プロローグ 勇者、婚活する


 さて、残念な話なのだが勇者の肩書というのは捨てることができない。

 それは人間が生まれたら死ぬまで人間であることと同じで俺が勇者という存在であることは例え魔王を倒した現在でも消えることは無い。この先俺は旅人や戦士や用心棒を名乗ることは出来るが、だからと言って勇者ではなくなる事はないのだ。


 つまり、『勇者の肩書を捨てる』というのはあくまで気持ちの問題である。


「これから俺は自由の身になったわけだが・・・」


 アルフレッド国王との謁見を無事に終え、それぞれの田舎に帰る仲間との別れを済ませ、魔王討伐の報酬を受け取った俺は行く当てもなくとりあえず宿に向かった。いくらでも城で暮らして良いと言われたものの、婚約の話を断った以上はそのようなわがままを通すのは心苦しい。何より、勇者としての役目を終え、(気持ちだけでも)勇者の肩書を捨てた俺ははやく自分のための人生を踏み出したくて仕方が無かった。


 その第一歩であり最も重要な事は生涯を共に歩む伴侶を見つけることだ。旅をしている間は自分の将来など二の次どころではなかったが、これからは自分の幸せを考えても罰は当たらないと思う。愛し合い、支え合う、ごく普通ながらも幸せな家庭を持ちたい。世界を救った勇者にしては小さいかもしれないがずっと昔からの夢でもある。

 俺が肩書のない出会いや恋愛結婚に固執する理由はシンプルに、俺の家庭環境に影響したものだ。俺の両親は生活の為に金持ちの夫が欲しい女と何でも言う事を聞く都合のいい妻が欲しい男の打算結婚で、特別に不仲ではないものの決して愛のある家庭では無かった。冷え切った夫婦生活の反動だろう、父親は俺が生まれて直ぐに一目惚れした遠国の踊り子にくっついて蒸発してしまった。残された母親は貧困暮らしに耐えられず病を悪化させて死んだ。真実の恋愛に揺れて家庭を壊すくらいなら最初から本当に好きな人と結婚すればよかったのに、幼いながらも俺はそう感じていた。今考えればなんと冷酷な子供だろう。


 とにかく、金銭や自分都合、ましてや肩書なんかで結婚するのは間違っている。例え俺が勇者でなくとも愛してくれるような、そんな人を見つけ、愛をはぐくみ、両親にはなしえなかった温かい家庭を築き上げるという事が俺のこれからの人生の目標だ。


 というわけで俺はこれから、婚活をしようと思う。結婚活動、嫁探し、出会いを求めるのだ。


「しかし何から始めたら良いのかわからないな」


 生まれてこの方色恋に興味を持つ暇が無かったものだから、いざ恋のお相手を探したいと思い立ってもどうすれば良いのかわからない。魔物を倒していたら理想の女性がドロップするわけでもないし、世間の男どもはどうやって素敵な恋人を見つけているのだろうか。

 そこでふと思いつく、冒険が終わって一般人になったら一度行きたい場所があった。


「大衆酒場に行こう」



 程よく夕日が傾いた頃、適当に銅貨を持って近くの大衆酒場に繰り出す。勇者をやっていた時は冒険者酒場、つまり冒険者同士の情報交換やパーティメンバー探しのための冒険者専用酒場にしか行ったことが無かったので一般市民が夕時に集まるという大衆酒場に行くのは初めてだ。


 噂によると大衆酒場は男女の出会いの場でもあるらしい。どんな魔物を倒したとかあの鍛冶屋の腕がいいとか、挙句の果てには酔っぱらい戦士たちの腕相撲大会が始まってしまう冒険酒場では想像がつかない上品な場所なのだろう。少し緊張しつつも目当ての店の前にたどり着く。中から漏れる穏やかな明かりと笑い声にますます心臓を高鳴らせ、意を決して扉を開ける。


「いらっしゃい!」


 元気のよい声、店内の至る所から聞こえる笑い声。肉がこんがりと焼けた食欲をそそる匂いと葡萄酒の染み。良かった冒険者酒場と大して変わらないじゃないか、違いと言えば全員大人しく席についている程度で身構えるほどのことではなかった。


「お客さんおひとりですか」


「あぁ、できればカウンターを・・・」


 初めての大衆酒場デビューに浮かれる俺の返事はどこかの客の言葉に空しくも遮られる。


「あれ?勇者様?」


 誰かのその声に反応した目の前の店員は俺の言葉ではなく『勇者様』に興味を惹かれてしまったのか俺をカウンターに通してくれなかった。


「勇者様だ!本物だ!」

「本当だ!」

「勇者デリックだ!」


 俺はあっという間に酒場中の酔っぱらいたちの注目を集め、カウンターではなく店の中央にある一番でかいテーブルに座らされた。


「勇者パーティが俺の故郷をオークから守ってくれたんだ、おごらせてくれよ」

「いやいや、この方は魔王を倒して国中を救ってくれたんだから一生無料にしたっていいくらいだ」

「アンタすごく強いんだろ?旅の話聞かせてくれよ」


 酒臭い男たちに囲まれて矢継ぎ早の質問とおすすめの酒やら料理やらをとにかくおごられてしまった。中には若い女性もいたが俺が勇者だと知って英雄譚に期待するばかり。とてもゆっくりと絆を深める会話が出来る状態ではない。

