第17話 勇者、好みを考える


 そんな風に、実写版ブレイブファンタジーのようなこの世界の常識を勇者から色々と聞いてみたり、馬車内に置かれていた『リーヴェのあるきかた』という旅行雑誌を読んで時間をつぶしているといつの間にか外が薄暗くなってきた。


 先ほどまで神経質に道具袋の整理をしていた勇者が、薄紫に沈んでいく空を見て独り言のようにつぶやく、

「そうだ、俺と一緒に寝たくないのだったな」


 今の今まで忘れていた、といった様子だ。


「勇者は全然気にしないのかもしれないけど、私の世界では親しくもない男女が一緒のベッドで寝ることはあり得ないの」


「親しくもないのか?」


 あえて濁していた言葉に突っかかられてしまった。


「俺はイブキと親しくはなかったのか・・・」

 なんだかしょんぼりした顔をされてしまう。


「親しいって言うのは、恋愛関係とか家族とかそういうレベルの親しいだからね?男友達とは一緒に寝たりしないっていうだけだから」


 勇者は私に全く興味が無いと思っていたけれど、親しくないと思われるのが嫌な程度には好かれていたのか。なんだか以外。


「そ、そうか。ならば仕方が無いな。どうする、先に寝るか?」


「まだ眠くないかな」


「じゃあ俺が先に使わせてもらおう」


「いいよ。おやすみ」


「・・・・・・あぁ、おやすみ」



 本を読んでいる間は気が付かなかったが、夜の平原はとても静かで二人が黙っている間はパカラ、パカラ、という馬の走る音が客車内にも聞こえるくらいだ。トピアリウスを出て直ぐは石畳を走っていたが今走っている場所は何処の街にも近くないからだろう、最低限整えられただけの地面を走っているような優しい足音が聞こえる。


 私は勇者が起きるまでの暇な時間をつぶすためにも改めて馬車内に置かれた本棚に眼を通す。先ほど読んだ旅行雑誌は小さくて分厚く、私の知らない街の情報やフィールドにある綺麗な景色について書かれていてとても楽しめた。

 看板の文字が読めないのに本の内容が読めることに正直驚いたが、いろんな場所にある本棚の中身はゲーム内でテキスト表示されていることを考えるとなんとなく法則がわかる。これまでも店の看板や料理屋のメニューなどゲーム中に架空文字のイラストとして描かれている言葉は読めなかったが、道具屋の品物リストや宿屋に置かれた本のようなゲーム中に読むことが出来る部分は私にも理解が出来た。この世界の言葉がわかるのと同じようにブレファン内で日本語訳されている部分は私にもわかるという仕組みなのだろう。


「知れば知る程に変な世界だなぁ」

「・・・」


 薄汚れた上着とズボンを防御力ゼロの布の服に着替えた勇者はいつの間にか布団に入っていた。もぞもぞと動く気配はするのでまだ起きてはいるようだけど。


「勇者起きてるの?」

「起きている」


「もしかしてまだ眠くなかった?」

 寝る時間をずらしたいという私の希望に合わせて少し早めに睡眠時間を取らせてしまったが、悪い事をしたかもしれない。


「不思議だ、旅の途中はどこでも一瞬で眠ることができたのだが平和になってから・・・いや、イブキと出会ってからは何故か自分で睡眠欲をコントロールできていない気がする。何故だ?」


 私といることが睡眠の質を妨げるほどにストレスになっているのだろうか。いや、まさかそんなことは無いと信じたい。


「冒険中は危険がいっぱいだったからじゃない?寝れるときに寝ておかないとって身体が無理してたんだよ、きっと今のが普通の勇者だよ」

「そうなのか」


 もちろん、でまかせだけど。


「危険に身を置かない生活という経験があまりにも少ない俺には落ち着かない感覚だな。安心して眠り、確実に平和な明日が来るというのは」


「勇者は、勇者になる前も苦労していたんだもんね」

 スラム同然の路地裏でその日生き延びるためだけに生きていていた勇者からすれば、穏やかな寝台馬車に揺られて眠るというのも新鮮なんだろう。魔王討伐の道中は使命に追われて急かされた気分だっただろうし、もしかしたら今の勇者は退役軍人の隠居生活のようなスローライフを求めているのかもしれない。


「あぁ、だから結婚か」

「なんだ」


 この世界の事は知らないけど、勇者の年で婚活に焦る事に違和感があった。きっと慌ただしく危険と隣り合わせの日々から脱却した反動で、のんびりと平穏で暖かな家庭に入りたいという強い気持ちから行動していたのかも。


「勇者はどんなお嫁さんが欲しい?」

「俺を勇者じゃなくても愛してくれる人だ」

「それは聞いたって」


 何度も聞いた。


「好きになった人がタイプとは言うけど、それでも少しくらいあるでしょ?性格とか見た目とか年齢とかの好みが」

「考えたことも無いな」


 婚活したいという男性とは思えない発言だ。


「じゃあ、リコリスちゃんとヴィルマさんだったらどっちがタイプ?」


 可愛い系でおだやかなリコリスちゃんとセクシーで姉御肌なヴィルマさん、二人のタイプは正反対といっても良い。


「・・・・・・少し考えてみよう」

「真面目だなぁ」


 あんなに美人二人連れて旅をしていたのに、一度も考えたことが無かったなんて勇者は勇者じゃなくて僧侶なんじゃないかと疑ってしまいそう。


「どちらかと言えばでいいからさ、教えてよ」

「ううむ」


 布団のなかでもぞもぞと唸っている。一生懸命想像しているのだろうけど、苦難するようなうなり声しか聞こえない。そんなに悩むことかな。

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