第5話 勇者、再会する
ローシャ村はリーヴェ領の隅っこに位置する自然豊かな村だ。年中続く湿気と独特の気候から他の地域では育たない植物が多く自生し、リコリスの実家であるルガトリア一家を中心とした薬師が多く暮らす。
由緒正しいルガトリア一族の純血でありなが生まれつき病弱だったリコリスは後継者になれない出来損ないと迫害されていた。
誰からも必要とされずに育ったリコリスは生きていくために自分の価値を上げようと、六歳の頃から毒草を定期的に摂取するようになった。毒と薬は表裏一体、自身に毒耐性をつけることで他の薬師が扱えないような毒草を薬に利用することができるようになる。毒に身体を蝕まれ、時には血を吐きつつも村で唯一毒を扱うことができるリコリスは優秀な薬師となった。しかし毒に取りつかれた不気味な忌み子として一族からは不気味がられ、彼女の扱いが良くなることは結局なかったという悲しい過去を持つ。
ゲーム内ではローシャ村を訪れた猛毒状態の勇者に薬を煎じたことがきっかけでパーティに加入する。本来はアクセサリー装備品以外で変動しない毒耐性を最初からMAXで所持しているキャラクターで、リコリス関連のイベントを見ないと彼女の過去を知ることが出来ず、通常プレイ中は何故毒耐性を持っているのかわからない。
「・・・筈なのに、なんで全部知ってるの?」
「まぁ、聞いたからな」
転移魔法なんてものが存在しないこの世界は、ゲーム内では可能なスキップ移動も当然出来ない。半日以上かかるローシャ村に向かう馬車での旅路、私は勇者が知っていることについて詳細に聞きこんでいた。もしエンディングフラグイベントでしか知りえない情報を勇者が知っているならリコリスのエンディングフラグが立っている、つまりリコリスも勇者の事を好いている可能性が高いと推理したからだ。
本来ブレファンの特殊エンドに分岐したかどうかはシェリノア姫の婚約を断るところで判明する。誰とのフラグも立っていないノーマルエンドの場合、勇者は何の疑いも持たずにシェリノアと結婚する筈だが、この勇者はそれを断っているそうだ。この世界がどこまでゲームとリンクしているのかはわからないけど、ゲーム通りなら勇者はヒロインの誰かと結婚できる状態にあると考えても良いかもしれない。
「この話を聞いたという事は・・・。もしかして勇者、リコリスちゃんと出会ってから毒耐性上がってる?」
ブレイブファンタジーには魔法がないので一般的なRPGにおける白魔導士や僧侶のようなヒーラー役を担う薬師だが、リコリスは毒薬や強化薬を用いた状態異常付与・バフ効果を与えることも出来る。そして、リコリスのエンドフラグが立つにつれてリコリスは戦闘中に『ローシャのくすり』という効果不明のアイテムを勇者に対して使うようになる。これは戦闘中には『ただしこうかがないようだ』と表記されるものの、使われるたびに毒耐性が少しずつ上昇し、魔王戦の頃には毒耐性80程度になっていて殆どの毒が効かない状態になる。
この毒耐性上昇の秘密はリコリス結婚エンドで明かされる。一族に迫害され、望まぬ近親婚を強いられていると思った勇者がローシャ村を訪れると、リコリスは世界が平和になった事と自分を育ててくれた村への感謝の気持ちと言って勇者を含めた村全員に手料理をふるまう。
しかし、料理には大量の毒が混入してあり、毒耐性を持たない村人は全滅する。
自分をいじめてきた故郷の人間を皆殺しにしたリコリスと困惑する勇者。リコリスは愛する勇者に自分と同じ業を背負い、毒に塗れた穢れた自分と同じになってほしいと兼ねてより考え少しずつ勇者に毒を盛っていたことを告白する。ブレファンの勇者は基本的に引くほど心が広いのでリコリスの告白を受け入れて二人は幸せな結婚をする、という驚きのエンディングだ。当然賛否両論である。
初見はめちゃくちゃ驚いたけど無口クールなリコリスの笑顔と愛情、思い返してみると軽いヤンデレの兆しがあったこともあり私は結構好き。何より道中で聞かされるローシャ村の人間が極悪過ぎるので皆殺しエンドは割と気分がいい。まぁ、あくまでゲームの中ならっていう話だけれど。
勇者の毒耐性が上がっていたら、リコリスエンドの準備が整っていることになるのローシャ村の食事には手を付けないようにしよう。
「ん?俺の毒耐性は全くないが?」
「あれれ?」
予想が外れた。これだけ彼女の事情を知っているのだからエンディングフラグは立っていそうなものなのに、もしかして此方の世界のリコリスちゃんは好きな人に毒を盛らないのかな。
「リコリスのように毒耐性を成長させられるのは運と知識が必要だからな。俺も出来れば耐性が欲しいと思い頼んでみた事があるのだが、即効性を持たせるには貴重な薬をたくさん使わないといけないから無理だと断られたことがある」
「ふーん・・・」
「あ、でもヴィルマは少しだけ毒耐性が上昇していたな」
「え?」
盗賊ヴィルマ。もう一人の勇者の仲間で、酒飲みでちょっとおバカ、豪快セクシーな姉御キャラだ。
「何故だろうな」
