第18話 勇者、改める
「強いて言うならヴィルマか」
ありゃ、私の推しとは違った。同担拒否するつもりは無かったのだけど。
「強気な女性が好きなんだ?」
「いや、撤回する。リコリスだ」
「えー、どっちよ」
「すまない、よくわからない」
「つまんなーい」
堅物な男にこれ以上聞いても無駄かもしれない。
「考えてみたのだが、俺は少々鈍感な部分があるからそれを指摘してくれる相手が必要だと思ったのだ。ヴィルマは剛勇な女性だからそういった意味で俺を厳しく先導してくれそうだと思ったんだ」
少々どころじゃないけども。
「しかし、リコリスは物事によく気が付き俺の世話を焼いてくれることが多かった。年下だが彼女は非常に芯が強く立派な女性だ、俺が過ちを侵しそうになれば詰責してくれそうだとも思ったんだ」
勇者のくせに意外と真剣に考えてくれていたみたいだ。
「しかし、こうして自分を律してくれる女性を求めるというのはどうかとも思う。相手に求めるばかりではなく俺が与えなくては二人の関係は・・・」
「好みのタイプ聞いただけなんだからそんな堅苦しく考えないでよ。自分に足りないものを持つ相手に惹かれるなんてよくあることだよ」
って、聞いたことがある。私はよく知らんけど。
「・・・そうか。しかし俺がもし理想の相手を見つけたとして、相手に好きなってもらう必要もあるのではないかと最近思えてきたんだ」
「最近って、気付いていなかったんだ」
異世界召喚した相手を嫁にしようとか考えているあたり、相手に受け入れられる努力をすることについてあまり深刻にとらえていない気はしていた。NPC達の勇者に対する対応を見た今はその無駄な自身も哀れに思えてしまう。多分拒絶される自分を想像出来ていないんだろうな。
「もちろん気付いてはいたが、人に好かれるというのは存外難しいことなのかもしれないと思ってな」
何当たり前の事を言い出すのだこいつは。
「ヴィルマとリコリスを見て思ったんだ。本当に相手を想うということは時間をかけて相手を理解し、支え合い、絆を深め、心を結ぶ必要があると。少し会話をする程度ではかなわないようだ」
「そりゃそうでしょうよ」
「恋愛というのは難しいんだな」
「勇者みたいな鈍感には余計にね」
現実の恋というのはラブコメ漫画のように鈍感な男がモテることは殆どない。
「私だって最初は勇者の事嫌いだったし、ファーストアプローチ不利なタイプだよね」
「なんだって!?」
がばっ、と布団から勢いよく勇者が飛び起きてきた。
「な、何、急に起きるからびっくりしたじゃん」
「いや、だって今イブキが・・・」
「あぁ」
私に嫌われていると思って慌てているのか、可愛いところあるじゃん。
「ちがうちがう、最初はって話だよ?ゲームのイメージと違い過ぎるしなんか話が通じないし、色々発言がヤバめだったからちょっと嫌だなって思っただけ。でも今はいい奴だって知っているし、もう嫌いとか思ってないからね?少なくとも私は友達だと思ってるよ」
「え、いや、でも、しかし」
誤解を解いて友達宣言までしてあげたのに何故か混乱している。
どうしたんだこの挙動不審勇者。
「その、イブキは初めて俺の顔を見た時、かっこいいだの尊いだの好きだのと言っていたではないか。俺は忘れていないぞ」
「あ、あれ?あれはなんていうか挨拶みたいなもんだし」
目の前に再現率百パーセントのキャラクターがいたからテンション上がって口から出ちゃった言葉だし、あれくらいちょっとした神展開見るたびに言っている。
「挨拶だと!?イブキの世界ではあいさつ感覚で人を尊ぶのか!?」
「結構気軽な奴だから、本気のやつもあるけど私みたいな人間が使うのはノリで言えちゃう奴だから」
大体私が行った『好き』は勇者デリックというキャラクターへの『好き』であって、年の近い男性に対して発したつもりはない。
「・・・・・・そんな」
「もしかして勇者、私が勇者に恋愛感情あるとでも思っていたの?」
「そこまでではないが、かなり好かれているという認識だった」
うわぁ、なんだかこっちが恥ずかしい。なんで平然と言えるんだ。
