第22話 勇者、譲る


 *

「いやー、すごかったね、想像以上だったよ。まさにチート勇者ってカンジ」


 バトルコロシアムでの死闘を終えた私たちは遅めの夕食をとるため、ビリオールの大衆酒場を訪れていた。比較的人が少ない店なので入店早々に勇者が囲まれるようなことはなさそうだ。


「ちーと、とはどういう意味だイブキ」


 空いている席に座り赤いマントを椅子に掛けながら勇者はいつものように首を傾げた。


「チートは・・・えっと、他と比べ物にならないくらい最強、みたいな?」

 たまには勇者の疑問に答えてあげようかと思ったけど、いざ説明するとなるとなんと言えば良いのかわからない。


「他と比べられぬほどに最強。確かに俺と対等に戦えるのは魔王くらいだろうし、人間や通常のモンスター相手なら勝負にもならない。なるほど、俺はちーとだったのか」

 納得しているけど、それはなんか違う気がするな。勇者はレベル1から努力して今ほどに強くなったわけだし、チートはもっと、楽して最強みたいなイメージがある。まぁ、どうでもいいか。


「しかし、バグわざというのは凄いな。あれはどういうカラクリなんだ?」

「攻略サイトで見た知識だからシステム的な詳しい話はわからないよ」


 『にげる』は強制的に戦闘を終了させるコマンドだが、必ず成功するとは限らない。成功率はレベル差に依存し、連続して使用すると成功確率が上昇していく。8回目にはどんな相手でも逃げられるように調整されているらしい。

 しかし、ボス戦やバトルコロシアム等の回避不可のイベント戦で逃げ続けるとゲーム上は想定外の9回目のにげるを行ってしまい、その影響でステータスバグが発生する。といったところまでは攻略サイトで読んだことがあるけど、さらに詳しい話は難しくて理解できなかった。


「でも、これなら単独で魔王攻略も出来そうでしょ?」

「確かに、先ほどの不思議な力があれば可能だろうな」


 このバグ技は勇者ソロ攻略において非常に有用な手段だ。魔王戦も当然回避不可バトルなので初手からアイテムで勇者の防御を上昇、自動回復を付与し、あとは逃げ続けるというのが最も楽な魔王攻略法となっている。


「しかし勇者って本当に強いんだね、ジュエルドラゴンの攻撃が全然当たらなかったじゃん」

「まぁ、あの程度なら別に装備がなくとも何とかなる」

 凄い自信、さすがクリア後勇者。

「どちらかというと大勢の人間に見られている方が怖かった。俺はあまり人前に出るのが好きじゃないんだ。なんとか観客席にいるイブキの姿を見つけて落ち着きを取り戻せはしたが、今日のように見世物になる行動は今後避けたい」

 あの大勢の客席の中から私の事見つけられたって、どれだけ余裕あるのさ。


「お疲れ様。私もうるさい場所で声張ってたから喉乾いちゃったよ」

 コロシアムの客席だけでなくカジノの中はどこも効果音とBGMが大きく、普通に喋るだけでも結構喉が付かれた。料理を注文する前にテーブルに置かれた水を一口飲もうとする・・・と、違和感に気付いた。


「うわっ!?なにこれ」


 グラスに注がれた透明の液体。当然水だと思っていたそれに口をつけようとした瞬間、頭に響くようなキツイ匂いがした。


「もしかして、アルコール?」

 注文前のウエルカムドリンクで匂いでわかるレベルのアルコールを出てくることなんてあるだろうか、でもこれはただの水ではない。この世界に来て水は何度か飲んだけど、現代日本と大きな差はなかった。


「あぁ、注意をするのを忘れていたな」

「は?なにを」

「ビリオールの飲食店は全ての飲み物にアルコールが含まれている」

「はぁ!?」

 なんだそれ、アル中の街か。

「リーヴェでは飲酒に年齢制限があるが、アイス領にはないからな。この街では母乳以外の全ての飲み物にアルコールが含まれていると思った方がいい」

「そんな話ある!?アル中の英才教育じゃん」

「子供にまで積極的に飲ませるのはビリオールくらいだ、俺も最初にこの街に来た時は驚いたな」


 懐かしむように目を細めているけど、私も未成年なんですけど。ビリオールの倫理観どうなってるんだ。

「というか、普通に飲みたくないんだけど。店員さんに行っても普通の水はもらえないものなの?」

「まぁ無理だろうな。ビリオールの水道水は飲料用じゃないので腹を壊すからやめた方がいい」

 どうせ異世界だし飲酒OKなんじゃないかとかそういう問題ではなく。私は素直にアルコールの匂いが好きじゃない。悪ぶったり背伸びしたがる気持ちは微塵もなく、ただただ普通の水が飲みたい気持ちだ。

「えぇ・・・」

「もしかして嫌いか?」

「たぶんね、飲んだことないけど匂いだけでも具合悪くなりそう」

 私はきっとあまり飲めないほうなんだろうな。両親もあまりお酒好きじゃないし。

「そうか」


 勇者は少し考えて、普段はマントで見えない背中の方のベルトから何かを外した。

「とりあえず今日はこれをつけてくれ」

 差し出されたのは直径5センチくらいの大き目の缶バッチ。エメラルドグリーンの背景に黒字で何かの紋章が描かれている。

 見たことのある紋章だ。

「これ、ローシャ村の紋章だ。リコリスちゃんの出身地」

「その通りだ。これはローシャ村を助けた時にリコリスの父上から頂いたもので、薬耐性を無効化レベルまで引き上げてくれるアクセサリーだ」


 あぁ、ローシャ村のシナリオクリア時の報酬アイテムにローシャの紋章っていうのがあったな。薬耐性を100%にする効果のあるアクセサリーだけど、戦闘中リコリスちゃんからの支援を一切受けることが出来なくなる上に、薬物攻撃をしてくる敵が非常に少なく、唯一いるボスキャラはローシャ村のシナリオボスだから使用機会の一切ない無駄アクセサリーの一つだ。


「これを身につけていればアルコール無効だ」


「お酒って薬の扱いなの!?」

 酒は百薬の長とは言ったものだけど、まさか薬耐性がアルコールにも効果があるとは驚いた。とりあえず言われるがまま、カーディガンの胸のあたりに缶バッチを通して改めて水(酒)に口を近づけてみる。


「あ、匂いも消えるんだ」

 そのまま一口飲んでみたが、何の違和感もない普通の水だ。体に異変もない。


「これなら飲める。ありがとう勇者」

「ちなみに体内にアルコールが残っている状態で外すと一気に酔いがまわって危険だから念のため明日の朝まで外さない方がいいぞ」


 十七年間真面目に生きてきたのに異世界で道を踏み外すところだった。これなら味も匂いもしないから飲酒にカウントされない・・・ということにしておこう。


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