第9話
数日後、俺は駅前のファミレスにいた。あの日の夜の出来事はさておき、俺の財布からはきっちり3万円がなくなっていた。
「よぉ。この間は悪かったな。」
目の前には同窓会の日と同じ格好の金髪のチンピラ、もとい水谷がいた。
「いや、楽しかったよ。」
「へぇ、楽しかったねぇ。」
水谷はニヤニヤと俺を睨む。
「いくら取られた?」
「3万。」
「はは、けっこう負けてもらってるじゃん。」
相場は知らないが、そうだったのか。
「あ、やっぱ知ってるのね。」
「おう、カエデんとこで引いた客を時々自分ちに連れ込んでるらしい。」
個人間で同意があっても、売春は犯罪だ。
「お前、あかねの前であずさとヤルの興奮するタイプ?」
何てことを訊いてくる、と普通は怒るところだが、彼は多分、俺の性癖を詮索したいわけではない。
「そっちの趣味はない。」
「なら良かった、そうだったら俺は友達を殺すところだった。」
俺には彼が本気で言っていることが分かる。中学の頃、河川敷で野良猫に火を付けて遊んでいた高校生を半殺しにした時と同じ目をしていたからだ。
「てか、娘がいるって知ってたなら教えてくれよ。」
「いや、アイツのこと好きだったくらいだし、お前も噂くらい聞いてただろ?」
「舞い上がってすっかり忘れてたよねー。」
「おめでたいな、全く。」
薄いコーヒーを飲みながら、この間の続きのように談笑する。
「で?東山見つかった?」
古いソファで淡い青春の思い出を汚した翌朝、東山は姿を消した。
間抜け面で眠る俺と、9歳の娘を残して。
「いや、電車使ってこの街を出たとこまでは掴んだけど、そっから先は消えちまってる。どこで降りたかも、乗り継ぎしたかもわかんねぇ。」
水谷はヤレヤレと首をすくめた。
その日、ほんのり甘い匂いのする毛布を蹴って目覚めると、そこに東山の姿は無かった。
テーブルの上には『あかねをよろしくおねがいします』と一言書かれた置き手紙。
意味がわからない。
何かの冗談であることを信じ、俺はとりあえず水谷に電話をかけた。
が、繋がらない。
「あ、やっぱり次はお兄さんなんですね、よろしくおねがいします。」
程なく起きてきたあかねは、テーブルの置き手紙をチラリと見やると、テーブルのコンビニ袋をガサガサやって、見つけたスポーツドリンクを飲みながら、あかねはこともなげに言ってくる。熱は下がったらしい。
「は?」
「ママ、時々こうやって、面倒見の良さそうなお人好しに私を預けていなくなるんです。ヤバいですよね。」
口ぶりから、どうやら初めてではないらしい。
適当に食べ物を物色したあかねは、程なくさっさと小学校に出掛けてしまった。
この子のメンタルはどうなっているのだろう。
「なぁ、折り入って相談なんだけどよ。」
その雰囲気のまま、水谷はこう切り出した。
「あいつの足、洗わせてやりたいんだ。」
「どういう事?」
「あいつの薬、見たか?」
薬箱の中身のことか。
「見たよ。」
「あいつ、金のためだけに体売ってる訳じゃないんだ。男がいないと不安定みたいだし、どっかから薬、大量に仕入れてきて、度々ヤバい量の薬飲んで壊れてる。」
確かに、あの家にあった薬の量は、半端なものではない、全部飲まなくても充分致死量に届く。
オマケに、俺の前で裸になった彼女には、腕や足にいくつか切り傷があった。典型的な自傷痕だ。
「なぁ、お前プロなんだろ?なんとかなんないか?」
「そういうのは行政に。」
頼れと言いかけて、遮られる。
「頼れない。ヘタしたらあかねが施設送りになっちまう。」
なるほど、厄介だ。
「あれ?俺が薬剤師じゃなかったら、これどうなってたんだ?」
「いや、同窓会で会うまでは、一晩あずさを買わせて、そのまま『俺が面倒見る!』的な流れにしようかと。」
「いつから?」
「出欠確認の時の一覧でお前が来るってわかったときから。」
「愚痴を聞いてくれようとしたのは?」
「いや、お前が今いくら持ってるのか探ろうと思って。」
なんとタチが悪い。
「すまん。」
素直に謝ってくる。口に出していたらしい。
「なぁ、あいつの面倒を見てくれとは言わねぇ、なんとか薬だけでも、やめさせてやってくれねぇか?」
仕事をやめたと思ったら、バツイチシングルマザーの、薬物依存からの脱出を手伝えって?
なんと荷が重い。
「まぁ、やるだけやってみよう。本人次第だけど。」
しかし、俺はこういうのを待っていたのかも知れない。
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