「そんな話聞いたことが無いけど・・・」
「もしかしてリコリスから毒薬を貰ったのかもしれないな、俺にはくれなかったのに・・・」
「え、勇者が頼んだ時は断られたのに?」
「二人は仲が良かったからな。ヴィルマはリコリスの過去の話や故郷についても知っていたし」
なんだか雲行きが怪しくなってきたような気がする。私の知っているブレファンと大きく展開が違っているような・・・。
「・・・勇者、リコリスちゃんの過去の話って本人から聞いたんだよね?」
「いや?ヴィルマからだが」
なんで!?と驚きの声を上げようとしたと同時に、馬車の外からギャンと響く大声が飛んできた。
「おぉーい!デリックじゃん!おおおぉーーーーーーーい!!」
「ヴィルマ!?」
「え、ヴィルマさん!?」
勇者が慌てて馬車を止めさせる。気が付いたらローシャ村の直ぐ傍まで来ていたようだ。でもなんでヴィルマさんがここにいるんだろう。ヴィルマさんの故郷は全然違う地方なのに。
「デリックどうしたぁ!なんでこんなトコに?リコリスに会いに来たのか?」
勇者に並んで馬車を降りたそこには筋肉質で背の高い褐色紅髪の美女。キリリとした目つきと長いまつ毛、下は太ももがほんの少し隠れる程度の短いレザーパンツで上は豊満な胸をきつく締めあげたサラシにジャケットを羽織っただけという露出度の高い服装。常に露になっているたくましい腹筋と腰に付けた二本のダガー、そしてイメージ通りの快活で豪快な口調と凛々しい声。
「あぁ、ヴィルマさんだ!ヴィルマ姐さんだ・・・!」
思わず感嘆が漏れてしまう。やっぱり再現度半端ない。セクシーすぎる、かっこいい。
「ああ?なんだこいつ・・・」
勇者の背後でらんらんと目を輝かせる私にヴィルマさんの厳しい鈍色の瞳がつきささった。
「黒髪だし変な恰好してるし・・・どこかの辺境の民族?」
私が来ているのは個性皆無な制服とカーディガンなのだけど、この世界では当然の反応だ。
「あ、えっと、イブキです。はじめまして・・・」
ヴィルマさんは実際目の前にすると背の高さと目つきの鋭さから委縮してしまうほどに荒々しい見た目をしている。というか今気が付いたけどもしもリコリスちゃんやヴィルマさんが勇者の事を好きだったら私は突然現れて勇者と行動を共にしているお邪魔無視に思われてしまうのでは!?
「随分と弱そうなちんちくりんを連れ歩いてるじゃねぇか勇者様よぉ。手先も器用そうには見えないし、武器だって持ってない、とても戦闘で役に立つとは思えな・・・はっ!もしかして、あんたの嫁さんか!?」
案の定勘違いされてしまった。しかしどう説明しよう、あなた方の勇者様は婚活の為に若い女を異世界召喚する激やば必死婚活男ですよとは言い辛いな。
「違うぞヴィルマ、別にイブキとはそういった関係ではない」
「あっはっは、そう照れなくていいじゃんか。よく見りゃ可愛いし、こういうタイプの女はぼけーっとしてるあんたにはピッタリだと思うぜ?」
「いや、ヴィルマさん私は本当に・・・」
ヴィルマさんに可愛いって言われた!
「まさかデリックにこんな可いい感じの嫁さん?恋人?がいたなんて知らなかったよ。あんたは全然プライベートな話してくれないもんなー」
私の言葉も勇者の言葉も聞かずに一方的に勘違いし続けるヴィルマさん。ゲームで知っていた通り人の話を聞かない自由な人だなぁ。
「あぁ!もしかして結婚するからリコリスに挨拶しに来たとか?水臭いな、あたしにも言ってくれよ・・・と言ってもリコリスと違ってあたしは決まった故郷が無いから連絡するのは難しいか。会えてラッキーだったわ」
ヴィルマさんは元々小さな街で生まれたが盗賊団の襲撃によって故郷を全滅させられた。唯一生き残ったヴィルマさんは自分の身を守るために家族を殺した盗賊団の一員となることを決意してそのまま盗賊としての人生を歩む。
略奪行為の最中勇者によって盗賊の頭領が殺害され盗賊団はバラバラになり、その後紆余曲折あって勇者パーティに加入する。ヴィルマが抜けた後新しい頭領をトップにした盗賊団はキャラバン等の雇われ護衛隊となって真っ当な仕事をするようになり、ノーマルエンドのヴィルマは故郷の仇でありながら幼いころから苦楽を共にしてきた仲間でもある元盗賊団と折り合いをつけ、世界が平和になった後は元盗賊団と合流するという流れだった。ちなみにヴィルマルートでは盗賊団での暮らしが全て悪い事では無かった事、勇者が殺した前頭領や幹部たちは残虐で暴力的な人間だったが庇ってくれる優しい仲間もいたことを話してくれる。
「いや、イブキと結婚はしないしするつもりもないがリコリスに会いに来た。まぁ、別にヴィルマでも構わなかったのだが」
相変わらず私に対して失礼過ぎるんだけどこの勇者。
「えっ、あたしでも良いのか?何の用事だよ
」
「俺と結婚する気はないか?」
ちょっと待て、何言ってるのこの馬鹿勇者!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます