第3話 勇者、プロデュースされる
―――翌朝―――
実家の羽毛布団とは比べ物にならないガサガサとした重たくて寒い掛布団に包まれて目を覚まし、やっぱりこれは夢じゃないと再確認する。もともと夢は白黒で見る派だからわかっていたのだけど、外を見ても日本の片田舎には見えない中世ヨーロッパ風のRPGな街並みが広がるばかりだ。
本来なら俯瞰でしか見れないブレイブファンタジーの世界を細部まで見ることが出来て非常に嬉しいし、景色は本当に美しいのだけど私の心ははしゃぎきれなかった。
「なんだイブキ、起きたのか」
理由は一つ、ノックもなしにノータイムで扉を開けるデリカシーゼロ勇者のせいだ。
昨晩こいつは恐ろしい事を言いやがった。嫁にするために異世界から人間を呼び出しておいて「イブキとは結婚したくない」という身勝手極まりない言葉。思わずぶん殴ってしまったが魔王を倒せるレベルの耐久性を持つ勇者の顔面は私の拳よりも丈夫だった。
しかも、夜も更けていたので話を翌日に持ち込もうと提案したら当然のように同じ部屋で寝ようとしてきやがる。そういえばこのゲーム仲間が増えても宿代変わらないんだよな。勇者パーティってもしかして毎回同じ部屋で寝てたのかな。私は流石に受け入れられなかったので勇者にもう一部屋借りさせた。
「イブキ?もしかして怒っているのか?」
宿屋の朝食は少しもさっとした大きなパンと薄めに切った干し肉とトランプキンのポタージュ。
「やっぱかぼちゃの味なんだ」
ゲームの中では語られない料理の味は私の想像と近かった。現実のものに近い野菜や果物があるから食事によるストレスを感じることはあまりなさそう。
「無視しないでくれ」
眉毛をハの字にしている勇者。起きたてだからか寝癖の形がいつもと違う事で彼がグラフィックではなく実在する人物だと認識させられる。
「べつに怒ってるわけじゃないけどさ。理由は聞きたいよね」
「理由?」
「異世界の女性と結婚したくて私の事呼び出したんでしょ?・・・私の何がそんなに不満だったのかなって年齢も見た目もそんなに問題ないと思うんだけど」
私が拗ねているのは勇者への好意からではなく、こちらが告白したわけでも無いのに一方的にフラれた感じになっているのがひたすら気に食わないからだ。
「そんな!俺は見た目や年齢で人を判断したりしない。イブキは若くて綺麗な女性だと思う・・・しかしそういう問題ではないんだ」
綺麗な女性、という現実世界では言われた事のないお世辞に少しだけ機嫌を直しつつ理由を尋ねた。
「どういう問題なの?」
「実は、俺が異世界召喚を行ったのは・・・」
勇者の説明を聞いてあきれてしまった。要約すると彼は勇者であるが故にあまりに容易にモテ過ぎるので自分を勇者と知らない異世界人を呼び出して愛を育もうとしていたらしい。それなのに召喚した私が勇者を勇者だと知っているから酷くがっかりしたのだそうだ。ふざけるな。
「バカじゃない?」
そんなアグレッシブな婚活聞いたことがない。
「馬鹿とは失敬な。俺は俺自身を見てくれる女性なら例えワーウルフでもオークでも異世界人でも構わないと本気で思っている」
「東京ドーム並みのストライクゾーンの広さだね」
「とうきょうどーむ?なんだそれは」
「なんでもない」
あまりに馬鹿馬鹿しい理由に怒る気もしない。
「勇者も運が無かったね、ブレファンは名作だけどそこまで有名じゃないし。私じゃない子だったら多分勇者の事知らないよ」
「そうか、イブキの世界の人間すべてが俺の事を知っているわけではないのだな」
「自惚れんな」
「そんなつもりはないが・・・まぁ、それなら次の召喚に掛けてみるとしよう」
「え?召喚ってそんなに簡単にできるの?」