「尊ぶほどに俺の事を好いているからそこまで親身に俺に協力してくれているのではなかったのか?」
「私が婚活の手伝いするのは勇者の使う禁呪で元の世界に帰りたいからだって、まさか忘れてたの!?」
「わ、忘れたわけではないが・・・」
勘違いに気付いたからか、渋々と布団の中に帰っていく。なんだか普段は逞しい勇者の身体が一回り小さく見えた。
「忘れてはいない。が、イブキが俺に対して協力的な理由は禁呪の事だけではないと思っていたんだ・・・すまない、俺の勘違いだったな」
恥ずかしいというよりショックを受けているといった様子だ。私に思ったより好かれていない事がそんなに悲しいのか。
「俺はずっと、禁呪をダシにイブキに無理をさせていたのだな」
布団の中で弱弱しい声が漏れてきた。拗ねているような罪悪感に押しつぶされているような、布団で見えない勇者の身体がもっと小さくなっているのがなんとなくわかってしまった。
「好きでもないのにここまで俺に付き合ってくれていたのか、ありがとう」
「・・・」
パカラ、パカラ、パカラ、パカラ。
返事に困っている私を急かすように外から蹄の軽快な足音が聞こえてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
勇者は沈黙していて、もしかしたら眠ってしまったのかもしれない。なんとなく起きている気がするけど。
私は改めて考えてみる。勇者の婚活を手伝うのは、異世界移動が出来るあと一度しかない禁呪を私に使ってもらう為。婚活が終われば新たに異世界召喚の必要は無くなり、私を現代に戻してくれるという話だから。
それは間違いないのだけど、最初は鈍くて堅物で面倒に思っていた勇者を今は悪しからず思っている事も確かだ。それは恋愛感情じゃないけど、勇者を応援したいという気持ちが無いわけではない。なにより、平和になったこの世界は私が最初に思ったよりも不気味で、勇者が孤独であることを知ってしまった今は同情する気持ちもある。つまり私は、個人的な感情で勇者を応援したいとも思っている。
自分なりに結論が出たところで、聞いているかどうかわからない静かな布団に声をかけてみる。
「私は勇者に幸せになって欲しいから協力している。うん、間違いないんじゃないかな」
へんじがない。
「もちろん私が元の世界に帰る事は前提だけど、ただの義務や脅しでここまでやってきたわけじゃないよ」
少し敵意を向けて触れるだけで大怪我をさせてしまい、それでも絶対に自分を否定しない一般人に囲まれた勇者はきっと、このまま放っておくと孤独に押しつぶされてしまうだろう。それこそ本当に、ゲームの中に閉じ込められてしまったみたいに。
「勇者を助けたいと思ってるのは私の意思だからさ。あんたは私が禁呪をダシにやらされてるなんて思わなくていいよ」
布団の中から小さな声でありがとう、と返ってきた気がした。
暫くしたら勇者の静かな寝息が聞こえ始めてきたので、私は本棚から『勇者戦記』と書かれた本を手に取った。中身は勇者デリックの英雄譚ではなく、架空の勇者が主人公のファンタジー冒険小説だった。
本を読んでいくうちに、この世界の中で勇者だけが特別なのは彼が勇者だからではなく、このゲームの主人公だからなのかもしれないと思えて来た。
ゲームのイベントに沿わない行動、禁呪による異世界召喚、それはどう考えても勇者が自分の意思で行っている事。本の中の勇者は誰が読んでも一通りのたった一人の勇者だけど、ゲームの勇者はプレイヤーの人数だけ存在する無限の可能性を持つ勇者だ。
多種多様な人生が存在するプレイアブルキャラクターだけが私達人間と同じように無限の可能性を持っているのかもしれない、なんて推理をしていたら本の内容が頭から抜けてしまったので少し戻って読み返した。
「はやく、起きないかな」
退屈な馬車の旅は、ちょっとだけ孤独に感じる。
元の世界の事を考えながら、私の知っているそれより少しだけ濃い黄色の月を馬車の窓から見上げて時が経つのを待った。
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