 俺の大衆酒場デビューは予定に反して店が閉まるまで続いたが、期待とは程遠い結果となった。



 翌日、ガンガンと痛む頭を押さえながらも目を覚ました俺のベッドの上には大量の名刺が散らばっていた。ぼやけた脳みそで思い出してみると、昨日あの場にいた商人や職人たちが自分の店に俺を招こうと片っ端から名刺をよこしてきたのだった。仲間になりたいと冒険者カードやギルドカードを押し付けられたことはあったが、店の名前と連絡先しか書かれていない紙切れをこんなに渡されたのは初めてだ。


 伝説の勇者のお墨付きが欲しいという多少の下心はあれど俺への感謝の気持ちから店に招きたいという者がほとんどだろう。悪気が無いのはわかっているが、期待していた大衆酒場デビューが大失敗に終わった逆恨みがあるので名刺は捨ててしまおう。


「・・・結婚相談所?」


 くず入れにひらひらと落ちていく名刺の中から一枚、非常に興味深い単語が見えた者だから思わずゴミにするのを辞めて拾う。


『結婚相談所 あなたにぴったりのお相手をご紹介します! 初回登録料2000G』


「これだ!」

 こういった場所なら最初から恋愛を目的とする男女が集まるわけだから、昨日のような目にあうことは無いだろう。俺はすぐさま登録をしに行った。


 相談所は多くの街に配置されている大規模な協会のようで、当然王都であるリーヴェにも存在していた。その日のうちに店を訪れた俺は相談所の店員に言われるがままプロフィールを記入した。数日後に再度店を訪れて俺に興味を持った女性がいればその中から俺が相手を一人選び、デートの約束が取り付けられるというシステムだ。一応相手に希望する事の欄に『俺を勇者としてではなく一人の男として見てくれる人』と書いたが、果たしてそのような女性は現れるのだろうか。




──三日後──


「え、いま何と?」


 俺は相談所で唖然としていた。


「ですから、協会の結婚相談所に登録している女性の殆ど、100名程の女性からデリック様に会いたいとオファーがきています。この中からお相手を探すのは大変でしょうから年齢や職歴で絞ってみてはいかがでしょうか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。普通そんなに来るものなのか?その、オファーというものは」


「いやいや、若くてそれなりの外見の男性でも十人いれば多いくらいですよ」


「で、では何故?」


「何をおっしゃいますか、それは貴方が勇者様だからですよ。ここだけの話、勇者様が登録なさったと聞いた未婚の女性が続々と登録に来ておりまして・・・というわけですのでこの中からお好きな女性を選んでください。やはり勇者様と同じ元冒険者が良いですか?それとも逆に家庭的な女性でしょうか・・・」


 俺が勇者だから?英雄と交際できるかもしれないから登録料をわざわざ支払い俺の目に留まるようにしたのか。


「すまない、この中に俺が出会いたい女性はいない」


 プロフィールで出会うような場所ではダメだ、もっと純粋な出会いにしなくては。


「え、ちょっと!勇者様?勇者様!」

 引き止める相談所店員に申し訳ないと思いつつ、俺は結婚相談所を諦めた。




 その後、俺は思いつく限りの方法で出会いを求めた。


 プロフィールではなく直接出会うべきだと思い、社交界に出席したが大衆酒場と全く同じ結末になった。


 大人数がいる場所に行くから人が集うのだと考え、少人数で議論を行ったり、特定の趣味の者が意見を交換し合う為のサロンに参加してみたが勇者である俺の言葉に誰も反論しなかった。


 交流の場がいけないのだという結論に至りソロの女冒険者と即席パーティを組むが俺の異常なまでの強さを見て直ぐに惚れられてしまった。


 勇者の活躍が浸透していない遠方の地域を訪れ、少数民族と数日暮らしてみたがいつの間にか村長に祭り上げられそうになったので逃げた。


 いっそのこと話さえ通じれば良いと思い山奥に住むワーウルフの縄張りを訪れてみたが獣魔族のような種族は力のある雄が何よりも魅力的に思えるらしく、俺の姿を一目見た時点で一言も交わさずに群れの雌達が腹を見せた。雄は非常に悔しそうにしていたが筋力や身のこなしで相手の強さを把握することが出来るのだろう、逆らってくる者はいなかった。


