第4話 勇者、誘導される

「じゃあ早速聞きたいことがあるんだけど」


 私たちは宿屋の二階にある部屋に戻り、先ほどの話の続きをすることにした。昨晩私が呼び出された部屋は勇者が数日間借りっぱなしにしているようでチェックアウトの心配はないらしい。さすがに迷惑なので床にでかでかと描かれた血液の円は綺麗に掃除した。こんなのあとで宿屋の女将さんがみたら卒倒してしまう。


「勇者は身分を隠して恋愛してみたいんだよね?なんでパーティでも結婚相談所でもばか正直に本当の事言ったの?」


「本当の事を言ったというより、顔を合わせれば俺が勇者だとバレてしまうからな」


「そんなに勇者の顔って有名なんだ」


 私たちの感覚で言うと総理大臣くらい顔が知れてるものなのかな。でも私街で総理大臣に出会っても大統領に出会っても気付けないかも。


「じゃあ仮面をつけるとかは?あとは髪型変えてイメチェンするとか!」


 勇者は凛々しく整った顔をしており奇抜な外見ではない。唯一の特徴と言えば頬にある大きな傷だからなんとか化粧や髪型で誤魔化せれば気付かれない可能性がある。


「いめ・・・いや、そんな事をしても意味はない」


「え?なんでよ」


 私の言葉に勇者は少し意外そうな顔をして考える仕草をする。

「・・・なるほど」


 意味の分からない返事をすると、カーテンを開けて窓の外を指さした。


「イブキ。あそこに呼び込みをしている男性がいるだろう、彼の名前と職業がわかるか?」


 言われて窓の外を覗く。中規模な建物の前で威勢よく客引きをしている小太りで少し生え際が怪しいおじさんがいた。当然名前はわからないしどうやら私はこの世界の文字が読めないみたいなので看板の文字から職業を特定することも出来ない。


「わかるわけないじゃん」


「彼はエドモドンド、職業は肉屋だ」


「ふーん」

 知らないキャラクターだ。もしかしたらNPCとして登場していたかもしれないけど、覚えていない。


「俺は彼の事を知らない、名前も職業も今初めて認識した」


「なにそれ、どういうこと?」


「どうやらイブキには見えていないみたいだが、我々は顔を見ると職業と名前が自動的にわかるんだ」


「えぇっ、なにそれ!なんで?」


「何故と言われても、そういうものだからな。生まれつき全ての人間がこうだから疑問に思ったことは無かったが、イブキの世界では違うみたいだな」


 名前思い出せない相手がいるときは便利かもしれないけど、個人情報漏洩の心配がある機能ね。


「つまりいくら変装を試みようとも、周囲の人間から見れば俺が勇者デリックであると会話をしただけでバレてしまうんだ」


 言われてみれば自己紹介もしていないのに相手の名前や職業がテキストの上に表示されるゲームって割とあるかも。ブレファンはモブNPCにも細かく名前がついているタイプのゲームだったから疑問に思わなかったけど、こんな仕組みになっているのね。相当強引な世界だ。


「ちなみにイブキの名前はわからなかった、この世界の人間ではないからだろうか」


 まぁ私はゲームに登場しないし、当然と言えば当然か。


「そういうわけで、この世界の人間を相手に身分を隠すのは不可能だと思ってくれ。勇者の活躍があまり知られていない地域もあるのだが、少し親しくなったらいつの間にか色々と知られていた」


 最初は肩書に興味がなくても身近に芸能人がいたらその人について調べてみるような感覚だろうか。


「なるほどね」


 『おうじとこじき』みたいに偉い人が身分を偽って庶民の生活を体験するなんて私の世界では小説や漫画によくあるストーリーだけどこの世界では破綻するのか。


「勇者はさ、自分が勇者だからって理由で好かれるのが嫌なんでしょ?」


「あぁ、そうだ。俺を慕ってくれるのはありがたいが・・・会話もせずに俺が勇者だというだけで婚姻に積極的になったり媚びるような態度を取られるのは正直悲しい。俺自身という人間を見られていないように感じる」


 平凡な女子高生にはさっぱり共感できない贅沢な悩みだ。私がもし急に人気アイドルにでもなったらチヤホヤされたいと思うのにな。


「つまりさ、『勇者』という肩書がそんなに魅力的でない女性が相手ならいいんじゃないの?」


「そんな者いるわけがないだろう。政治関係者や武力に秀でた一族は当然のこと、一般市民からしたって俺は世界を救った英雄・・・つまり全国民に貸しがあるようなもの。例え良いと思っていなくても俺の言葉は贔屓してしまうだろう」


「だからさ、一般市民じゃない子にすればいいじゃん」


「?」


 私は素晴らしい事に気付いてしまった。


「勇者パーティの女の子がいるじゃない!」


 この作戦は成功率が高く尚且つに会える!


