第8話

東山が嫌な顔をした理由は、すぐに分かった。

薬箱の中身は、ほとんどが抗不安薬や睡眠薬、しかも複数の種類が大量に。

箱がそこそこ大きいのに、すぐに薬が出てこないので、何かおかしいと思ったが、こういうことだったか。

しかし今は、それを詮索している場合ではない。

手早く中をかき分けて、めぼしいものを探す。


「おお、ぜんぜん使えるのあるじゃん。」

おあつらえ向きに、子供に使える解熱の錠剤と、咽頭痛に効く錠剤、鼻炎薬の錠剤を見つけた。

子供の用量になるように、咽頭痛用の錠剤と、鼻炎薬は半分に割って渡す。

熱の辛さで眠れず起きて助けを求めるような状態なら、少しでも眠気の来る薬を飲んでもらったほうが良い。

「はい、これでいいよ。たくさんになっちゃったけど、飲める?」

「うん、大丈夫。」

「そっか、えらいね。」

俺はあかねの頭を撫でようとしたが、手をあかねの頭の上に持っていこうとしたら、あかねの顔がみるみる怯えたように曇っていったので、俺は慌てて手をおろして、自分の顔の前で指でマルを作り「オッケー」と言った。俺の気まずそうな様子を見た東山が、あかねに水を差し出す。

「ありがとうございましたは?」

いや、お母さん、その言い方じゃ通じないよ。

「ありがとうございました。」

案の定、あかねは東山に向かって礼を言う。

この動作に、東山母娘の教育レベルを見た気がした。

「私じゃなくて、先生にでしょ?」

「ありがとう、先生。」

あかねは俺に向き直って、小さくはにかんだ。

「いえいえ、お大事に」

ゆっくり薬を飲むと、あかねは再び、奥の部屋へ戻った。先生と呼ばれたのは、久しぶりだった。

「ありがとう。」

そう言った東山は、母親の顔をしていた。

「いえいえ、一応プロですから。」

「かっこよかった。」

「それはなにより。」

二人して閉じたふすまを見つめながら、静かに酒盛りを再開する。やがてあかねの寝息が聞こえるまでには、それ程時間は掛からなかった。

「ねぇ。」

「うん?」

「やっぱり気分じゃなくなっちゃった?」

確かにムードは崩れたかも知れないが、しおらしい東山の姿を見て、俺の気分は再び盛り上がった。

「いや、そんなことないよ。」

そう言った俺の顔に、東山は背伸びして頬に口づけた後

「シャワー浴びてきて。」

とささやいた。


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