第23話 勇者、ほろ酔う


 アルコール問題が解決したので適当に店のおすすめ品を注文する。ほどなくして、サツリクックの手羽先やポタートフライ、謎肉ミートボールがテーブルに並ぶ。ビリオールのパンは今まで食べた街のものより薄切りでパリッとしている。フランスパンみたいで一番私の好みだ。


「うわ、謎肉ミート美味しい」

 私からすればこの世界のほとんどの食べ物が謎に包まれているけど、正体を隠されるとより不気味だ。しかし美味い。時々倫理観がぶっ壊れる世界だからまさか人肉でも使っているんじゃないかと思ったが、勇者が好物だというのでその心配はしなくてもいいだろう。


「そうだろう?実はその肉、アンデット系モンスターの肉なんだ」


 安心した私がばかだった。


「そういうことは、飲み込んでから言わないでよ!」

「心配するな、きちんと加工されているから腐食毒の心配はない。人に近い外見のモンスターは個体数が少ないからな、魔王城に近いこの地方でしか食べることが出来ないんだ」

「ていうか食べて大丈夫なの?ゾンビにならない?」

「何故食べると仲間になるんだ?イブキの世界ではそのような物騒な繁殖が行われているのか・・・怖いな」

「アンデット系って腐ったシガイとかでしょ?お腹壊すよ」

「謎肉の調理は専用の調理師免許がいるから心配いらない。この店は俺が旅の途中で見つけた優良店だ、少々値は張るがその分安心して謎肉が食べられるぞ」


 どうやらこの世界的にはゾンビ肉は珍味として嗜まれているらしい。まぁ、人肉よりはマシなんだけど、人型モンスターはちょっと気が引ける。


「私はなんか怖いし、ミートボールは勇者が食べていいよ」

「ん?そうか、悪いな」

 嬉しそうにゾンビ肉ミートボールを頬張っている。ソースが照り焼きっぽくて確かに美味しかったけど、いくら美味しくても遠慮したい。


「はぁ、ポタートフライは形が変だけどジャンクフードとおんなじ味で安心する」

 セクシーマンドラゴラを除くこの世界の野菜は今のところ現実世界の物に近い食感で普通に食べられる。やっぱり食事って大事だな、食事の不味いゲームに召喚されなくて本当に良かった。合法飲酒という貴重な体験もできたし、私はなんだかんだこの世界のいい部分にも目を向けられている気がする。もちろん永住はしたくないけど。


「せっかくアルコール無効があるから甘いお酒を頼んでみたけど、お酒の味が全くしないと普通のジュースと同じだね」

「俺のを飲むか?」

 勇者が透明なジョッキを差し出してくる。これは甘くなさそうだ。

「いや、やめておく」

 なんだか美味しそうじゃないし、効果が無いとはいえあまり強いのを飲みたくない。

「勇者は割と飲むけど全然酔わないよね」


 勇者は夕食の時は必ずお酒を何杯か頼んでいるけど、顔色も変わらないし饒舌になったり荒っぽくなったり眠ったりはしない。まぁ、仮にもRPGの勇者が酒に酔って不逞行為するとか嫌すぎるけど。


「お酒強いんだ?」

 高校生の私にはよくわからない感覚だが、きっと弱いより強い方が人生楽しいんだろうな。


「俺自身は全然強くないが、薬耐性があるからな。元々は悪酔いするから飲まない方だがヴィルマに付き合わされているうちにこれが一番口に合うようになった。しかしなんだ、今日はちょっと苦みが強いし、香りもキツイ気がする。ビリオールの酒はやはり独特の味がするな」


「なるほど」


 ・・・ん?薬耐性?


