第21話 勇者、バグる
『それではお待たせいたしました!人類最強、いや、世界最強の男・・・勇者デリックの、入場です!!!!!!!』
喉が潰れるだろうと現実逃避のツッコミを入れたくなる最高潮をさらに超える勢いの歓声とそれに負けない程の爆音BGMと共に、バトルフィールドの片側の檻が開いて勇者が登場した。勇者はいつもの冒険者の服に赤いマント姿ではなく、まるで奴隷か精々駆け出し旅人にしか見えないようなボロボロの布の服を身にまとっており、右手にはオークの棒と呼ばれる小学生男子が喜びそうな振り回すのにちょうどよい長さと太さの最弱武器を持っていた。
そんな頼りない装備の勇者でもこの世界の人々は全く気にしないらしい。
「頑張れ勇者―っ!」
「キャー!勇者様!素敵ぃ!」
「俺ギャンブルやってて良かった・・・今日という日の為にギャンブルしてたんだ!」
あ、向かいのお姉さん失神した。リーヴェ領の人もなかなかヤバいと思ったけど勇者の故郷から遠くて且つ魔王城が近いアイス領の人ってもしかして相当ヤバい?
『そして、今宵勇者様のお相手となるモンスター・・・もちろんこちらも、史上最強に凶悪で獰猛で派手な、勇者様に相応しい特別な奴をご用意いたしました!その硬さはオリハルコン級!鉄壁の守りと巨体から繰り出される派手な攻撃!多くの冒険者を引退に追い込んだと言われているドラゴン界の問題児・・・・・・ジュエルドラゴン!!!!!』
「ぐるるるるああああああああああああああああ!!!!」
客席の歓声をはるかに凌ぐ咆哮に、一瞬観客は息をのむ。
現れたのは2トントラックをさらに一回り大きくしたようなサイズのアスファルトのような灰色の固そうな皮膚を持つドラゴン。グレーの皮膚から背中には赤の、足には青、頭部には緑の尖ったクリスタルがびっしりと生えていてどれもぼんやりと光りを放っている。巨大船の錨かと思う程に大きく鋭い爪はダイヤモンドのように四方八方に眩い輝きを放ち、その全身が宝石の眠る地下深い迷宮を思わせるほどに怪しげに、それでいて派手に光を反射させている。
「なるほど、確かにこれは伝説の勇者と戦わせるのにふさわしい・・・いや、むしろ強すぎるのでは?」
ジュエルドラゴンはブレイブファンタジーでも終盤ダンジョンである海底洞窟の最深部にしか登場しない非常に希少な存在、もちろん強敵だ。その姿を見たことがないであろうビリオールのひとたちも美しい結晶にまみれたドラゴンの身姿にしばし目を奪われた。
だが、静まり返ったのも束の間。どすり、と重たいドラゴンの足音を合図に観客は我に返り再びざわめきだす。
「ジュエルドラゴンだと!ビリオールカジノはこんなものまで隠してたのか!」
「いくら勇者様でも簡単には倒せないだろ!」
「俺モンスター側に賭けてんだよ・・・これは、今夜は逆転か!?」
本物を見る事すら幸運と言われる伝説の勇者デリックと、一般人は殆ど目にする機会のないドラゴン族の中でもさらに希少種。このカードは目が離せない。
「って、思ってるんだろうなぁ」
私は盛り上がる客席の中で一人ため息をついた。
『バトルコロシアム戦士試合のルールは通常と同様、どちらかが戦闘不能になるまで行います。今宵このビリオールのコロシアムに膝をついてしまうのは勇者様か、それともジュエルドラゴンか!!!尚、戦士側には装備品として布の服とオークのぼうを支給しております』
オークのぼうなんて殆ど素手に近い攻撃力だけど、大丈夫かな。
『それでは勇者デリックVSジュエルドラゴン・・・ファイッ!!』
ゴォン、という低い鐘の音が響いた途端、ジュエルドラゴンは威嚇するように咆哮する。バトルが始まった。
さて、問題はバトルはどのように展開されるかということだ。ブレファンはターン性コマンドバトル形式だが、リアルで再現するとどうなるのだろう。
『おぉっと、勇者、いきなり背を向けて距離を取った!これは何の作戦だ!?そしてジュエルドラゴンは構わず鋼鉄の爪を振り下ろす!!・・・・・・かわした!勇者後ろも見ずにサイドステップで見事な回避!』
同時に行動するけど素早さの高い勇者の方が先に動けている、って感じか。さすがにドラゴンが大人しく順番待ちをしてくれるなんてことはないみたい。でも、これなら私の考えは上手くいくかもしれない。
『なんと!勇者はそのまま入場ゲート、檻の傍にたどり着いたぞ!な、何をやっているんだこれは!』
私の指示通りの姿を見てどよめく会場と反対に、なんだかほほえましくなってしまう。
「・・・流石勇者、こんな観客の期待を背負っていても日和ったりしない。そういうところ勇者っぽいなって思うわ」
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
『ジュエルドラゴン!自慢の爪で連撃を仕掛ける!しかし一撃もかすらない!すごいぞ勇者!背中に眼でもついているのか!・・・おおぉ!?勇者は入場ゲートの檻をオークの棒で叩いているなんだ!これは何をしているんだ!?まさかジュエルドラゴンの脅威に怯えて棄権しようというのか!しかしコロシアムに棄権は許されないぞ勇者!どうした勇者デリック!』
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
「ぐるるるるるるるあああああああああああああおおおおおおん!!」
『ジュエルドラゴンの激しい連撃を全て回避しながらも勇者デリック、一度も攻撃に出ない!何故だ!何故なんだ!!』
この辺りで観客がどよめきだす。