ブレファンは魔法の登場しないRPG、召喚魔法のような要素なんてなかったはず。
「簡単ではないが、禁呪の使用回数はあと一度だけ残っているからな」
「え、禁呪!?」
禁呪とは、二週目以降にアンロックされる一個280円の課金アイテム。1プレイにつき二回分しか購入できないが、通常第三形態まである魔王戦の途中で死亡した時にその場で生き返ったり、エンディングフラグなどの取り返しのつかない選択肢を間違えてしまった時にやり直すことができるチートアイテム。
「それって二回しか使えないんじゃないの?」
「そんなことまで知ってるのか!?これは勇者しか知ることができない機密なのだが・・・」
「私のいる世界では漫画雑誌より手軽に買えるからねぇ」
残念ながらお財布もケータイも持っていないので課金は出来そうにもないけど。
「もしかしてさ、その禁呪を使ったら私を元の世界に戻せたりするの?」
禁呪で呼び出されたのなら同じように帰ることも出来るはずだ。
「もちろん可能だが、イブキを呼び出すために一度使ってしまったからな。残念ながらもう一回召喚に使用するのでイブキを元の世界に戻す分は無い」
「え、なんでよ!勝手に呼び出しといて返してくれないの!?」
「いや、だって・・・一回目の召喚で外れてしまったから」
「人をはずれガチャみたいに言わないでよ!」
「がちゃ?」
これは大変だ。この世界に勇者は一人しかいないのだから勇者の禁呪がないと私は元の世界に戻ることが出来ない。いくら好きなゲームの中だからって一生暮らしたいとは思わないし、何より万が一新しく来た別の女と勇者が結婚したら私は頼る人間も何のチートも貰えていないままこの世界に放り出されることになる。なんとしてでもそれは阻止しないといけない。
「ね、考え直そう?次に召喚して勇者の好みのタイプが出るとは限らないし」
「俺に好みのタイプなどない。相手の好きな部分なんて知り合ってから探せばいいじゃないか」
「私みたいに勇者の事知ってる子が出てくるかもよ?」
「イブキじゃなければ知らない人間の方が多いとさっき自分で言ったではないか」
「急に召喚されたら相手も困るんじゃないかな」
「俺が真摯に説明し、危険から守るつもりだ」
「うーん・・・」
頑固だなぁこの勇者。しかも無駄に夢見がちなせいで説得に応じてくれない。
「でも私は元の世界に帰りたいよ」
「禁呪で開ける異世界の扉は一方通行なんだ。一度に複数移動することはできても交換することは不可能だ。すまない」
「勇者の恋人なら勇者の世界で探せばいいじゃん」
「先ほども言ったが、俺はできるかぎりの事を試してそれでも見つからなかったから禁呪に頼ったんだ」
この堅物勇者は何を言っても曲げてくれなそうだ。でも、転生ではなく召喚されてしまった以上私は元の世界を諦められない。
「じゃあ、私が協力するっていうのはどう?」
「協力だと?」
禁呪しか手段が無いと思い込んでいるなら、無理やりでも別の方法を見つけてやる。勇者が納得できる婚活方法。
「無理だったのは勇者が一人で考えた結果でしょ。私が一緒に考える、勇者の婚活をプロデュースするから!」
「いや、そんなこと言われても・・・」
「私は異世界人だしこの世界の事をよく知ってる。勇者が思いつかなかったアイデアだって出るかもしれないじゃない」
「そ、そうか?」
「そうだよ!」
「・・・ぐぬぬぬ」
ぐるぐると頭を悩ませ、何か決意できたのか私の方に向き直る。
「わかった、イブキの知識を借りよう」
こうして私たちは朝の宿屋で熱い握手を交わした。正直のところ全くのノープランだけどなんとか道は開けたので良かったとしよう。
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