エピローグ 元勇者、終わらない
私が現代日本に帰還し、そして勇者が此方の世界に召喚されてから一か月が経過した。
ゲームの世界で育った勇者は常識も戸籍も住民票もない。正直色々と懸念していたのだけど・・・。
「イブキ、休日だからといって寝坊が過ぎるのではないか?」
勇者は現在、私の実家『藍浦ふとん店』に住み込みで働いている。
「来週は期末てすとがあるのだろう?直前の休みを過剰な睡眠に費やすより真面目に勉学に励んだ方が良いのでは?」
細かい経緯は省くが、能天気なうちの両親が素直実直力持ちの元勇者様をいたく気に入り、店を継ぐ気のない私の代わりに跡継ぎにしたいなんて言い出した。どこまで本気なのかはわからないが、勇者は現在うちの一階の店で寝泊りしている。ちなみに常連さんの評判はなかなかだ。
「知っているぞイブキ、それは狸寝入りというものだ。元の世界で例えるならポイズンポンポコ寝入りだな、俺の目は騙されないぞ」
まだ喋り方は変だし、日本の常識も勉強中だ。事情を知らない人からすればちょっとした中二病に見えるだろう。とはいえ、先日はじめてのおつかいをクリアしたし、高いステータスのおかげか知らないが家事の腕前は既に私より上だ。
「なぁ、てすとが終わったら新作のげえむを受け取りに電気街という場所に行く約束だろう?母上殿に伺ったがてすとの結果が悪ければ遊びに出かける暇が無くなるそうじゃないか、それでは俺が困る」
ちなみに勇者にブレイブファンタジーをやらせてみたところ、レースゲームでもないのにキャラクターの進行方向に身体を傾けるレベルのゲーム音痴だった。作戦支持や戦略の理解も酷いもので、全てうまくいかずゲーム画面に切れ散らかす酷いプレイヤーと化していた。
あと、ゲーム中の自分の顔については「ちょっと美化し過ぎじゃないか?」という感想だった。
「だからイブキ、早く目を覚まして勉強を・・・」
「あー!もう!うるさいなぁ!!」
こんな感じで母親より母親らしくグチグチと私の生活に文句を言ってくる。これが常だから此方としては気が休まらない。
「おはようイブキ、朝食は既にできている」
「なんでいちいち私の生活に口出してくんのさ、母親かっ!」
怒りに任せて投げた枕をひょいと片手でキャッチし、私に投げ返す。
「いや、こうするのが『ムコイリ』の常識だと母上殿が・・・」
勇者を気に入っただけでなく、私の反応を完全に面白がっている母親が時たまこういった冗談を吹き込むものだから勇者がどんどん良いお嫁さんみたいになっている。高校に持っていくお弁当は作ってくれるし、突然雨が降った時は傘を持って駅まで迎えに来てくれた。学校から帰ったら三つ指ついて待機していた時は流石に辞めさせたけど。
「俺は剣を振るう事しか脳が無い男だからな。こうしてイブキの生活の役に立つことで少しでもイブキに気に入ってもらわなくてはいけない」
「はいはい、わかったわかった。着替えるから外に出てよ勇・・・」
「ゆう?」
悲しそうな不満そうな顔でこちらをじっと見つめてくる。流石はゲーム世界出身、相変わらず無駄に顔がいい。
「・・・着替えるから外に出て、デリック」
「わかった。居間で待っている!」
満足気に部屋を出ていく元勇者。
相変わらず馬鹿みたいに素直で頭がかたい。融通が利かないし簡単に騙される。
「ほんと・・・あんなのが誰かと結婚出来るわけないじゃん。駄目勇者」
私達の『クリア後の世界』は、まだまだ続くみたいだ。
Fin
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