15話

ファミレスを出たその足で、俺は東山の家へ向かう。

「仕事が早く終わった日は、店が開くまでウチで時間つぶして」と言って合鍵をよこすまで1ヶ月と少し。

俺には結婚詐欺師の才能があるのか、それとも東山にカモの才能があるのか。

いや、俺が体よく店に通わされているだけか。


ゆっくりと鍵を回し、中へ入る。

ガチャン

ドアにはチェーンが掛かっていた。

「こんにちはー、清田でーす、開けてくださーい。」

声をかけても音沙汰なし。

同じことを何度か繰り返したが、同じ結果だった。

東山のスマホに着信を入れてみたが、中で音がする様子がない。

ということは、中にいるのはあかね1人。

チェーンが掛かっていて中に人がいないはずがないので、完全に居留守だろう。


俺は警戒されている、まぁ、当然だろう『母親と二人でいる時は温厚な義父が、娘と二人になると豹変する。』なんて話を聞いたことがある。

あかねの行動が本能的なものか、それとも実体験に基づく自衛であるかは、あまり想像したくない。


うちに帰るにはやや遠いので、開店まで適当に本屋なんかをブラブラして、今日も立派に金ヅルになる。


「あ、来週受診なんだけど、清田くんのお店に行っていい?」

「ああ、いいけど、何飲んでるの?」

「おうちにあるやつ。」

「家にあるやつだけ?だったら多分全部在庫あるけど、他には何も飲んでない?」

「わかんないけど、なにかおすすめとかある?」

医師が選択した処方薬ではなく、友達のオススメなんかをアテにする患者は多い。

おれが薬剤師なので、この会話はまだマトモな「健康相談」だが、茶飲み話で話題に上がった薬を「○○さんがいいと言うので試したかった」なんて理由で保険で薬を持っていくバカは後を断たない。


患者に言われるがまま処方する医者も、どこまで妥当性を考えているのやら。


「こないだ言ってた二日酔いの薬、貰ってみたら?」

まぁ、社会正義なんてものより、身内の利益を優先するのが人間だ。

「何ていう薬?」

「ゴレイサンっていう薬、粉も錠剤もあるけど、どっちがいい?」

「どっちでもいい。」

「粉の方ならうちに在庫があるから、出してもらうといいよ。」

おれはコースターの裏に「患者の酒量が多く、起床時の倦怠感が強いため、五苓散、頓服頭痛時、1回1包10回分追加の旨、処方提案」と書いた。

「知り合いの薬剤師さんに『先生にこれを見せれば対応してくれるよ』って言われましたって言えば追加してくれると思うよ。」

印鑑でもあればサマになったかもしれない。

一応これも立派な医師への情報提供文書だが、冷静に考えて、コースターの裏に書いたメモを参考にする医者は、果たしてマトモなのだろうか。

「へー、すごい、偉い人みたい、ありがとう!」

うむ、シロウトさんの認識はこんなものだろう、ラウンジ嬢にモテるために手品を披露するおじさんと、やってることはあまり変わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る