23話

「なぁ、将来こういうのになろうと思ったら、どうすりゃいいんだ?」

水谷は自宅にいるのが嫌いだった。母子家庭で母親が仕事に出ているため、放課後は家に誰もおらず、娯楽もテレビくらいのものだったからだ。

スマホが中学生にも普及するのは、もう少し後の時代であった。

「さぁ、どうだろう、実在しない職業だしなぁ。」

水谷と俺のたまり場は、俺んちの俺の部屋だった。

家にある菓子をツマみながら、ダラダラ漫画やラノベを読んだり、据え置き機で対戦ゲームをするのが主な日課の、なんとも詰まらない日常。

俺はといえば、両親は共働き、塾に行かなくてもソコソコの成績だったし、部活はやってなかったので、単純にヒマだったのだ。

「そもそも、コイツの仕事ってなんなの?」

水谷は、うちで見つけた小説に夢中だった。

「トラブルシューター、だっけ?その本のカテゴリーは探偵小説だけど。」

「でも、探偵ってホントは浮気調査でオッサンの後をつけ回すのとかが仕事なんだろ?こないだテレビでやってたぜ。」

そのテレビ番組は、俺も観た。

探偵小説のイメージと違い、探偵の主な仕事は、浮気の現場を押さえたり、結婚相手や商売の取引相手の素行調査なんからしい。金のない探偵がする仕事の王道「飼い猫探し」すらフィクションだそうだ。

「まぁ、チンピラに絡まれてる女の子助けたり、薬物取引潰したり、殺人犯追いかけ回したりなんて、ホントは個人でやることじゃないんじゃない?」

そういうのは本来、警察の仕事だろう。

「でもなぁ、俺は堅苦しい仕事向いてないと思うんだよな、学校じゃセンコーにも嫌われてるし。」

水谷にとって運が無いのは、もともと髪の色素が薄い事と、それが理解できない生活指導教員に目をつけられたことだ。

「髪を染めるな。」と言われて「地毛です。」と返す生徒に「髪の色が変えられないなら、坊主にしてこい。」と言ってくる教師もおかしいが、五分刈りライン入りのオシャレ坊主にしてくる水谷も水谷だ。


「やっぱこないだの楽しかったじゃん、俺ああいうの仕事にしたいんだよ。」

「俺はいやだよ、もう。」


誰に言うことも出来ないが、俺達は一つ「事件」を解決していた。


ことの始まりは、通学路から見える河川と高架が交わるところで、野良猫が死んでいるのが見つかったことだ。

野良猫ははじめ、原型を留めたままで発見されていた。そう、はじめは。

以降数日に一度、同じ場所で猫の死骸が発見されるようになるのだが、頭を切り取られたり、四肢をもがれたり、内蔵を引きずり出されたりと、日を追うごとに凄惨なものになっていった。


近隣で動物の死骸が見つかることは、大きな事件の前触れというのが、学校業界の常識らしい。

それを学校側が問題視し始めた頃、また猫が死んだ。

俺と水谷のクラスメートの飼い猫だった。

俺達は特に、その子と仲が良かったわけではなく、女の子の涙を見て義憤に駆られた、と言いつつただなんとなく気分が盛り上がって、探偵ごっこをはじめたのだ。


まずは保健所に、猫の死体の事を通報した人になりすまして電話をかけ、中学からの通報以外に、早朝の散歩をしている老人からの通報を含めると、猫は土日以外は全ての曜日で殺されていることを知った。


次に、死骸が発見された時間帯と通報の頻度から、死骸は日を追うごとに、中学生が通学途中に発見することを目的に、犯人は途中から、他のところで殺した猫を通学時間帯に捨てる方針に切り替えていた事を突き止めた。


そして、同級生の飼い猫が死んでから、更に飼い猫5匹を含む10匹ほど被害が出た頃、俺達は犯人を捕まえた。


犯人は時間に余裕があり、この通学路の利用者で、強いストレスを抱えている。

最初の「飼い猫」の飼い主、このクラスメートには従兄弟がいて、最近イジメを受けた果てに、高校を中退したらしい。


俺達は彼が犯人と目星を付けて数日彼の後をつけた。


犯人はたしかに彼だった。だが、彼はかつてのクラスメートに、退学後も付きまとわれ「自分が燃やされるか猫を燃やすか選べゲーム」をやらされていたのだ。


中学校で事件が問題視される前後で、イジメの現場は場所を移していたのだが、事件が続いてることを訴えるために、従兄弟くんは死骸をわざわざ目立つように捨て直していたのだ。


4人組の高校生が、既に彼らのおもちゃにされて瀕死の猫と従兄弟くんにライターオイルをかけて、どちらに火を着けるか選べと強いる姿を見た時、水谷はニヤリと口角をあげて、バットを持って彼らに突っ込んでいった。

最初の1人をバットで、残りの3人を素手で叩きのめし、そのまま警察に突き出したのだ。



かくして事件は解決、今思うと彼の人生の方向性は、この頃既に決定付けられていたのかも知れない。


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