話だが、俺達より先に来た何者かが魔王を倒したのだろう」
普通はそんなことできない。勇者デリックですら、この物語において魔王を殺すことなどできない筈なんだ。
「イブキ、ここは危険かもしれない。ひとまず城を出よう」
必死で無意味な推理を巡らそうとする私の腕を掴み、少し強引に玉座から離れようとする勇者。でも、私の脚は勇者にうまく引きずられてくれない。鉛のように重たい身体と思考は、無意味な推理に囚われて私の行動を制限する。
「駄目だよ、勇者」
無意味な推理というのは「答えが出ない」ではなく、「答えを知っている」から。それ以外の希望ある解を必死に探そうとも、それは全て無意味。
「あいつが、暴走してるんだ・・・」
私はこの世界で唯一魔王を殺せる犯人を知っている。ブレイブファンタジーのルールも設定も外側からぶっ壊して、何もかも滅茶苦茶にする非常識な存在。魔王の死というあり得ない事実は、普通にこの世界を生きていたら出会うことの無い、領域外に生きる特別な存在が動き出していることを示していた。
そしてソレが動き出したという事実は、最悪のエンディングムービーが既に始まっていることを現していた。
「どういうことだイブキ、何か知っているのか?で、でも犯人がいるなら早く逃げなくては・・・」
予想外の状況に声を荒げる勇者。彼の疑問に直ぐに応えようにも、私の身体は既に恐怖に竦み上がっていた。つい先ほど目にしてしまった魔王の死と、その危機が自分の目の前にも迫っているという実感。愚かにも足を踏み入れてしまったエンディングが勇者にとっても私にとっても大きな絶望であり、文字通り神の怒りに触れたようなものなのだから。
「イブキ、黙っていないで教えてくれ!一体誰が魔王を・・・」
「また新しい女を連れ歩いているのですか、勇者様?」
声の出ない私の代わりに、誰もいなかった筈の魔王の玉座が勇者に問いかける。
「だ、誰だ!」
スタッ、と優美さすら感じられる着地音。豪華絢爛で悪趣味な魔王の王座の背もたれ部分に飄々とした様子で立ち、憎悪に満ちた表情で私達を見下す一人の女性が現れた。咄嗟に剣を構える勇者に一つも物怖じせず、魔王の玉座を踏み台にしたまま堂々とした態度で、私の言葉を待っているようだった。
私はこいつを知っている。私の知る限り最悪のエンディングを彩るキャラクター。真っ黒のウェディングドレスには本来の彼女をより煌びやかに見せていた白い薔薇のかわりにあてがわれた漆黒の薔薇、純白のドレスが黒い血で綺麗に染め上げられたかのような毒々しい衣装とは対照的な鮮やかなピンク色の髪。腰まで伸びてふわりと空気を含んだ髪は本来なら彼女の幼さをより強調していた筈なのに、どうしてか幼さではなく純粋な不気味さのようなものを感じさせる。彼女の出生に相応しい淑やかなしぐさで長い髪をかき上げ、不安定な玉座の背もたれに立っていても乱れることの無い美しい立ち姿を見せる、彼女の正体。
「シェリノア・リーヴェシュタイン」
リーヴェ国王の一人娘であり、通常エンディングの結婚相手。黒いドレスを身にまとったシェリノア姫が魔王玉座を足蹴にし、堂々と勇者の前に立ちふさがる。
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