第16話 勇者、樽を壊す



「勇者デリック様お待たせいたしました、二人用馬車になります。お気をつけてご乗車くださいませ。何か緊急事態がございましたら客車内のベルを鳴らしていただければ馬車を停止いたします」


 トピアリウスの街を出るとお目当ての馬車とふくよかな男性が待機してくれていた。ここから馬車に乗って一日半かけ、お目当てのカジノのある街ビリオールへ向かう。


「お邪魔しまーす」


 馬車の中は予想通り小さめのキャンピングカーのようになっており、椅子と本棚と食糧庫、ささやかながら花や絵画も飾られていてなかなかにお洒落だ。さらに薔薇柄のシーツが上品な大きめのダブルベッドが置かれていて、馬車内とは思えない程に豪華な客室になっている。


「・・・ん?ダブルベッド」

 改めて馬車の中のワンルームを見渡す。


「それでは出発いたします」


 ヒヒーン、という元気のよい嘶きと共に馬車は動き出し、トピアリウスが遠ざかりはじめる。馬車内の窓から見える高いレンガの壁に囲われた街はあっというまに小さくなり、景色は青々とした広い草原の世界へと変わっていく。


「ちょ、ちょっと勇者?この部屋ベッドが一つだけなんだけど」

「なにを今更なことを言っているんだ?イブキがこの馬車がいいと言ったのだろう。馬車体に薔薇の模様が描かれているのは夫婦用の寝台馬車だ」


「え」

 そんな設定知らなかった。


「そ、そんな、どうしよ・・・」


「まぁ昨晩は同じ部屋で寝泊りしているわけだし、別に構わないだろう」


 藍浦伊吹十七歳。さすがに付き合ってもいない、しかも出会って三日目の男性と同衾は無理でございます。


「なんで教えてくれなかったのよ・・・」


「まさか知らなかったのか?何故俺達勇者パーティしか知らない魔王第三形態の姿を把握しているのに馬車屋の表記を知らないんだ。子供でも知っている常識じゃないか」


 そんな常識ゲームに出てこなかったんだもの。

「うぐぅ・・・」


 しかし自分からこの馬車がいいと言い出した以上わがままを言うことは出来ない。でもいくらなんでも同じベッドで寝るのは嫌だ。もちろんこの勇者のことだから何か間違いが起きるとかそういう心配はしていないけど。


「何をそんなに慌てて・・・まさか、俺の寝込みを襲おうとしているのか?」


「そんなことするわけないでしょ・・・もう、寝る時間ずらすから、それでいい?」


「それは別に構わないが、何を気にしているんだ」


 勇者が特別鈍感なのかこの世界の常識なのかはわからないけど、なんだかゲームの策略にはまってしまったような気分になった。


 こんなことになるならブレファンの設定資料集をもっとしっかり読み込んでおくべきだった。こんな細かい設定書いてあったのかは知らないけど。設定資料集には作中で描かれなかったNPCの過去や街中オブジェクトの意味、モンスターの生態などの細かな裏情報が記載されていてイラストだけではなく読み物としても面白かった。

 とはいえ、資料の六割ほどがイラストラフやラフ段階での設定殴り書きをそのまま転載したものだったので真面目に読んではいなかったのだ。製作者手書きの走り書き部分も頑張って読んでいたらこの世界でもう少し常識人になれたのかもしれない。主にゲームの知識しか知らない私はこちらの世界に来てから驚くことばかりだ。


「ところで勇者、さっき買い物中街にある樽壊してたけどあれってルール的に問題ないの?」


 驚いたことと言えば、先ほどトピアリウスの街中で買い物をしていた時勇者は道端にある樽を息を吸うように破壊しながら歩いていた。あまりにも突然で自然な行為だったので思わずその場でツッコミそこねてしまったが普通に考えてあれは奇行なのではと今更になって気になってしまったのだ。


「だってあの樽たぶんその辺の家のものじゃない」


 ダンジョンで見つけたとかならまだしも、街中に置かれているものを壊すのはどうかと思う。ゲーム内でも街中の樽やつぼを叩き割って中のアイテムを手に入れるという行動は散々やったし、ブレファンだけではなく多くのRPGで出来る定番行為だが実際にやっている勇者はどう見てもヤバい奴だ。


「あぁ、あれは壊していい樽だからな」


「壊していい樽!?」

 何それ、そんな風になってたの!?


