第6話 勇者、修羅場になる


「おいこら勇者ちょっと来なさい」

 

 なんでムードも前振りも無視して急にプロポーズするんだよ。ちょっと一旦タイムをかけなきゃ。


「な、なんだイブキ。邪魔をするな」


「いいから来い」


 不服そうな勇者のマントを引っ張り無理やり近くの茂みに連れ込む。


「どうしたんだ急に」


「こっちのセリフだ馬鹿勇者!なんでいきなり結婚とかいうの?ほら見てよヴィルマさんの顔、ドン引きじゃない」


「いや、だってイブキが言ったんじゃないか。旅の仲間は丁度良い相手だと」


「違う!そうなんだけど違う!なにあんた、恋愛したことないわけ?そもそもヴィルマさんでもいいなんて前置きした後に言ったら真剣みゼロじゃん」


「なにも今直ぐ結婚しようと言ったわけではない、これから結婚を前提に交際をしようと提案するところで・・・あと恋愛経験は当然ない」


 デリカシー無いなとは思っていたけどここまでヤバい奴だとは思わなかった。


「はぁ・・・あんな提案の仕方されて了承してくれる女性なんてこの世界にだって異世界にだっているわけないから。馬鹿じゃない?あれじゃ叶う恋も望みが無くなっちゃうよ」


「何が悪かったんだ?此方の希望は予め伝えておいた方が、後々齟齬が無く済むではないか。もちろん交際期間はしっかり儲けたいと思ってはいるが俺にとってのゴールはあくまで結婚なんだ」


「何が悪いっていうか全部悪い、言葉選びから勇者の思考回路まで。後々どころじゃないから、即終了しちゃうから。本当に恋愛する気あるの?女の子の事馬鹿にしてない?そんなんだからモテないし結婚できないんだよ」


「そん何言わなくてもいいじゃないか、それに俺は別に結婚できないわけではない。実際結婚相談所に登録した際には百人の女性が・・・」


「その人たちは全員『勇者』が好きなだけであなたの性格を知っているわけじゃないでしょ。自分だってわかってることじゃない。そもそも、勇者の肩書はあなたの唯一の強みなんだからそれを使わずに恋愛しようなんて相当な縛りプレイなんだからね?もっと相手の事考えないとだめだよ?勇者から勇者属性なくしたらただの朴念仁デリカシー無し男なんだよ?わかってる?」


「そ、そんな・・・」


 勇者になる前はその日を生きる事に精一杯な貧困生活をしていて、勇者になってからは仲間以外の人間と碌なコミュニケーションをとる機会が無かった勇者は色々と自覚が無かったみたいだ。私に指摘されて初めて気付いたのか、思ったよりしゅんとしてしまった。少し心が痛む。

 でもヴィルマさん発言からの結婚しようはいくらなんでもあり得ないと思うの。ダガーでぶっ刺されても文句は言えないよ。


「勇者、いい?誰でもいいような扱いはまず絶対にしちゃダメ。あなただって勇者なら誰でもOKなんて言い方されても嬉しくないでしょ」


「むむむ・・・」


「あといきなり結婚とか言わないの、引いちゃうから。そういう話は良い仲になってから切り出すものなの」


「そうなのか?何故だ」


「重いし怖い」

 友達だと思っていた男が急に「俺と結婚する気がないか?」とか言ってきたらいくら豪快なヴィルマさんでもビビるよ。


「イブキ、俺はどうすればいいんだ」


 非常に困った顔で縋られてしまう。もし勇者が獣魔族だったら耳や尻尾がへにゃんと垂れ下がっている事だろうな。仕方ない、本当はリコリスちゃんとくっついて欲しい勇リコ派の私だけどここまで来た以上はヴィルマさんルートに切り替えるしかない。この流れからやっぱりリコリスちゃんに!なんて言ったら本当に殺されかねないだろうし。


「とりあえずさっきのは緊張して間違えたとでも言っておけばいいから。あとは相手に興味がある事、魔王討伐の旅は終わってしまったけど離れて淋しいと思ったということ、もっと一緒にいたいとか魅力的に感じているとか、好意を伝えるくらいにとどめておいて直ぐに結論を迫らない。こちらに余裕があることをアピールしつつ口説く、あと忘れられたくないとか疎遠になりたくない、もう少し一緒に居たいっていう意思をはっきり伝える。勇者は馬鹿正直すぎるんだからこれくらいで丁度いいでしょう」


「・・・注文が多いが、わかった。やってみよう」


 本当に大丈夫かな。


 心配する私をよそに勇者は意気揚々とヴィルマさんの元に戻っていく。突然変なことを言われた上に放置された彼女は少々怒っているようだ。勇者の隣をついてきている私のことは無視したまま勇者に詰め寄った。


「ないしょ話は終わったのかデリック。さっきのはどういう意味だ、あたしを馬鹿にしようっていうんならあんたでも許さないよ。この子の気持ちも考えてやりなよ、最低男」


 ヴィルマさんからすれば新しい女を連れてきたのに突然プロポーズ的な発言をするとんでもない二股野郎だもんな。


「馬鹿にしたわけではない。そう、緊張して間違えてしまったんだ・・・あとイブキとは本当にそういった関係ではないのだ」


 完全に二股男の言い訳みたいになってる。この勇者にそんな器用なことできるはずがないけど。


「緊張だぁ?」


「本当に言いたかったのは、旅が終わりヴィルマと離ればなれになったことが寂しいと感じているという事だ。君と別れてからの一か月と五日間、俺はずっと索漠とした気持ちでいた。冒険の道中では気付かなかったが君はとても魅力的で、俺は今一番、ヴィルマに興味がある。このまま疎遠になってしまう事が辛い、どうか俺と一緒に居てくれないか」


 そういいながらヴィルマさんの手を握り、じっと見つめる勇者。すごい、私の言った事そのままな気はするし最後の一言はちょっと重たいけど一応口説き文句に聞こえる。これは万が一ヴィルマさんが勇者に好意的なら割かしいいムードになるのでは?


