第25話 勇者、警戒する


 開かれたショートカットは一度魔王城地下まで降りて三階に直通する螺旋階段を上るだけの単純なものだ。隠し扉の先に現れた薄暗い地下への階段を降りると、ゲームで見たのと同じ広い円形の空間に出た。天井が見えない程に長い螺旋階段が緩やかな曲線を描き、実際に上るとなると明日は筋肉痛になりそうだ。


 等間隔で壁に賭けられたランタンの小さな光が心もとなく足元を照らす不気味な城内だったが、画面上で何度も通った場所ということもあり、脳内でBGMを流すだけの余裕はある。こつ、こつ、と私の足音だけが広い螺旋階段に響いた。


「大丈夫?勇者」


 そんな私とは対照的に私のすぐ後ろを歩く勇者は少し顔をこわばらせていた。


「えっ、あ、ああ」


「魔物も出ないし魔王も封印されているんでしょ?何をそんなに緊張してるの」


 仮に魔物が出たとしても勇者のステータスなら瞬殺できるだろう。勇者の敵になるような相手はこの世界には魔王しかいない。


「緊張、しているのか?・・・俺が?」

「いや、知らないけど。なんか怖い顔してるからさ。私の代わりに警戒してくれてるならありがたいけど、そんなに怖い顔しないでよ」

 なんだか様子がおかしい。薬耐性の紋章は返したからもう酔っぱらってはいない筈なのに。


「もしかして、魔王に会うの嫌になった?」

 私は魔王ちゃんが可愛い女の子で、最終的にお似合いな二人になる事を知っているけど勇者からすれば悍ましい姿の化け物だ。化け物を引き倒して交際しようなどという作戦があまりに馬鹿げていることに気付かれてしまったかもしれない。


「違う。そうではなくて・・・なんだか、変な気配がしないか?」


「気配?」

 わかるわけがない、バトル漫画じゃあるまいし。


「魔物の残党がいるかもしれないってこと?」


「いや。そういったものではなく・・・強い悪意の気配だ」


 悪意の気配。なんだそれは、私から出ているとでも言いたいのだろうか。


「もしかして魔王の封印が既に解かれているのかもしれない。イブキ、念のため俺が先に四階に上がろう」


 やけに真剣な顔つきになった勇者は私の前に出て庇うように歩く。いつでも腰の剣を抜けるように右手を変な位置に浮かせている辺り、本気で戦闘モードに入っているのだろう。足音を殺した勇者にならって、忍び足をしても上手くいかない私の足音がこつん、こつん、と螺旋階段に響いた。その音に急かされたように私も少しずつ冷や汗をかき始める。


 窓も中間地点もなく、まったく景色の変わらない螺旋階段を数分上り続けると薄灰色をした金属製の扉が姿を現した。


「ふぅ、何事もなくついちゃったね」


 階段の終点は魔王城の三階、玉座のある四階への階段はすぐ目の前だ。ダンジョンセーブポイントが無いこのゲームの数少ない優しさで、長い魔王城の攻略を終えた後、ボス戦前に一度街に戻れるような位置に設置されている。このように色々と鬼畜なブレファンが優しくなってしまう程に魔王戦は厳しい。


「まだ油断してはいけない。先に俺が入るから、イブキは合図するまで階段の途中で待っていてくれ」


「ん。わかった」


 勇者があまりに真剣な面持ちだからつられて少し怖くなっていたので、素直に勇者の勘を信じて従う。平和過ぎて忘れがちだが、この世界は少し前まで悪意のある魔物がうじゃうじゃと徘徊し、戦闘能力のない一般市民は怯えながら暮らすような場所だった。生まれてこの方武器を振り回したことなど無い私のような現代日本女子高生は万が一戦闘が始まってしまえば瞬殺されてしまう。


「じゃあ、行ってくる。イブキは背後に気をつけろ、何かあれば俺の元に来い。絶対に守ってやる」


 少し気の抜けていた自分を改めて律した私を階段の踊り場に残し、勇者は先に魔王戦が行われる四階玉座へ向かった。手すりの影に隠れて覗いた勇者の背中は、玉座に向かって徐々に小さくなっていき、誰もいなくなった玉座の周囲を照らす永遠に燃える篝火が勇者の影を細長くうつしたのが見える。


「・・・なっ」


 静かな城だからだろう、まるでゲームテキストのようにはっきりと勇者の動揺が伝わった。しかしここからでは何が起きたのかわからない。勇者のシルエットは酷く動揺している。


「どうしたの、勇者・・・?」


 声は聞こえない、魔王が復活しているわけではないようだ。魔王がいないのなら別のイレギュラーが発生しているのかもしれないと思い、私は立ち上がって玉座の方へ二、三歩足を進めた。


「・・・っ!?イブキ、来るな!!」


 怒声に似た勇者の叫びと同時に私が見たのは、玉座の奥に堂々と立掛けられた巨大な棺桶だった。棺桶には太い銀の鎖がゆるく巻かれていて、それは、本来しっかりと扉を封じ込めていたのに無理やり何かで引き裂かれたような姿をしている。


 その棺桶の扉は既に開いていて、うっすらと見える中身は赤いクッションだけが残っていた。



 棺桶の中にいたであろう何者かが何処へ行ったのか、その回答は勇者の足元に転がっていた。



 そこに倒れているは、プラチナブロンドの美しい髪を持ち、ゴシックロリータが良く似合う愛らしい少女の、腐りきった肉体だった。

 

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