「どうしたんだ勇者様、様子がおかしいぞ」
「おい、なんで全然攻撃しないんだ」
彼らの反応は当然だ。勇者はジュエルドラゴンの攻撃を全てかわしながら自分が入ってきた方向の檻を一生懸命叩いたり隙間に身体をねじ込んだりしている。そう、『にげる』し続けているのだ。
『ここで勇者が行動に出た!入場ゲートから離れて・・・なんだ!?今度は壁に向かっているぞ!』
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
『壁を上って観客席に行こうとしている!?な、何をしているんだ勇者デリック!混乱しているのか!?しかし回避は完璧だ!!!』
「ふざけんな!戦士側に3000Gも賭けてるんだぞ!?」
「まさか負け八百長!?勇者様が!?」
「なんで攻撃しないんだ!ドラゴンが強すぎるからか?」
「でも回避は全部成功してるぞ!何か秘策があるのかも!」
ビリオールの観客たちは混乱し、中にはブーイングを始める者もいた。NPCとはいえカジノ客のNPCだから『コロシアム戦士の勇者』に対してはケチをつけることもあるのだろう。
さて、観客の反応はどうでもいい。ここからが本番だ。
『しかし当然壁は登れないぞ勇者デリック!何を考えているんだ!わ、わたくしカジノ創立当初からバトルコロシアムの実況をやっておりますが、断言しましょう・・・こんなに実況し辛い試合は初めてでございます!』
半泣きになりながら必死に語る実況者さんには申し訳ない。きっと裏で抗議の電話とか鳴っているんだろうか、外にも中継してるって言ってたし。
『勇者デリック!何故戦わない!ま、まさか本当に、逃げようとしているのか!そんな姿は見たくないと全てのアイス領民が嘆いているぞ!戦え!戦って!戦ってください勇者様!!』
勇者はにげだした!
勇者たるもの バトルのとちゅうで にげだすなんて とんでもない!
「・・・・・・・・・・・・なるほど、これがイブキの言っていたバグわざというやつか」
勇者の行動に注目する広いコロシアムの中で、私だけがその呟きに気付いたと思う。
「この力、冒険の途中で知りたかったぞ」
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに179ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに180ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに178ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに180ダメージ!
『な、な、何が起こっているんだ!?勇者様が分身した!?』
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに178ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに179ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに180ダメージ!
『違う!これは・・・倍速で行動している!?いや、倍どころか・・・』
そう、勇者の素早さはカンストしている。ブレイブファンタジーで最も有名なバグ、9回にげるに失敗すると勇者のすばやさ数値がバグによって無限扱いになる。そしてこのゲームでは素早さが相手の倍以上ある場合一定確率で『二回攻撃』を行うことが出来る。さらにステータス上限の都合で基本的には不可能だが、三倍ある場合は三回攻撃、四倍ある場合は四回攻撃がシステム上にのみ存在するのだ。そして複数回攻撃の発動確率は相手の素早さと自分の素早さの差に依存する。
「つまり、『ずっと勇者のターン!』ができるってわけ!!」
ちなみに現在私の目の前の光景としては、漫画の演出でよく使われる動きが速すぎて増えたように見える状態だ。出たり消えたりする大量の勇者が次々とオークの棒でジュエルドラゴンを殴っていく。ゲームでバグ技をやっていた時は俺強え状態で笑ったけど、実物を目にすると普通に意味わからなくて怖い。全方向でF1の試合でもやってるんじゃないかというくらいビュンビュン風を切る音が聞こえてくる。
「ぐああああああおおおおおおおおおおおおおおん」
ジュエルドラゴンの皮膚と身体から生えた宝石が徐々に剥がれ落ち、質素な姿に変わっていく。勇者の素早さについていくことは出来ずおろおろと四方八方をぶん殴られるドラゴンにもはや同情すら覚えた。
防御特化のジュエルドラゴンに最弱武器であれだけダメージ与えられるってことは勇者のステータスはほぼ上限値にあるな。
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに180ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに180ダメージ!
勇者のこうげき! ジュエルドラゴンに178ダメージ!
ジュエルドラゴンは倒れた!
『お、終わった・・・?終わった!勝負の決着がつきました!え、えっと、勝者、勇者デリック!!!!』
勇者の奇行と素早さについて来れなかった観客は戸惑いながらも実況の声にあわせて拍手喝采。
確かにこれは伝説のバトルだわ。
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