「そうだ。あれは壊していいというルールになっている。トピアリウスには無かったが壊していい壺もある」

「えぇ・・・なんでそんなものが」

「悪意のある言い方をすれば勇者への賄賂だな」


「賄賂!?」

 勇者への賄賂、なんて嫌な響きなの。


「世界が平和になった今は、もうそのようなルールは無いので壊していい樽は撤去するべきだと俺は思うのだが、壊していい樽は勇者への賄賂、募金、寄付の役割を果たしていたんだ」


「ど、どういうことよ」


「魔王討伐の旅に出ている勇者に対して、無関係な村人や領主が個人的な贈り物をすることを禁止すると全ての領地の平等条約で決められていたのだ。魔物対峙の礼としてゴールドや装備品、領地内での特権を与えることは可能だが、それも制約によって法外な礼を尽くすことは禁じられている」


「なんでよ、たった一人の勇者が世界の為に戦っているんだから出来る限り応援したほうがいいんじゃないの?」


 確かにブレファンのようなRPGでは街全体の危機レベルのクエストをクリアしても金持ちがちょっと頑張ったくらいのお礼しかもらえないことが多々ある。勇者が助けなければ街は滅び、多くの命が失われている筈なのにその程度の礼金で済ませようとする町長に不満を覚えたものだ。


 そもそも街を救った英雄に対して宿代や道具代を普通に請求するのってどうかと思う、私がRPGの道具屋なら自分の故郷や家族を救ってくれた勇者に対して普通の客として商売する気にはなれない。利益度外視で好きなだけアイテムをプレゼントしてあげたくなると思う。


「俺も出来ればそうして欲しかったが、賄賂になるから禁止ということになってしまったんだ」

 冒険中の貧困な生活を思い出したのか、勇者は少し青ざめた顔をしている。

「高価な贈り物を受け取ってしまうと、どうしてもその街を優先的に助けたいという気持ちが働いてしまうだろう?世界には魔物に脅かされている命が山ほどあるというのに、それでは貧困な村は滅び、富裕層の多い街ばかりが助かる可能性がある・・・といった理由だそうだ。各国各地域の平等性やモラルの問題だそうだが、俺は別に良くしてもらった街を贔屓するような真似しないのだが」


 なるほど、少し強引なところはあるけどゲームでよくある不自然な低報酬設定はこの世界では禁止事項になっているのね。

 確かにいつ魔王が攻めてくるかわからない世界で唯一魔王を退ける能力を持つ勇者がいたら国を挙げて勇者をもてなして味方につけたいと思うかもしれない。

 それどころか大金を積まれて勇者が生まれた国リーヴェよりも別の国の国民になってもらおうとする、なんて話もあり得る。勇者は一人で軍隊以上の価値がある特別な人物なのだから、対魔王でも対人間でも味方でいることがこれ以上ないほどに心強い存在だろう。


「それで、法の穴を抜けた勇者への賄賂が壊していい樽の正体ってわけなのね」

「そういうことだ。世界共通で勇者への贈り物のシルシを決め、シルシのある樽や壺を街に置くから勇者ならそれを好きなだけ壊して中に入っているものを貰っても良いということになった。他にもシルシのついた一軒家は裏口から入ってタンスの中を勝手にあさっても良いとか、鍵の付いていない店内の宝箱は見て見ぬふりするので好きに持って言って良いとか、暗黙の了解が俺の知らないうちに広まっていた」


「そんなことしたら国王様にバレるんじゃないの?」

「当然勘付かれていたと思う。だが、シルシを使うのは少しでも俺の冒険の役に立ちたいと考えている善良な一般市民が殆どだ。何よりその人数は相当なものになっているから、万が一声を上げてシルシの存在を断罪しようとする者が現れたらそいつは市民から大きな批判を受けるだろうし、自分の国でも行われている以上大ごとにしてもメリットが無いという判断だろうな。そもそも平等の為に個別の支援を禁止しているだけで各領主達も俺に支援をしたくないという者はいなかっただろう」


「莫大なヘイトを受けながら得のない指摘はしない。まぁ確かにそうかもね」

「そもそも勇者以外でも手に入れられてしまうような場所に置くものだから目くじら立てるほどに高価なモノを入れることは滅多にないしな」

 勇者じゃないのに樽壊したら村八分どころじゃすまなさそうだ。

「俺はリーヴェ領内の村で生まれたからアルフレッド・リーヴェシュタイン王から旅の支援は頂いたがそれ以外の国家組織から直接支援を貰たことは無い。勇者の冒険は市民からのささやかな支援で成り立っていたんだ」


「システム的には賄賂だけど、やってることは勇者支援募金っていうことなんだね」


 うむ、と勇者は嬉しそうに頷いた。

 リコリスちゃん達の話を聞く限り冒険中の勇者はそこまで裕福な生活はしていなかったみたいだし、ブレファンのモンスタードロップは割かしシビアで有用な金策も少ないから本当に勇者支援募金に支えられてきたんだろうな。


 ゲーム中にどうせ入れるならもっと大金入れてくれよって文句言ってごめんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る