30話
奥は寝室になっているし、電気もついていない。
ずいぶん早いが、疲れて眠ってしまったのかと思い、俺はソファーに寝そべってスマホをいじり始めた。
鍵でも掛けて今夜もカエデに行ければよかったのだが、水谷にも、事情を聞いたあかねにも、あまり出歩くなと念を押されてしまっていた。
今思うと、買い物に出たのもマズかったかも知れない。
そんな事を考えていたらウトウトしてきたので、スマホをテーブルに置いて目を閉じる。
まどろみ、浅い夢を見た。
そこはいつかの河原だった。
水谷の足元には、焼け死んだ猫と、うなだれるいじめられっ子、そして昏倒する3人の高校生。
水谷に向って誰かが叫んだ。最初にバットで殴られたやつだ、しぶといそいつの手にはナイフ。
いつの間にか俺は、水谷とそいつの間に立っていた。手には金属バット。
「やれよ、出来なきゃ俺がお前を殺す。」
背後で水谷がささやく。今、俺はどんな顔をしているのだろう。笑っているのか、泣いているのか。
頭から血を流し、叫びながらナイフを構えて近づいてくる少年に向って、俺は思い切りバットを振った。
「水谷の声に従うしかなかった。」という言い訳を、俺は胸中で繰り返していた。
「大丈夫?」
不安げな声と、体に人肌の温度と重みを感じて目が覚めた。どうやらうなされていたらしい。
「うん?」
俺は目をこする、シャツの隙間から冷たい手が入って、素肌に触れるのが心地良い。
あずさだと思って反射的に頭に手を置いたが、それにしては軽い。
俺にまたがっているのは、下着姿のあかねだった。
「汗かいてるよ?」
あかねは俺のシャツをまくって脱がせようとした。最初に俺に触れたのと逆の手には、タオルが握られていた。
「大丈夫、自分でやるよ。」
寝ぼけていたとはいえ、抱き寄せたりしなかった自分の判断力に感謝しつつ、あかねを押しのけてタオルを受け取り、自分で汗を拭く。
「背中は?」
「大丈夫だよ。いやあ、暑くてうなされちゃった。」
「クーラーつける?」
「うん、ありがとう。」
そう言うとあずさは空調のスイッチを入れてくれた。
「他には?」
「ないよ、おかまいなく。」
あずさが手を出すので、俺は汗を拭いたタオルを渡した、それを抱きしめるようにしながら、あずさが言う。
「いいよ、触っても。」
「薬屋商売」 succeed1224 @succeed1224
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