「なんだと!?」


「一緒に冒険した仲間なら『勇者だから』とかそういう気遣いもないんじゃない?そもそも世界を救ったのはその子も同じなんだから二人の思い出にはなっても貸し借りとか一方的な感謝にはならないじゃない」


「た、たしかにリコリスとヴィルマがいなければ俺は魔王を倒すことはできなかった。少なくとも俺は彼女等と対等な関係だと思っている・・・が、仲間を今更そのような目で見るというのは・・・」


 よしよし、思ったより揺れている。それはそうだろう、ブレイブファンタジーの5種類のエンディング内二つは勇者パーティである薬師リコリス・盗賊ヴィルマとの結婚エンドなのだから。勇者もまんざらでない筈だ。そしてできれば私は推しキャラであるリコリスちゃんに会いたいしウェディングドレス姿を生で見たい。


「今更じゃないよ、これからが大事なんだよ。旅の間は恋愛どころじゃなかったでしょ?平和になった今だからこそ改めて一人の女性として向き合ってみればいいじゃん」


「一人の女性・・・」


「むしろその子達も勇者と同じような悩みを抱えているかもよ?勇者パーティだから好かれているのか自分自身が好かれているのかわからない、みたいな」


「なるほど、一理あるかもしれん」


 八割方その場のノリの言いくるめだが勇者には効果があったようだ。相手の気持ちも予想がつかないのに若干『選ぶ側』にいるような態度が気に食わないが今は眼を瞑っておくとしよう。


「でしょ?異世界から知らない子呼び出すより過酷な冒険で絆を深めた仲間の方が絶対にいいって!その子達なら勇者の性格とかいいところとかもいっぱい知ってるだろうし」


「ふむ・・・」


「それでね、どっちも素敵な子だと思うけど私はリコリスちゃんがいいと思うな」


「ほう?それは何故だ」


 私が好きだから!とはもちろん言えない。


「えーっと、リコリスちゃんの実家って近親婚によって栄えてきた一族だから、親に決められた望まない親族と子供を作らないといけないってことじゃない?それって凄く辛いと思うんだよね。まだ恋愛したいお年頃だろうしあの家には味方がいないから一族に縛り付けられるより外の世界で自由気ままに暮らす方が幸せになれそうだと思う」


 本編でのリコリスエンドではシェリノア姫の婚約を『すきなひとがいる』と断りリコリスの故郷であるローシャ村を訪れる。エンディングフラグイベントでローシャ村と一族の悪しき風習やリコリスへの扱いの酷さを知っている勇者がリコリスを迎えに行き二人で新たな旅に出るというエンディングだ。無口で病弱な美少女リコリスが初めて心の底からほほ笑むエンディングスチルは本当に可愛い。ちょっと内容が衝撃的だったけど。


「俺だけではなく仲間の個人情報まで知っているのか、恐ろしいな

「電子書籍の公式ファンブック(設定資料集)も買ったからスリーサイズくらいならわかるよ」


「・・・恐ろしいな」


 私からしたらマニアのゲーム知識だけど勇者達からしたらめちゃくちゃなチート能力を持つストーカーみたいで確かに不気味だな。これからはあんまり不用意な事言わないようにしておこう。


「しかし、リコリスの生い立ちを考えると・・・まぁ、外部の者が連れ出すというのは彼女にとって幸せなことかもしれない、いやでもそんなの勝手にまわりが決めつける事では・・・いやでも彼女の性格からすればもし嫌だと思っていても受け入れてしまうかもしれんし・・・」


「とりあえず会いに行ってみようよ」


「でもしかし、もうパーティは解散したのに用もなく会いに行くというのは・・・」


 でもでも五月蠅い勇者だ。


「半年も寝食を共にしてきた仲間なんだから寧ろ用事が終わったら疎遠なほうが薄情だと思いますけどー?」


「むむむ・・・たしかにそうか?」


 だんだんわかってきたけど、この勇者頑固な割にめちゃくちゃ流されやすいぞ。現実世界だったら募金詐欺とかにひっかかるタイプだ。優柔不断というか、自分の意見を持っているくせに割と容易に言いくるめられてしまう。


「あんたが彼氏だったら苦労しそう・・・」


「ん?何か言ったか?」


「いや、なんでもないです」


 この男から勇者を取ったら割とカスみたいなものしか残らない気がするけど、本当に大丈夫かな。



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