「えっと、デリック・・・」


 手を握られて距離を詰められ、いつもは強気なヴィルマさんも押されている。いけいけ勇者、もう一押しだ。


「返事を急かすつもりはない、ただ俺は・・・君に忘れられたくない」


「あー、えっと、その・・・」


 たじたじになるヴィルマさん可愛い・・・と見ていたらなんだか急にヴィルマさんの表情が怯えたものになってしまった。


「・・・・・・悪いなデリック、今直ぐ手を放して振り向いた方がいいと思う」


「え?」

「へ?」


 私と勇者がほぼ同時に振り向くと、そこには朝露のように透明に輝くしなやかな銀髪を持つ美少女が立っていた。


「・・・リコリス?」


 そう、まさしくそう!ストレートロングの銀髪に濃厚なエメラルドグリーンの瞳、薄幸の美少女によく似合う白い肌と細い体、無口な性格なのに穏やかで母性すら感じる大きくてなだらかに垂れた瞳、そして中世ヨーロッパの園芸師みたいな濃い緑色のワンピースとエプロン。やばい本物だ、本物の推しだ、可愛い、美人過ぎる、どうしよう、好き、可愛い、語彙力と脳みそが溶けちゃう。


「デリックよね、何をしているの?」


 凍るような冷静な口調、透き通った儚い声色、この声は解釈一致過ぎる!よっしゃ!


「えっと、俺はその」


 でもなんか、ちょっと私がイメージしているより勇者に冷たいというか、なんか怒ってる時みたい。まるでローシャ村を全滅させたときのヤンデレリコリスちゃんみたいな。


「まさかと思うけど・・・『』ヴィルマを口説こうとしているなんて事は、ないわよね・・・?」


「ちょっと待てリコリス、わたしのとはどういった意味だ」


「リコリスちゃんってヴィルマさんとデキてたんですか!!」


 推し目の前にして叫びたいけど流石に部外者が口を出すのは良くないし、なるべく空気でいようと思っていたのにそんな新情報出されたら話に入らざるを得ない!


「あら?その子は誰・・・?」


「藍浦伊吹!勇者ともヴィルマさんとも無関係な一般人です!」

 でも怖いので無害アピールはしておこう!


「・・・そう」


「それで、ヴィルマさんとはどういったご関係なんですか!」


「私とヴィルマはつい先ほど夫婦になったの・・・女性同士なのに夫婦と表現するのかは知らないけど、その子は私のものだから手を出さないでもらえる?」


 ふうふ。夫婦?

「つまり百合!?」


「ま、待ってくれリコリス。つまり二人は結婚したのか?」


 あ、勇者がパニックになっている。当たり前か、私からしたら原作にないBLや百合カップリング二次創作なんて日常茶飯事だけど勇者本人からすれば予想だにしないよな。


「リーヴェの法律では同性婚は法律で認められていないのでは!」

 

 気にするところそこなんだ。というかこのゲーム法律とかあるんだ。


「もちろん公的な婚姻は交わしていないわ。ただ私たちは夫婦になったの、故郷も家族もいない私達二人がそう決めたのだから法律なんてどうでもいいじゃない」


 故郷も家族もいないってことは、結局ローシャ村は滅ぼしたのかリコリスちゃん。というか多分これ滅ぼした帰り道に遭遇した感じだな。


「そうか、そういうものなのだな」


 そして勇者は相変わらず簡単に納得する。こんなちょろいなら私の為に禁呪を使ってくれてもいいじゃないか。


「とにかく、ヴィルマは私の可愛い奥さんなの。デリックが相手だから一度だけは見逃してあげるけど・・・次私のヴィルマを口説こうなんて考えたら死の寸前まで意識がはっきりしつつ全身が腐り堕ちる毒を飲ませるわ」


 このリコリスちゃん勇者との結婚エンドの時より怖いかもしれない。嫉妬が凄い。


「わ、わかった。さっきのは間違いだ。そう、緊張して間違えたんだ」


 緊張して間違えたという覚えたての言い訳を連発する勇者ってなんだか情けないな。裏で百合展開になっていると知らなかったとはいえ勇者をたきつけたのは私だけど。


「・・・そう、信じてあげる」


 リコリスちゃんの静かに怒る感じ画面越しではぞくぞくしたけど本物を目の前にするとただただ恐怖でしかない。やっぱり嫉妬深いヒロインは二次元に限る。


「・・・っ」


 関係ないけど嫉妬心全開で勇者を警戒するリコリスちゃんにめちゃくちゃ照れてるヴィルマさんやばい可愛いな。





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