19話

帰り道、というかカエデへの道すがら、ふと視線を感じて振り返る。

後ろを歩いていた男と目が合った。ワインレッドのジャケットとパンツに、黒のTシャツと、親友と同じようなコテコテのチンピラスタイルだ。

男は少し驚いたような風だったが、ニヤリとこちらを見返して、そのままの距離を保つ。

近づくでも遠のくでもなく、しばらく同じ方向を歩いていた。

この男、どこかで見たことがあるような気がするが、さて、どこだったか。


そんな事を考えていると、突然、背後から頭を掴まれて、横向きに引き倒された。

倒れた先は細い路地。俺はそのまま首を締められ、路地の奥に引きずり込まれた。

いつの間に距離を詰められたのか、さっきの男だ。

「よぉ、お前何?俺の商売の邪魔してくれてんの?どういう了見よ。あ?」

俺の首を絞めながら、男が言ってくる。とっさに顎を引いたので、完全に極まっているわけではないが、体はしっかり固定されていて、暴れても振りほどけない。

思い出した。数日前、俺が未開封の医薬品を渡すのを断った男だ。

「落ち着いてください、何のことですか?」

俺はしらばっくれる。

2年も薬剤師をしていれば、ヤクザに服薬指導をすることもあるが、暴力に発展することは珍しい。

「ただの勘違いならよ、俺も見逃してやるけどさ、お前同業者だろ?人のシマでオイタしたらどうなるか教えてやるよ。」

そう言って首をさらに締め上げてくる。

何度かの修正を重ねて、首に腕が完全に入った。

これはまずい。

「まぁ、適当にボコったらソレで勘弁してやるから、二度と俺にナメたマネすんなよ。」

意識が薄れ始める中、これくらいの歳のおじさんからそんな言葉を掛けられつつ暴力を受けることに、何故か既視感を覚えた。

「は?ここが誰のシマだって?」

声とともにチンピラが吹き飛ぶ。ついでに俺も吹き飛ぶ。

盛大に尻餅をついたが、チンピラの腕から開放された俺は、ゲホゲホと咳き込みながら立ち上がった。

「よぉ、元気?」

金髪のチンピラが、俺がされていたのと同じように誰かの首を締めながら、蹴りでチンピラを吹き飛ばしたらしい。

「ありがとう。それ誰?」

「あ?お前んとこの薬剤師だろ?」

言われて戦慄する。首を絞められているのは確かに、俺が務める薬局の経営者兼管理薬剤師の男だ。

ぐったりしていて、どうやら完全に気を失っているらしい。

「何すんだコラあああ!」

しばらくうめいていたチンピラが起き上がって吠える。

「お、やっぱ浅かったか。」

チンピラが懐から何か取り出し、下に向って振る。

「警棒かよ、安い武器使ってんな。」

「おらああああ!」

ブンブンと音がするほどの大振りを水谷が2つ回避して、かわりに左の拳がチンピラに入る。

あとから聞いたら「向ってくるところに左を置いといただけだから、大した威力じゃない」とのこと。

しっかりもらって鼻血を出した状態のまま、チンピラが再び警棒を構え直したが、その動作を最後に、チンピラはヒザをついた。

これも、右フックがイイ感じに入ったと言っていたが、俺には何が起こったか分からなかった。

「いま顔をやられたのに何で顔面ガードしねえんだよ。」

倒れたチンピラは舌を出して気絶している。砕けているのか、外れているのか、どちらにしてもアゴの骨が普通の状態ではなくなっているようだ。

「さて、どっち起こして話聞く?」

「いや、1人はどう見ても喋れないじゃん。」

「だな、アゴは折った感触があった。」

うひー、痛そう。

「実際痛いぜ。」

口に出していたらしい。

水谷がうちの経営者の頬を叩くと、程なく意識を取り戻した。


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