 念のためオークの集落にも寄ってみたが結果はワーウルフと殆ど同じだった。俺にはオーク族の雌雄の区別がつかなかったのでその時はわからなかったが俺に言い寄ってきたオークの二割ほどが雄だったらしい。



「・・・駄目だ、どこに行っても駄目だ」


 魔王を倒してからおよそ一か月が経ち、世界の隅々を訪れて俺の求める女性を探したが全て不発に終わった俺はリーヴェの宿屋に戻り独りうなだれていた。人間からすれば俺はただの英雄だから最初から好意をもって接してくるし、何より勇者という特別な存在を旦那にすることの精神的金銭的メリットが大きすぎる。人語を理解できる魔物達は俺の強さに屈服して会話で絆を深めるどころの話ではない。そもそも今存在している魔物は元々人と敵対するつもりはなかったのに魔王の悪行のせいで人間と対立して困っていた種族が殆ど、あいつらにとっても勇者は救世主だ。多くの者から感謝と尊敬を受けるのは非常に嬉しいが、婚活としては失敗続きであるため俺は心が折れていた。


 俺を勇者としてではなく、デリックという一人の男として見てくれる女性と出会い恋に落ちたい。そんなに理想の高い願いなのだろうか、こちらは会話さえできれば種族ですらこだわらないつもりでいるのに。


「この世界に俺の理想とする女性はいないのか・・・」


 そう、この世界には。


「・・・!」


 自分の言葉に、俺は勇者にあるまじき恐ろしい妙案を思いついてしまう。


「この世界に存在しないのなら、他の世界から呼び出してしまえばいいのでは?」


 当然この世に魔法など存在しない。だが、勇者には禁呪と呼ばれる不可思議な能力が人生で二度だけ使用する権利を与えられている。二度というのは両親それぞれから受け継いだ魂の分で勇者は親から受け継いだ魂を消費することで奇跡を起こせると言い伝えられているのだ。人生でたった二度しか使えない上に疑わしい能力だから俺は旅の最中に使うことは無かった。しかし、もし言い伝えが本当でこの禁呪が成功すればここではない別の世界から女性を呼び出すことが出来るのではないか。


 勇者としての特別な力を、肉親から受け継いだ魂を、私利私欲のために使うのは非常に躊躇われる。しかし、おれは魔王を無力化して世界を救った。その道中で禁呪に一度も手を出さなかったのだから、要するに余ったのだから今俺が好きに使っても許されるのではないだろうか。

 異世界から呼び出した者なら当然俺が勇者だと知らない。酷く困惑するだろうが俺が支えてあげればいい。俺には手段を選ぶ心の余裕がなかった。


「やるしかない」


 止める者は誰もいない、俺は旅立ちの日に国王から貰った伝説の勇者の書を開く。それは過去に世界を救った勇者の伝承がまとめられた古い本で旅の途中俺はこの書物の言葉を頼りに何度も救われた。そして今再び、この書物に救われる。


 自分の血液で床描かれた人間が入る程の大きな円、創作物にでてくる魔法と違って不思議な模様や妖精の心臓やらを要しないのは非常に助かった。これだけで本当に良いのかと疑問に思う程に呆気なく禁呪の準備は整った。

 ごくり、と期待に満ちた音が狭い部屋に響き、俺は大きく深呼吸をする。


「・・・天の神、地の神、そして全ての自然を愛する精霊たちよ。我が名は勇者デリック、この世界の生命の息吹を蘇らす者。我が肉親の魂を代償として、勇者の望を叶えろ」


 短い文言を唱え終わると同時、ベニヤ床に染みつけられた血液が黄金色に輝き、狭い部屋を光で満たす。


 光が収まるまで目を閉じてひたすらに閉じて、どれほどの時間が流れたかわからない頃に俺の前方から軽やかな声が飛んできた。


「あれっ、ここどこ!?」


 若い女性の声だ。俺はすぐさまに顔を上げてその女性と目を合わせた。非常に珍しい黒色をベースとした藍色がかった髪、世界中を冒険してきたが見たことが無い材質の服、間違いない、成功だ。異世界から人間を、しかも女性を呼ぶことが出来た。彼女はきっと怯えているだろうから俺が先に状況説明をしなくてはいけない。異世界人と会話をするのは緊張するが頑張ってみよう。


 しかし、そんな俺の意気込みは、彼女の言葉にいとも簡単にかき消されてしまった。


「ええええぇぁっ!?勇者デリック!勇者デリックだ!!」


「えっ」


「知る人ぞ知る神ゲーと言われているインディーズRPG『ブレイブファンタジー』通称ブレファンの主人公勇者デリックじゃん!?え?本物?嘘、やばい、クオリティなにこれ、マジで本物なんだけど!どうしよどうしよどうしよ!再現率やばすぎかっこいい尊い好き!」



「・・・・・・なんでだよ!!!!!!」



 俺は絶叫した。



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