「実は俺達の中で一番酒に強いのはリコリスなんだ。あいつは毒にも強いから互換として薬耐性もついていたらしい。しかしリコリス本人は味の付いた飲み物が嫌いらしくいつも水ばかり飲んでいてな、ある日ヴィルマが飲み比べ勝負を挑んだ時に一度だけリコリスが本気を見せたことがあるのだがその時は・・・」


「ちょ、ちょっと待って勇者!」

「なんだ?」

 顔はポーカーフェイスだから気付かなかったけど、よく見ると耳が赤い。というか旅の仲間の愉快な一幕を自分から話すなんて勇者らしくない。


「勇者って素の薬耐性は無いんだよね?」

「当たり前だ、俺は薬師ではないからな。それでリコリスの話だが・・・」


 私は胸元に付いたローシャ村の紋章缶バッチを見た。もしかして、今まで勇者がお酒に強いように見えたのは常にこれを身に着けていたからでは?でも今は紋章を私にかしてしまったから通常のお酒に弱い勇者に戻ってしまっているという事では?


「なぁイブキ、聞いているか?」

 そして馬鹿勇者はそれに気が付かないでいつも通りのペースで飲んでいるのでは?

「え?あ、はいはい、聞いてる聞いてる」


 それはちょっとうっかりが過ぎませんかね。


「またそうやって俺を蔑ろにするんだな、イブキは」

 うーん、顔も赤くなってきているし口調も変わってきている。これはまずいな。

「勇者、そろそろお腹いっぱいだし宿屋に戻らない?」

 本当は水を飲ませたいところだけどこの店の水は水じゃないもんな。先に宿を取っていて良かった、面倒なことになる前に直ぐに寝かせてしまおう。


「もう?イブキは小食だな」

 机の上にはまだ半分近く手が付けられていない食べ物が残っている。さすがにこれを残して店を出るのは良くないか。


「そんな風に少食だからイブキは小さいんだ」


「何の話だ塵勇者」


「もちろん身長だが?」

 くそ、善人勇者め。酔ってもセクハラはしないのか。


「小柄なイブキは可愛いとは思うが、その細腕は冒険者には向いていない」

「はい?」

 勇者とは思えないような単語に思わずかたまってしまった。いや、照れているとかではなく普通にびっくりした。

「トピアリウスでイブキの手を握った時に感じたが、ガラス細工のように繊細だ。きめ細やかな肌は触れるとひんやりとして心地が良いし、剣を握った事のない手はとても柔らかく、美しい芸術品のようだった。あの時はイブキに手を払われてしまったが本当は手を繋いだまま宿屋まで帰りたいと思っていた。もちろん手に限った事ではないのだろう、イブキのいた世界の人間は全員イブキのような繊細な美しさを持っているのか?」


 前言撤回、なんだこの若干フェチズムが入ったセクハラ。

「次喋ったらサツリクック口に突っ込むからね」


「そうやっていつも俺の事を注意してくれるところもイブキの良いところだ。イブキは俺が勇者だと知りながらも対等、寧ろ俺を見下す勢いで厳しく接する。ヴィルマやリコリスだって俺に恩がある為かどこか遠慮気な部分があったがイブキの遠慮も配慮も全くない、無神経な所に俺は助けられている」


 こいつまさか褒めてるつもり?下手か。酔ってるならせめてもっといい感じに褒めろ。私がただの無神経な奴みたいじゃん。あと注意してるのわかってるなら黙れや。


「ふざけたこと言ってないで早く・・・」


「でも、イブキが俺に優しいのは俺がイブキの好きな『げぇむのしゅじんこう』だからなんだよな。わかっているが、俺はそれでも嬉しい」


 勇者はほんのりと赤くなった顔で、いつものように眉毛をハノ字にしてほほ笑んだ。

 あぁ、褒め上戸なわけでもセクハラしたいわけでもなく、素直になってるのか、これ。


「最初は色々と失礼な事を言ってしまったが、今は召喚されたのがイブキで良かったと思っている・・・と言ってもイブキからしたら迷惑な話な事に変わりはないだろう。安心してくれ、もしこの世界に俺が納得する結末が無かったとしても、最後の禁呪はイブキの為に使う」


 この世界の結末、その言葉に反論の脳みそは止まってしまう。


 本当に勇者が納得するようなエンディングがこの世界にあるのだろうか。まるで意思のある人間が生きる事が許されないような、平和なのに何処か狂ったこのゲームみたいに雑な世界に、人間と同じように意思を持つ勇者が幸せになれる場所なんてあるんだろうか。

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