婚活勇者とエンディング

第19話 勇者、誘われる



 薄っすらと夕日に照らされたビリオールの街は、パレードの最中かと思う程の賑わいを見せていた。この街では、夜になればなるほど人は増え、活発になっていく。私たちが到着したのは丁度退屈な時間が終了してこの街にとってあの本番が始まる、といった時刻だった。


 アイス領の中でも特に大きなこの街は巨大なカジノ施設を中心に成り立っている娯楽観光地だ。中央に堂々と建設された宮殿と並んでも見劣りしない程に豪華なカジノを囲う城下町のような形をしており、他の街には1、2軒程度しか見ないBARが立ち並んでいる。派手な色のドレスを着た女性やバニーガールが店の前で呼び込みをし、多くの男達が気の抜けた顔で店内に吸い込まれていく様子は現代日本の歓楽街みたいだ。私は未成年なので行ったことはないけれど。


 反対側の通り出ると今度は女性向けのそういったお店が多い場所だったようで、胸元の開いた安っぽいスーツのような変わった衣装の男たちが私に声をかけてくる。

「こんばんはお嬢さん、この街は初めて?良かったら僕の店に・・・」

「すまない、我々は行くところがあるので」

 勇者は毅然とした態度で私の肩を抱き寄せ、キャッチに来る男達を追い払った。さっきセクシーなバニーガールに声をかけられたときもやけに冷静に断っていたし、勇者はこういった通りを歩くことにも慣れているのだろう。

「あ、ありがとう勇者」

 ここは素直にお礼を言っておく。普段は偉そうなことを言ってしまう私でも大人の遊び場というのは未経験で、少し怖い。

「恋人だろうが夫婦だろうが遠慮なく声をかけてくるからな。まぁ、それが彼らの仕事なのだから悪く思わないでやってくれ」

 意外と紳士的な対応の勇者を少しだけ見直しつつ、歓楽街を抜けて街の中央にやってくる。

「しかし、いつ来てもにぎやかな街だ」

 ネオンの装飾が眩しいギラギラとした空気は現実世界で体験したことのない少し危ない雰囲気を醸し出している。その中でひときわ目立った名物巨大カジノ施設はゲームで見るよりも華やかで、それでいて怪しさを纏っていた。

 きっと初めてお酒を飲むときはこんな気持ちなのだろうな、とか余計なことを考えながら私は勇者に続いてカジノに足を踏み入れる。



 施設内に入った途端耳を襲うのは、賑やか過ぎる館内BGMやスロットマシーンのガシャンガシャンという機械音、そして至る所から響いてくる客たちの感極まる歓喜や悲鳴だ。若干高めに設定されたように感じる室内温度と、そこかしこから香るキツめの様々なアルコールの匂い、一瞬にして気持ちが高揚するような気怠いような不思議な感覚に襲われてしまう。

「なにこれぇ、本当に大丈夫なとこなの?まさかまた悪徳商人せいでヤバい店になってるんじゃ・・・」

「さすが、良く知っているなイブキ。もう驚きはしないが」


 作中でビリオールを最初に訪れる時、非合法組織と手を組んだ悪徳商人がカジノを運営する危険な街になっている。ギャンブル依存で借金生活に苦しむ人がそこかしこに溢れ、人さらいや危険な薬物の噂が絶えないなんとも不気味な場所だった。

「安心しろ、悪徳商人は俺が成敗してアイス国に身柄を引き渡した。もう奴がこの街にかかわっているという事はないだろう」

 違法カジノ経営等で大儲けしていた悪徳商人は偶然街を訪れた勇者一行の力によりその罪が暴かれ、手を組んでいた非合法組織もろとも壊滅させられた。

 ということは、今私が異常に感じているカジノ内の熱気と独特の空気感は『こういうもの』というわけか。これが大人の世界だと思うと私はまだ子供でいいんじゃないかと感じる。

「勇者、私この場所あんまり好きになれなそう」


 歓楽街で客引きをしていた人よりもさらに際どい姿のバニーガールが景品交換所から此方に手を振っている。あぁ、あの子ストーリーで関わるNPCの女の子か、勇者がカジノに来たから嬉しそう。あのバニーガールが売られそうになったところを勇者が阻止したんだよね、相当怖い目にあっている筈なのに平和になったカジノでまたバニーガールをやるってことは、よほどこの仕事が好きなのかな。

 バニーガールはもちろん、ステージで並んで足を振り上げてむちむちの太ももを見せびらかす踊り子さん達も相当にセクシーな恰好をしている。ゲーム中は画質の都合と、ファンタジーの世界だからという気持ちから特に何も思わなかったけど、実際に見てみると本当に際どい。多分Web漫画だったら黒い四角とかで隠されてしまうだろうなと思えるくらいにはいろいろと見えそうだ。ていうか見えている。

「イブキは踊り子に興味があるのか?近くに行っても良いが、果たして女性が見て楽しめるのかはわからんな・・・」

「ち、ちがうちがう!」

 踊り子さん達のあまりのセクシーさに勇者が気にするほどにガン見してしまっていたようだ。これじゃあステージの最前列で食い入るように太ももを凝視している男の人を下品だと言えない。

「だ、大丈夫だから。すごい恰好だなって驚いてただけ」

「別に俺に気を使わなくてもいいんだからな?」


 どうしてこういう時に限って優しくするんだ、この鈍勇者は。

「もう、私達がここに来た目的はカジノで遊ぶためでも踊り子さんを見る為でもないから!」

 そう、遠路はるばるビリオールを訪れたのは魔王ソロ討伐に使用する裏技(もといバグ技)が使えるかどうかの確認のためだ。

「そうか・・・しかし俺はここで何をするのかまだ聞いていないのだが、てっきりカジノをするために訪れたのかと思った」


「ふっふっふ、それはね・・・バトルコロシアムだよ!」

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