17話

「ああ、あのオッサンな。行政書士?だっけ、まぁ代書屋さんだよ、小金持ちだけど、酒癖悪くて、奥さんと子供に逃げられてるから、今は寂しく、カエデんとこと風俗を行ったり来たりだ。自分のことは法律で守れねぇんだな。」

今日はドリアをがっつきながら、水谷がそう教えてくれる。

「常連だし、ウチでオイタがあったらどうなるか知ってるから、清田が薬盛るようなマネしても、カエデがちゃんと俺に報告して、キッチリ返ってくるって分かってんのさ。」

なるほど、それは安心だけど、なら何であの店は流行らないんだろう。

「しかしあのオッサン、まさか薬をカエデで試そうってんじゃねぇよな。」

水谷の目がギラリと光る。そりゃ流行らねぇや。

「まあいいや、ところで、実際どうなの?そういう薬って、やっぱ海外から入れるしかないの?」

「まぁ、なくはないけど。」

二日酔いの薬なんてカワイイもんじゃない医薬品の在庫でも、ちょろまかす方法はいくつかあるし、管理が雑なところほど、バレにくくする手段も豊富だ。

「ただ、安定供給は無理だね。」

方法は様々だが、最大の要素は「誤差や、ミスによる廃棄」という言い訳をいかに成立させるかに集約される。

しかし、どれほど巧妙に隠しても、大きな数の薬が、本来の用途以外で連続して消えていけば、いずれ保健所の監査で見つかってしまうのだ。

見つかればもちろん薬局は営業停止、薬剤師は免許剥奪の危機にさらされる。


一山いくらの金額でそんなリスクを背負うくらいなら、どう考えても医師を抱き込んで処方せんを書かせるほうがコスパがいい。

どんなにやばい薬でも、医療用であれば最悪、健康保険を適応せずに自費で全ての医療費を支払えば、咎められることはまず無いのだから。


「なるほど。個人で使う分くらいはともかく、金稼ぐってレベルでの商売としては成立しないな。」

口に出していたらしい。

「まぁ、軽い気持ちで知り合いに売って小遣い稼ぐ奴もいるけど、どう考えてもリスクに見合ってないね。」

「でもそれって、やろうと思ったらあのオッサンには流せるってことだろ?お前ソレ絶対やるなよ?」

「やらないよ。当たり前でしょ。」

俺は水谷を睨む。

こちらの商売としてのリスクと同じくらい、シロウトが娯楽で薬を使う事もリスクが大きい。

お腹の出たおじさんほど、あのテの薬を欲しがるが、そういう人程リスキーなのがあの薬の特徴だ。

知り合いを殺す趣味は、俺にはない。

「まぁ、お前はそうだよな。」

口に出していたらしい。

「そうだね。」

「でもな、あのオッサンみたいなやつは、薬を軽く考えてるし、俺みたいなやつは、薬は飲み始めたら一生薬漬けにされるし、医者も薬屋もそのつもりで薬売ってると思ってる。」

熱いドリアをハフハフとしつつもガツガツ口に運びながら、水谷は続ける。

「お前の正義感に価値を見出す奴なんて、本当にいるのか?」

突然、はっきりと突きつけられる。

そして、突然だったということを差し引いても、俺には返す言葉がない。

俺が一度仕事を辞めて、今も女のところに通うために似たようなことを続けている。

俺はどこから間違えていたのか。

「なぁ、そんな俺がもしお前に、金のために危ない橋渡って、薬さばけって言ったら、受けるか?」

食べ終わったドリアの皿にスプーンを投げて、水谷はふんぞり返る。

「場合によるかな。」

俺は目だけをそのままに。、努めて笑顔を作った。

せめてそうでもしないと、心を平静に保つ自信がなかった。

「例えば、どういう場合ならやってくれる?」

その姿勢のまま、俺を睨み返すように行ってくる。

「やらなきゃ殺すって言うならやるよ。」

かつてそう言って水谷に脅されたことが、一度だけあった。

「そうか、覚えとく。」

そう言ってまた、水谷は伝票を持って去っていった。


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