第7話

「適当に座って〜。」

1DKのマンションの一室に通される、適当とは言われたが、テレビの前の2人がけのソファしかない。道中のコンビニで適当に用意した酒とツマミの袋を、目の前の背の低いテーブルに置いて、奥側に座る。

「ごめんね、散らかってて。」

そう言って手早く荷物を片付けると、東山は早速、俺の右側に腰掛けた。

「ビール、コップいる?」

「お構いなく。」

軽く腰を上げた東山が、再び腰を下ろす。コップを準備するそんな一瞬の間すら、そばを離れてほしくなかった。

缶ビールに口をつけ、何を話すでも無く、ツマミをつまむ。

なにか喋るきっかけが欲しいが、上手く見つからない。

「ねぇ、相談なんだけどさ。」

不意に、俺の膝に手を置いて、東山が体を寄せてくる。酒で上がった体温が心地いい。

「3万でどう?」

「は?」

思わず声が出る。

「ごめん、違うの、別にお金無いと嫌とかじゃ無いんだけど、その、ちょっと困ってて。」

東山が慌て取りつくろう。


初恋の延長戦かと思ったら買春だった時の無念を、世の男子はどの程度知っているのだろう。

そしてその時、男はどうするべきなのだろう。


「じゃあ2万!」

「え。」

「まだダメ?」

「いやそうじゃなくて。」

金の問題ではないし、できれば金で割り切って欲しくない。

「お金払うの嫌?」

「いや。」

反射的に拒否の言葉が出たことで、東山の顔が曇る。倫理的にはこれでいい。

しかしこのままでは、そもそもチャンスを逃スことになる。

「いいよ。最初の額で。」

性欲が勝った。

「いいの?」

「うん、ちょっとびっくりしただけだから。」

「ありがとう。」

今日一番の安心した笑顔だ。無職には高い買物である。

おそらく奥の部屋が寝室だろうと、俺がそちらに目を向けると

「お母さん、ごめんなさい。お薬ください。」

ふすまで仕切られた奥の部屋からパジャマ姿の女の子が、半ベソをかきながら出てきた。

「あかね!」

東山が怒った顔で女の子を睨む。

浮かれていて忘れていたが、そういえば東山には子供がいた。

ふすまの奥を除くと、布団が2つと、子供用の机や、教科書等で散らかっていた。

「もう。ダメでしょ、出てきちゃ!」

「ごめんなさい、でも、熱くて、辛くて。」

俺から隠すように、東山は「あかね」と呼ばれた少女を抱きしめた。

熱があるらしい。


「ちょっとまってね。」

東山は食器棚の下の引き出しから薬箱らしきものを取り出して、がさがさやった後、適当に選び出す。

「はい、これ飲んで。」

東山はピンク色の錠剤を齧って半分にしてビールで飲み下すと、残り半分を娘に差し出した。

「ちょっと待った。」

東山は薬を飲んだが、あかねは手を止めた。

「これ子供に飲ませちゃダメなやつ。」

「でも、これしか無いし、半分にしたから。」

「そういう問題じゃない。」

言って俺は、あかねから薬を取り上げる。

「あかねちゃん、いくつ?」

俺のスイッチは既に切り替わっていた。

「9歳。」

「そっか。熱以外では何か気になる?」

「喉が痛いの。」

「鼻水は出る?咳は?」

「咳はちょっと、鼻詰まってて苦しい」

「うん、わかった。東山、薬箱の中、見ていいか?」

東山は一瞬、嫌な顔をしたが、すぐに観念したように「はい」と言って薬箱を差し出してきた。


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