28話

結局本屋で、まだ図書室に未入荷の児童書籍を1冊買った後、駅前の露天でクレープを買わされ、夕飯の食材や冷凍食品なんかと、茶菓子をいくらか買って帰り、二人で夕食を準備した。


メニューはオムライス。あかねの好物だそうだ。


あかねはオトコに取り入るのがうまい。


本屋で年齢相応に目を輝かせ「これがほしい」とねだる時も、露天のクレープを俺から一口奪い、自分のクレープを差し出す様も、子供ながらに一生懸命、人参や玉ねぎの品定めをする真剣な眼差しも、既に女性の魅力をたたえていた。


流石の遺伝子というべきか、それとも悲哀を感じるべきか、とにかく、あかねは早熟に過ぎる。


「美味しくできたね。」

あかねは照れたような笑顔で言う。その目はいつかの母親に似て、妖しく俺を狩るようだ。

「そうだね。」

俺もつられて笑う。つい昨夜、この子の母親、初恋の人を抱いておきながら、あかねの瞳に、かつて恋い焦がれた女の姿を重ね、得も言われぬ背徳感と、優越感を覚える。


これが「回春」というものか。


まさか26歳で、この感覚を経験することになるとは思わなかった。

俺は誤魔化すようにオムライスをかき込む。

中学生の初デートのような、むずがゆい沈黙がやってきた。


「今日は泊まっていくの?」

もうすぐ無くなるオムライスに目を落としたあかねが切り出す。

「うん、嫌でなければ。」

水谷から、ここで待機するように言われているので、出来れば従っておきたいが、あかねが嫌がるようであれば、ネットカフェかどこかに身を隠さなければならないかも知れない。

「いいよ。」

助かるが、それはあかねの本意なのだろうか。

「お母さん、今日は帰るの遅い日だよ。」

「知ってるよ。」

再びの沈黙。

「あ、お風呂、先に入る?」

夕食が出来上がる直前に、湯船にお湯を張りはじめたので、今がちょうど入り時だ。

「いや、あかねちゃん先に入りなよ、おじさんの後の風呂とか嫌でしょ?」

よく知らないが、9歳の女の子は「お父さんの後のお風呂」を嫌がるものなのではないだろうか?

いわんや、俺は赤の他人だ、その気持ち悪さは一際だろう。

「どっちでも良いよ、清田さん、清潔そうだし。」

イメージが良いのは素直に嬉しいが、それはそれで別のプレッシャーがある。本当に中学生じみてきた。

「お母さんとは一緒に入ったことある?」

あかねが続けて訊いてくる。

「いや。」

嘘だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る