29話

「ふうん。」

あかねは意味有りげにそう言うと、残りのオムライスを平らげて

「じゃあ、先に入ってこようかな。」

と言って、同じく空になっていた俺の皿と共に、食器を下げた。

「お皿は洗っとくから、行っておいで。」

「ありがと。」

そう言って小さくはにかむあかねのその目もやはり、どこか蠱惑的であった。

自分の歪んだ欲望がそう見せているのか、それとも、それに至る経緯が、あかね自身に存在するのか。

そんなことをぐるぐると考えながら、同じ皿を何度も洗う。

しかし、どれだけ洗い流しても、ケチャップがいつまでも皿にこびりついていた。

「どうしたの!?」

体にタオルを巻いたあかねだった。

「え?」

俺は間抜けな声を上げる。

あかねは濡れた俺の手から皿を奪い、シンクに置いて水を止め、俺の手を取って、人差し指を口に含んだ。

鈍い痛みが走る。

どうやら皿が欠けていて、その尖った部分で指を傷つけていたらしい。

俺が流していたのは、ケチャップではなく自分指から流れる血だった。

「大丈夫?」

指から口をはなし、俺の手を握ったまま、あかねが上目遣いにこちらを見る。

精神衛生上、これはすこぶるよろしくない。

「大丈夫、ごめんね。」

俺は逆の手を適当に拭いて、あかねの頭をなでた後、あかねの手を軽く振り払って、薬箱から絆創膏を出した。


この家の薬箱はとても充実している。包帯に、ガーゼ固定用のネットはもちろん、腕を吊る三角巾まで入っているし、絆創膏は3サイズ、通常用と防水加工のものがそれぞれ入っている。


「ほんとに大丈夫?」

あかねが心配そうに訊いてくる。

「うん、ごめんね。それより服を着て。風邪ひいちゃうよ?」

おれはまっすぐあかねを見る。

「うん。」

あかねは恥ずかしそうに、奥の部屋へ入っていった。

入れ替わりに、俺は買っておいた下着を出して、風呂場へ向かう。


ユニットバスでないのは唯一の良心だが、浴室は古く、あまりキレイな感じではないので、俺は適当にシャワーで流して体を洗う。

どれだけ掃除しても、古くなった建物の浴室はキレイに保つのは難しい。

実際、あずさもあかねも湯船を使っている様子がない。

今度スーパー銭湯にでも連れていけば、喜ぶかも知れない。

そんな事を考えながらさっさとシャワーを浴びて出る。

あまり良いことではないが、入浴前に着ていた服をそのまま着直してリビングに戻ると、あかねの姿はなかった。


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