16話

「ねえ、それこっちにも下さいな。」

カウンターのカエデさんと、この間おじさんがこちらを見ていた。

「良いですよ。ちゃんとしたのに書きます?」

「いや、コースターでいい、ソッチのほうが面白い。」

おじさんが笑顔で言う。

「そっすか。」

俺はそう言っておじさんのグラスの下にあったコースターを取って、同じ物を書いた。

「サンプルとか無いの?」

いつの時代の人間だコイツ。とは思ったが、実はサンプルがある。

「市販薬に同じのあるんで、持ってます。良かったらどうぞ。」

同じく、自分の飲んでいる薬を他人にシェアするのは、本来危険行為だ。

シロウトさんにはおすすめしない。

まぁ、俺はプロなんで。

「おう、ありがとう、今飲んでいいの?」

「先に飲むと二日酔いしにくくなりますし、二日酔いになった後の後追いでも効きます、どっちに使いたいかですね。」

おじさんは、返事を言わずにその場で、手元の酒で薬を飲んだ。

これもかなり非常識、というか、ものによっては自殺行為だ、俺が睡眠薬や毒を盛るタイプの犯罪者だったら、この人はどうするつもりなのか。

まぁ、想定内だから別にいいが。

「まぁ、これお酒で飲んで平気なの?」

カエデさんが心配相違言う。

「おじさんは大丈夫だろって顔してますけど、酒の後に飲むこと想定してる薬を酒で飲んでも、特に何も変わらないんで大丈夫ですね。」

「ああ、うまいわこの薬。効きそうな感じがする。」

酔っ払いの言い分だが、漢方薬を飲んでそう感じるなら、実際効果が期待できる。

「はは、効くといいですね。」

「ついでに、アソコがビンビンになるやつもくれよ。」

カエデさんの前でそれを言うあたり、おじさんは相当デキあがっているらしい。

「それは泌尿器科へ行けば普通にもらえますよ。」

「いや、直接欲しいじゃん、やっぱり。」

言いたいことは分かるが、そのテの薬は基本的に、処方せんがないと入手できない。

「そう言って個人輸入とかに走る人たくさんいますけど、ろくな事にならないんで、おとなしく病院に行った法が良いっすね。」

「いやらしいなぁ。」

どっちが。

「ははは、違いない。」

口に出していたらしい。


こうしておじさんと仲良くなった後、帰ろうとすると、おじさんが支払いを持ってくれた。

五苓散1包で飲み代が浮くなんて、大もうけだ。

「次はビンビンになるやつな!」

「それ違法でーす。」

ガハガハと笑うおじさんと、残念そうな東山を置いて「明日もあるから」と俺は先に帰った。

なんとなく寂しい気持ちでいると「今日はごめんね」と東山からフォローが入る。

「いいよ、来週、薬局で待ってる。いつもと逆だね。」

文末の絵文字にカプセルのマークを入れると、デカいハートのスタンプが返ってきた。


帰り道の少し醒めた頭に、ふとあらぬ考えがよぎる。

さて、これは治療か、交際か。

治療であるなら、依存の対象が薬から自分に向いただけでは、根本的な解決にならないし、何よりあとが怖い。

交際であるならば、俺はそうと言えるほど、あずさとあかねに対して、好意と責任を持つことが出来るだろうか。

いい知れぬ肌寒さに身震いすると同時に、俺は頭を振った。

保留できることは、別に保留でいい。

答えが必要な局面は、まだ来ていないのだ。


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