20話
頬を叩かれて目を覚ました経営者兼管理薬剤師、「青山薬局の青山さん」は42歳の独身貴族、今日は白衣を着ていないので、いつもは白衣の下にあるブランド物の服があらわになっている。
白衣がないせいで今は泥だらけだが。
青山は俺と水谷を交互に見比べ、やがて俺の方に助けを乞うような視線を向けた。
「おい、こっち見ろよ。」
水谷が頬を掴んで無理やり自分の方を向かせる。
「お前、ヤクザにこいつのこと襲わせるとかどういう了見よ。」
「え?」
こいつは驚いた。
「こいつら、退店からずっと2人でお前の事を尾行してたぜ。」
「違う!俺はあいつが無茶をしないように見張ってたんだ!」
「なら清田が襲われるのを見過ごしてちゃダメだろう?ん?」
「そもそも、俺が『無茶される』可能性があることは知ってたんですね。」
雇用主としてこれは、いかがなものか。
「そういう問題か?」
口に出していたらしい。
「俺、何かやらかしましたか?」
青山は目をそらした。
「あ、ちなみに黙ってるとああなるぜ。」
水谷はチンピラを指差す。
「話したほうが良いですよ、彼は手加減を知りません。」
「おい。」
水谷がこちらを睨む。
「この人のことはなんとなく、転売の邪魔をしたのは覚えてますけど、青山さんには何もしてないですよね?」
俺は品行方正に働いていたハズだ、向精神薬を眺めて悦に入っている姿を見られた覚えはないし、身に覚えはない。
「あ。」
向精神薬の棚は、なぜか監視カメラの死角にある。
「グル?」
青山は観念したように脱力した。
「は?マジかよお前やってくれてんな。」
頬を掴んだ水谷の手に力がこもる。
そうは言っているが、水谷はどこからか青山薬局が医薬品の違法販売をしているという話を聞きつけ、俺に内偵をさせていたのだ。
俺の見立てでは、青山と名越のつながりは薄く、せいぜいトラブル回避のために、うるさい患者の何人かに、転売しやすい状態で薬を渡すことを黙認しているくらいのものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「か、勘弁してください!」
青山は涙目だった。
「てか何?どうやって流してんの?」
青山薬局の役割は3つだった。
その1、まずは目の前の心療内科の患者から、金に困っている者や、依存症の患者を見つくろって、そこのチンピラ(名越というらしい)に連絡し、前者を「仕入先」に仕立て、後者を「顧客」にする「スカウト」。
その2、「仕入先」達に、お上に怪しまれないように気を配りながらも継続的な通院を促し、在庫を安定的に確保することや、必要な薬を目の前の医師に処方させるよう、適切な患者に適切な嘘が付けるように指導するなど、「名越」と「顧客」と「仕入先」の三方の需要と供給を調整する「調整役」。
その3、名越がどこかから仕入れてきた、盗んだ薬や、使用期限の切れた薬、シートから出されたり、シートを切り刻まれたバラバラの状態の薬と、入庫したての在庫を入れ替え、より高値で売れるようにする「ロンダリング」。
「へぇ、まさか医者を抱き込まずに薬流す方法があるなんてな。」
水谷の言い分に、青山が媚びたような苦笑いをする。
「結構苦労するんですよ。『仕入先』に出来るくらいの調教ができそうな、絶妙なイカレ具合の患者探さないと別のトラブルになりますし。」
「儲かんの?」
「最初は在庫の節約のつもりで、「余ってる薬買い取れ!」ってキレてくるクソ患者から買い取った薬ロンダリングして小銭稼いでたんですけど、ボッタクリバーで名越くんに助けてもらってから、一枚噛ませるように言われちゃって、ネットなんか使うと結構な額に。あ、彼、中学の同級生なんです。」
どこかで聞いたような話である。
「俺らみてぇじゃん。」
口に出していたらしい。
「なぁあんた、多分それボッタクリバーから仕組まれてるぜ?」
「まぁ、薄々気づいてたんですけどね。在庫の補充でトントンだろって、私には分け前よこさないし。どのみち潮時です。」
吐いてスッキリしたのか、青山は少し余裕を取り戻していた。
「正直に話したし、私は足を洗うので、もうこれで良いですよね?帰らせてください。あ、清田くんは明日からもう来なくていいから。」
「あ?そんな訳にいくかよ。」
水谷は手を緩めなかった。
「この話タレ込めば、アンタは薬剤師の免状なくすんだろ?店も潰れるよな?」
つかの間の余裕だった。再び青山の表情が曇る。
「俺じゃあわかんねぇけど、今から清田が薬局行って証拠になるもん探せば、何か出るだろ?」
水谷がまたこちらを向く。
確かに、叩けばホコリだらけだろう、この数ヶ月で、おかしいと感じた伝票の数は1つや2つじゃない。
俺は小さくうなずいた。
「やめてくれよ、こんな小銭で欠格になんてなっちゃ、たまったもんじゃない。君たちにも何のメリットもないだろ?金ならやるし、名越くんからも取ってくれていいから、勘弁してくれ!」
青山が形振り構わずまくしたてる。
「頼むよ、俺だって被害者なんだ!」
「へっ、知ったことか。」
水谷が鼻で笑う。目は笑っていなが。
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